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Treat




「楽しめたか?」
「うん」

 月夜の下を、大将と鬼面の青年は二人きりで歩いていた。

 いつの間にかトランプ大会にかわってた飲み会は、予期せぬ乱入者の登場によりお開きに。金髪碧眼の、フリルシャツの美少年。彼はやって来るなりレディに改心を迫った。それを眺める周囲の視線はうんざりしたもの。

 今回初参加の鬼面の青年は知らなかったことだが、恒例の事だった。彼が来て一騒動起きると皆疲れきり、お開きの流れとなる。

 影の薄い男とプラチナブロンドの美人さんだけはもう少しだけ飲んでいくと残っていた。プラチナブロンドの美人さんは来たばかりで、そう頻繁に地上に来れるわけではないから。

 小夜風に吹かれながら二人は歩く。空に輝く月は雲に隠れたり顔を出したり。

「面白い人…人?逹だね」
「ああ」

 夕刻、突然出かけると告げられ、いってらっしゃいと応じたらお前もだと呆れられた。ワケもわからぬまま面をつけられ、連れていかれたのは大将行きつけのバー。

 以前話に聞いて行ってみたいと言った時は、嫌そうな顔をされた。だから無理と諦めていたのだけれど。

 そっと鬼面に手をのばす。まだ外すなと、大将の手が上からおさえた。

「このお面、必要だった?気づかれてたみたいだけど」
「気休めだ。気づいてない奴もいたろ」
「そうだけど…人間の子供も来てたし」

 ならば隠す必要はないのでは。そう問いかける青年に、大将はただ微笑みで返す。青年は視線をそらした。

 わかっている。あの子供と自分とでは立場が違う。人ということ以上に、知られてはならないことがある。突き刺さるのは黒い男の言葉。

 なぜ、ハンターに追われなければならないんだ、と。

 そしてもう一言。

「人間のままいるよりはマシ、か」

 ポツリとこぼれた声に、大将は一瞬視線を向ける。けれど何も言わない。

 何も、言いはしない。

 青年は静かに空を見上げる。冷たい月が、二人を見下ろしていた。

 その月の元を漂う影が一つ。ふよふよと仰向けに浮かぶ彼は、片腕を瞼の上にのせていた。その様は、まるで泣いてるようで。

「っにが………だ」

 吐き出される声は、掠れ震えている。

「嫌いだ。大嫌いだ」

 自身に言い聞かせるように、言葉を重ねる。それでも、

「………会いたい」

 あるリムジンの中、優雅にワイングラスを傾ける人物の肩に、頭をあずけ眠る人がいた。彼の寝顔には苦悶が浮かんでいる。

「ん……うぅ」

 うなされ、呻く様子に肩を貸す人物は微笑した。その瞳には憂いが満ちている。彼の見ている夢は容易く想像がつき、その理由もまた理解していた。

「………ありがとう」

 ポツリと、聞く人のない言葉をこぼす。

 彼の肩に腕を回し、黒い髪を撫でる。眠る彼にそっと囁きかけた。

「愛してるわ」

 ある、アパートの一室では二組の布団がひかれていた。肩まで掛け布団をかぶった子供の瞳は、眠気でトロンとしているにも関わらず、まだ寝る様子はない。

 隣の布団に入っている男は、ランプの明かりを頼りに読書していた。子供はそんな男の横顔を眺めている。

「………おじちゃん」
「ん?眩しいか」
「いいえ」

 ふるふると首を横に振り、何度か瞬く。

「今日…とても楽しかったです」
「そうか」

 ふっと男が口許を緩めると、子供も嬉しげに笑顔を浮かべた。

「………おじちゃん」
「ん?」
「………………大好き…です」

 呟き、寝入ってしまった子供をしばし眺め、男は本を閉じた。そしてランプの明かりを消す。

 ある、山道では二人の男が並んで歩いている。一人の男の背には眠る子供。じゃりじゃりと、舗装されていない道を行く。

「すまんの。迷惑をかけて」
「ははっ、構わん。疲れておったのだろう」

 カラッとした笑顔が眩しく、扇子を口許にあて目を細める。

「若は大丈夫か?」
「うん?」
「疲れておらぬか?」
