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 頼んだココアが空になると、革ジャンの男は少年をつれて早々に帰宅した。子連れで何時までも飲むつもりはない。黒マントの少年も、一杯だけ飲むと席を立つ。

「のんびりしてると、彼が来てしまうからね」

 クスクスと楽しそうに笑う。

「オーナー、彼が来たらいつものを。それから、鎌を返してください」

 黒マントの少年の言葉に、オーナーは嫌そうに顔を歪める。嫌そうにしながらも了承したのは相手が一応客だからだ。

 テーブル席に大将と二人きりにされた影の薄い男は居心地の悪さを感じていた。チラチラと様子を窺うが、大将はのんびり手酌で飲んでいる。もしかしたら影の薄い男の存在を忘れている。良かったと、小さく息を吐いた。

 ちびちびとウーロンハイを飲みながら、白熱している神経衰弱バトルを眺める。所在なくて本当は帰ってしまいたいのだが、この店には目的があってきているのだ。もう少しだけ、待ってみよう。

 影の薄い男がつらつらと考えていると、いきなりバッターンッと大きな音をたてて扉が開いた。

「ふはははっ!トリックオアトリートッ!」

 高笑いと共にやって来たのは顔の形にくりぬいたカボチャを、頭に被った男だった。男といっても、顔はカボチャで見えないし身体はマントに隠れていてわからないので声のみの判断だ。

 突然の登場に、神経衰弱に熱中していた面々も注目していた。

「………ねぇよ」

 代表するように答えたのは、顔をしかめた大将。その答えを受け、カボチャ頭はぐりんと影の薄い男を向く。頭が重いので一度がくんと頷くような動きを見せた。

「………ッ」

 目を見開いたまま、影の薄い男はふるふると頭を横に振る。何だか怖くて声が出せない。

 そんな心情を知ってか知らずか、カボチャ頭は再び高笑いをする。

「ふはははっ!菓子はないんだな?ならば悪戯だ!行け!我が手下共!」
「アイアイサー!」

 途端響く破裂音。そして降り注ぐ紙吹雪とテープ。カボチャ頭の後ろから姿を表した五人の子供、全員山伏姿で背には黒い羽をつけている、が同時にクラッカーを鳴らしたのだった。

 用済みとなったクラッカーを床に捨てると、子供達は歓声をあげ一斉に店から飛び出した。

「………今のは」
「うむ。ワシのとこの童共だの」
「あの子達も街を回っていたの?」
「ん?何やら菓子もらいたい放題、悪戯したい放題とか言っておったな」
「それは……違うだろうに」
「どうした?」

 大柄な男に訊ねられ、若はふるふると首を振る。

「ふはははっ!どうだ!まいっ……うぁっ!」

 カボチャ頭がバランスを崩し床の上に倒れる。起き上がろうとするのを、肩を踏みつけ阻止する足があった。オーナーだ。ただならぬ怒気をまとい踏みつけている。

「てっめぇ、オレの店に何しやがる。あぁ?」
「え?ちょ、待っ……散らかしたのは私じゃな…」
「あ?他に誰がいんだよ。この、カボチャの、中身は、カラッポなのか?あぁ?」
「ちょっ、待っ…頭蓋が、頭蓋が割れるっ」
「こ、れ、は、頭蓋じゃねぇだろうが」

 ガツガツと執拗にカボチャ部分を蹴りつける。その光景に、影の薄い男は青ざめた。

「あら、楽しそう」
「レディが望むなら、オレは…っ」
「あらダメよ。あなたにあんなことできるわけないじゃない」
「レ…レディ…っ」
「おら、ツラ貸しやがれ」

 オーナーがカボチャ頭を引きずってバックヤードに消えると、青ざめたままの影の薄い男が立ち上がり、ふらふらと座敷に上がる。そして角で体育座りをし、ちびちびとウーロンハイを飲み始めた。目は虚ろなまま。

