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バレンタイン(2014)



(私の方が彼を好き)


 仕事終わりに待ち合わせをし、つれていかれたのは夜景のきれいなレストラン。予約されていた席は窓際で、眼下には雪に覆われた街の灯りが広がっている。

 明るすぎない照明。静かな調べ。食前酒として出されたシャンパン。まさに理想的なデートと言えよう。

 どう見ても、デートだろう。これは。

「………おかしい」
「ん?どうしたんだ?恵」
「いや、おかしいから。これ」
「何がだよ」

 変な奴と笑いながら、彼がシャンパングラスを持ち上げる。つられてグラスを手にして前に出す。透き通った音が響いた。

「Happy Valentine」

 テーブルの上に突っ伏したくなった。

「恵?大丈夫か?」
「だいじょうぶじゃない」

 食事をしようという約束は前からしていた。曜日で話してたから、後でカレンダーを見てようやく気づいた。

 それでも、彼に誘われたなら断りにくい。だからといって、

「こんな日に、男二人で食事だなんて」

 しかも、こんな場所で。

 いつもみたいにどっかそこらの居酒屋かなんかだと思ってたのに。こんな、敷居の高い場所だなんて聞いてなかった。

「いーじゃん。先輩、出張でいないんだろ?」
「まぁ」
「華江も今日は無理つってたし、恋人にほっとかれてる同士でちょうどいいじゃん」
「だからって……」

 辺りを見回す。

「……こんな、カップルばかりのとこ」
「いや、ほら、男の一人客もいる」
「あれは……何か違う」
「そうか?」

 彼が指し示したのは悲壮感漂う男性客。あれには何も触れない方がいい。

「大体、こんなに雪が降ってるのに……」
「ああ。ムードあるよな」
「そういう問題じゃない」

 外では雪が降り続けている。ここに来る時にはすでに遅延し始めていた。帰る頃には不通になっているかもしれない。

 帰れなくなるかもしれない。そうとわかっていながら、彼から中止しようとの連絡がなかったというだけでここまで来てしまった。自分でバカだとわかってる。いつだって、会おうと思えば会えるのだから、何もこんな天候の中会う必要なんてないのに。

 せっかく、二人きりで会う約束をしたのだからと。会いたいからと、来てしまうなんて。

「……こんな日に他に客がいるなんて信じらんない」

 言い換えれば、そんなバカが彼以外にいるなんて、だ。

「こんな日だからこそだろ。明日土曜だし、このままここに泊まるんじゃないか?」
「あぁ…」

 そういうことか。羨ましいよりも、呆れが先立つ。いや、悪いことではないけれど。何か…何か…。

 グラスに口をつけ、ふいと彼から視線をそらす。横目に見える雪景色は、先ほど彼の言ったようなムードなど欠片もなく、不安を煽るだけ。

 何をしているのだろう。本当に。

「恵」
「ん?」
「帰りのことなら、心配しなくていいからな」
「………んなこと言ったって」
「大丈夫。大丈夫。ちゃんと考えあるから」

 あると言っても、交通機関が麻痺してしまえばどうしようもない。それをわかっているのだろうか。わかってはいるのだろう。そこまでバカではない。

「そう?じゃあ、まぁ」
「席、窓際じゃなかった方がよかったな」
「あぁ…外の様子が気になるね」
「天候悪くなるの考えてなかったな。きれいな夜景のはずだったのに」
「まぁこればかりは仕方ないよ」

 いつ予約したのかは知らないけれど、約束したのは結構前だし。雪も、まさか本当に降るとは思っていなかった。

「席、かえてもらうか?空席あるみたいだし」
「いいよ。それより、ここ何度か来たことあるの?オレ初めてなんだけど」
「いや、オレも初。一度来てみたかったし、なんかバレンタイン限定メニューあるらしくてさ」

 もう、ここまで来てしまっているのだ。せっかくの美味しい食事と彼との会話を楽しまないなんて損だ。

「もしかして……」
「おう。それ頼んだ」
「……カップルじゃなくてもいいんだ」
「二人ならいいらしい」
「あ、そうなんだ」

 嬉しそうに話す彼に、笑みが零れる。

 予約段階でってか、今現在も何だか定員にあらぬ誤解を受けてる気がしてならないが、深く考えない方がいいだろう。てか、考えたくない。

 そうして、舌だけでなく目にも美味しい食事を味わう。所々にハートをあしらわれた料理。デザートは当たり前のようにチョコレートケーキ。

 深くは考えまい。

 おいしかったと、その感想だけで十分のはずだ。

「恵」
「ん?」

 これと差し出された箱は、チョコなのだろう。何だかんだ、毎年手作りチョコを渡されている。しかも、年がたつにつれ凝ったものになってるように感じるのは気のせいだろうか。

「ありがとう」
「いんや。……恵」

 不意に真面目な表情をする彼。

 あ、何か嫌な予感がする。

「愛していってぇっ!?」
「何大声出してんの。他のお客さんに迷惑」
「いや、だって今、足。脛を今。いってぇ」

 やっぱりと思う前に、反射で足が動いていた。脛をさすっているのだろう。彼は上半身を倒している。

 まったくと、ため息をこぼしグラスに口をつける。

 ただでさえ悪目立ちしてるというのに、一体何を口走ろうとしているのか。

「………あぁ、そうだ。恵、部屋とってあるから」
「………ん?」
「部屋。泊まる」
「は?」
「ほら」

 そう言って、彼が鍵を見せてくれたがちょっと待て。

「………考えがあるって」
「おー。これなら帰り心配する必要ないだろ」
「バッ…」

 バカじゃないのかと叫びそうになったのをどうにか抑える。誇らしげな彼を前に、どう返せばいいのかわからなくなり頭をおさえた。

 男二人でだとか突っ込みたいところは大いにある。けれど、少しだけ、本当に少しだけ嬉しいと感じてしまう自分が嫌だ。

 だって、どう、考えてもデートだろう。これは。

 頭が痛い。





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