「む………いつまでも、子供扱いせんでくれ」
「ははっ」

 邪気のない笑いに、気づかれぬよう息を吐く。

「若はよく無理をするからの」
「そんな…ことは…」
「まぁ、一所懸命なところは好きだが、あまり無理をせぬようにな。皆、心配しとる。ワシもだ」
「………っ」

 何てことないように告げられた言葉に、頬が赤くなる。冷たい風で冷まそうとするが、なかなかうまくいかない。せめてバレぬようにと俯いた。

 扇子をおしあてた唇から、悩ましげな吐息が漏れる。

 あるバーでは、二人きりの客が酒を飲んでいた。一人が身ぶり手振りを加え一所懸命に話し、もう一人が楽しげに聞いている。

「あ、時間。時間、まだ大丈夫ですか?」
「はい。夜明けまでに戻ればいいので」
「よかった」
「すみません。遅くまで付き合わせてしまって」
「そっ、そんなっ。オレが…あなたといたくて、いるだけですからっ」

 言って、自分で恥ずかしくなった男は、慌てて話題をかえた。

「あ、あのっ、トランプ。楽しんでもらえましたか?」
「あ、はい。とても。………ふふっ、地上には本当、色んな物があるんですね」
「あのカードで、他にも色んなことができるんですよ」
「そうなんですか?では、今度教えてもらってもいいでしょうか?」
「はい。よろこんで」
「絶対ですよ?」
「もちろんです」
「じゃあ……」

 すっと目の前に差し出された小指に、男はわけがわからず首をかしげる。ダメですかと問いかけられ、ようやく意味を理解すると勢いよく首を横に振った。

 ズボンで手汗をぬぐい、そして小指を絡める。

 どことも知れぬ場所で、大鎌を携えた少年が足を止めた。被っていたフードを外し、見上げた先には冷たい月。うっとりと、唇に笑みをのせる。

「………もっと憎んで。愛しい人」

 囁くように、歌うように。

「あぁ……会いたい、な」

 どこかの街の人気のない道端を、青年と大将は歩いている。冷たい風に吹かれながら。月の光に見守られながら。

「………大将」
「んー?」
「今晩は、人も妖も判別がつかないんだよね」
「ああ」

 だからこそ、人ならざる者ばかりが集まるバーに連れていってもらえた。青年は、一度己の手を握りしめる。

「………大将」
「あ?」

 クイッと大将の袖を引っ張り、歩みを止めさせる。振り返った大将に、一度視線をさ迷わせてから言葉を告げた。

「トリック、オア、トリート」
「………ねぇよ」
「………じゃあ、悪戯だね?」
「悪戯、なぁ」

 不審そうにしている大将の腕をさらに引っ張り、わずかに屈ませる。代わりに自身はつま先立った。

 触れたのは一瞬。離れた瞬間に交差する視線。先にそらしたのは青年。

 腕から離れようとする手を、大将がとる。考えるそぶりを見せたのは数秒。手をひき、脇の細い路地へと青年を連れ込んだ。

「な、に?」

 壁に寄りかかった大将が、青年の腰を抱き寄せる。もう片方の手は後頭部に回され、鼻先が触れるほどに近づく。

 その距離に、この体勢に期待が膨らむ。吐息が触れるだけで、息があがりそうだ。

「トリック、オア、トリート」
「ない、よ」
「あるだろ?」

 大将がニヤリと笑い、そして距離がゼロになる。

 深く深く重ねられる唇。甘く、とろけるようなそれに、すがるように青年は背に腕を回した。

 熱い吐息を溢し、青年は抱きついたまま大将の肩に額を押し付ける。髪をすく手の優しさに、泣いてしまいそうだった。

「………もう少しだけ、このまま」
「今晩だけだぞ」
「うん」
「………悪いな」
「ううん」

 好き。大好き。愛してる。

 溢れ出す、感情がある。けれどそれを伝えてしまえば困らせるだけ。だから、代わりに、

「………ありがとう」





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あきゅろす。
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