「………大丈夫ですか?」

 鬼面の青年の問いかけに、コクンと頷くがとてもそうは見えない。よほど怖かったのか。そっとしといた方がいいだろうと考えていると、ペシンと鬼面の青年の頭が叩かれた。

「おい」
「痛い」
「罰ゲームどうした」

 頭をおさえ振り向くと、そこには大将が立っている。

「もういいって言われた」
「あ?」
「お主は離脱したではないか。ならば無効だろう?」

 大将が嫌そうに顔を歪めるのを見て、若がただでさえ細い目をより細める。

「何だ?そやつの声を他の輩には聞かせたくないとでも言うのか?」

 からかうようなセリフに、けれど大将は鼻で笑って応じる。

「だったら?」

 否定が来るはずのところに返ってきた肯定に、若は言葉につまる。鬼面の青年が心にもないことをと呟いていたが、誰も聞いちゃいない。

 悔しそうに扇子を握りしめる姿に苦笑したのは隣に座る大柄な男。落ち着かせようと頭を撫でれば、途端に若はうろたえ始めた。

「若、しっかり!」

 後ろに控える狐面の声援は、はたして聞こえているのか。

「………あれ?」

 不意に聞こえた新しい声に、虚ろだった影の薄い男の瞳に光が戻る。すくっと立ち上がり、グラスを置くと声の元へと急ぐ。

「い、いらっしゃいっ」
「あ、お久しぶりです」

 影の薄い男に迎えられ、笑みで答えたのはレディに負けず劣らず美しい人だった。プラチナブロンドの髪に、マリンブルーの瞳。レディが妖艶な美しさなのに対し、こちらは清楚な美しさ。

「遅くなってしまってすみません。少し、道に迷ってしまって」
「だ、大丈夫でしたか?」
「はい。こちらの方がここまで案内してくださって」

 こちらの方と示された男は、被っていたシルクハットを軽く持ち上げた。燕尾服に杖も持っている。絵に描いたようなジェントルマンに、影の薄い男は怯んだ。

 それでもどうにか感謝の意を伝える。

「あ、あの、ありがとうございました」
「いえいえ。お役にたてなら何よりです。それでは私はこれで」

 くるりと、杖の先が大きく円を描く。次の瞬間、ジェントルマンの姿は跡形もなく消えていた。

「まぁ」
「わぁ」

 思わず二人揃って拍手する。

「見つかんなーい!」

 とりあえず、何か飲みましょうと影の薄い男が席へとエスコートすると、今度は一度出ていっていた茶髪の青年が戻ってきた。

 二人のいる席に腰かけると、テーブルの上に突っ伏しダンッと叩く。

「どっこにもいねぇ」
「あの、どうかしたんですか?」
「クッソムカつくヤツがいんだけど、見つけらんないから文句一つ言えないんだー」
「あ、あの、その、さっきまで、いたけど…」

 言おうか言うまいか迷った結果、影の薄い男は残酷な事実を告げた。茶髪の青年が勢いよく顔をあげる。

「え?いたって、ここに?」
「う、うん」
「な…にそれ」

 あまりな事実に、茶髪の青年は脱力してしまった。そんな彼の前に一つのグラスが置かれる。置いたのはオーナー。置かれたグラスとオーナーを茶髪の青年は何度か見比べる。そして頬をひきつらせた。

「何、これ」
「何って、いつもの、だ」
「オレは、コレは、いらない」

 見たくもないと、ポートワインの注がれたグラスを押し返す。オーナーもヒクリと頬をひきつらせた。

「一体何杯無駄にすりゃ気がすむんだ」
「それはオレじゃなくてあっちに言ってよ」
「断るんならきちんと断りやがれ」
「会えないんだから仕方ないじゃん!」

 ケンカなら他所でやってほしい。そう思いながら影の薄い男が視線をそらすと、カボチャ頭がいつのまにか掃き掃除を始めていた。

 オプションとして、カボチャにフォークが数本刺さっているのは見なかったことにした。

 どんよりとした空気を身にまとい、無口になっていることにも気づかなかったことにした。

「あの」
「は、はい」
「あちらの席では何をしているんですか?」

 やけに楽しそうですけどと示す先は、トランプ遊びに興じる面々。

「えっと、カードゲームです。見てみますか?」

 大勢の場の方が楽しめるし、何より緊張が薄れるだろう。二人きりで過ごしたいという思いはもちろんあるが、この店では無理。ならば少しでも楽しめる方がいい。

 そんな考えからの提案に、はいと笑顔で答えられた。それだけでもう、天国にも昇る幸せだった。





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あきゅろす。
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