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Trick




 ギシギシとぎこちない動きでふりかえった先には、大柄な男がにこやかに立っていた。座敷にいる、臙脂の男よりもさらに大柄。鶯色の着物。うこん色の羽織を肩に引っかけて、腰には八手の葉に似た団扇をぶる下げている。

 その姿を目にした白い男―――若は視線を右へ左へと忙しなく動かす。無意味に扇子をパチンパチンと開いたり閉じたりもしている。

「…………そ、その…なかなか抜け出せなくての」
「そうか、そうか。外は寒かったろう?ちょうど今、熱燗を頼んだところだ。少し待ってくれ」
「う、うむ」

 しきりにそわそわしている若の手を、大柄な男は握る。ビシリと固まってしまったが、頓着することなく座敷へとエスコートした。

 そんな二人の姿を眺める周囲の目には呆れが浮かんでいる。

「………自分だって犬みたいじゃん」
「まぁ、犬科だしな」
「レディ、お待たせ。………何かあったのか?」
「何でもないわ。ありがとう」

 グラスを受け取ったレディが悠然と笑む。黒い男は嬉しそうに頬を染め、その美しい笑みに見惚れた。

「そういえば、見ない顔があるけど?」
「ああ。大将の連れだ」
「へぇ…そうなの」

 一方の座敷では、ぎこちない動きで若が大柄な男の隣に腰を下ろしていた。臙脂の男―――大将は我関せず杯をあおぐ。般若の面―――鬼面をつけた青年は不思議そうに首をかしげるも、特に何かを訊ねたりはしない。

「今、西洋札をやっていての。若もやるか?」

 若がコクコクとうなずく。その姿を首をかしげたまま眺めていた鬼面の青年が、不意にとんっと隣に座る大将に軽く体当たりした。

「あ?」

 何事かと眉を潜める大将の腕に抱きつき手のひらを開かせ、そしてそこに指で文字を書き始める。

「………あやつ、口がきけぬのか?」
「いや、罰ゲームでな」
「罰ゲーム?」
「ワシが西洋札初めてでな。色々助言してくれておったのだが、大将がいい加減にしろと」
「なるほど。あの結い紐もか?」
「おぅ。ワシがつけさせた」

 納得したと、若が目の前の二人に視線を戻すと、大将と目が合った。その唇が楽しげに歪み、何事かと顔をしかめる内に大将が口を開く。

「こいつ、お前のこと腹黒そうだとよ」

 バシンっと、鬼面の青年が大将の肩を叩いた。そして若の方を向くと、必死に首を横に振る。その頭、正確には面を大将がおさえた。

「落ちんぞ」
「………」

 クツクツと笑う大将に、鬼面の青年が恨みがましい視線を向ける。

「で、何なのだ?」
「あ?あぁ、もう喋っていいかだと。もう少しそのままでいろ。大富豪、わかるか?」
「否」
「何ならわかる?」
「む………ポーカー、バカラ、ブラックジャック…」
「あら、賭事なら私も参加するわ」
「レディが参加するならオレも…」

 会話を聞きつけたレディが座敷の縁に腰掛け優雅に足を組む。ワイングラスをゆっくり回し、唇に笑みをのせ。その脇には黒い男が執事のごとく控えている。

「初心者いるんだからよせよ」

 呆れ、呟く大将は手元のトランプを鬼面の青年に渡す。受け取った鬼面の青年は、手を伸ばし大柄な男のもとのトランプも一度回収。会話には参加できないので、聞きながらカードを切る。

 シャッシャッと何度か切り、二つの山に分けテーブルの上に置く。その端を親指で持ち上げ、交互に重なるよう落としていく。すべてを落とし終えると手にとり、弓なりにするとバラバラと一つの塊にまとめた。

 手慰みのそれを、大柄の男がキラキラとした目で見ていた。気づいた鬼面の青年は、軽くカードを切ると適当な一枚を取りだし大柄な男に見せる。それを束に戻すと、もう一度軽く切りシャッフル。束を二つに分け、上下を入れ換えた。そして山の上を指先でトンと叩き、一番上の一枚をひっくり返す。

「おおっ」
「何してる」

 大柄な男が感嘆の声をあげるのと、大将が鬼面の青年の頭を叩くのはほぼ同時だった。痛いと、鬼面の青年は頭をおさえ大将を睨む。

 それから手元のカードをテーブルの上に広げ始めた。

「………む。神経衰弱か」
「無難だな」
「まぁ、いいでしょう」
「どういうものなのだ?」

 若が大柄な男に説明をする内に、大将は酒瓶一本手に持って立ち上がる。見上げた鬼面の青年の頭をおさえ前を向かせると、座敷を下りテーブル席へと向かった。

「………いいのか?」
「ああ」

 革ジャンの男の問いに答えながらイスに腰かける。そして窺うように二人を見ている影の薄い男のコップに日本酒を問答無用で注いだ。

「あっ」
「何してんだよ」
「あ?これくらいどうってことないだろ」

 本気で言っている様に呆れた溜め息を吐き、涙目の影の薄い男からコップを回収する。そしてちょうど熱燗を届けに来ていた男に声をかけた。

「追加頼む。ウーロンハイでいいのか?」
「う、うん」
「それとビール」
「はいよ」

 答えたのはこの店のオーナー。深緑の髪に爬虫類を思わせる金の瞳。標準よりは高い身長で、細身の身体はバーテンの服に包まれている。耳には透明の珠をぶる下げたイヤリングが揺れていた。

 熱燗を座席に運び、そこでも追加のオーダーをとるとオーナーはキッチンへと足を向けた。神経衰弱はなかなか白熱している。

 と、そこで店の扉が開き、幼さの残る少年が三人入ってきた。

 一人は小学校中学年ほどで、白い直衣姿で頭には狐面をつけている。薄茶色の髪に、つり目がちな目元。藤で編まれた籠を手にしていて、中にはお菓子が入っている。オーナーを見つけるとキラキラした顔で駆け寄った。

「とりっくおあとりーとっ!」
「ほらよ」
「わぁい。ありがとうございまする」
「坊。戻ったか」
「若!見てくださいまし。沢山集まりました」

 狐面の少年は嬉々として若に戦利品を見せにいく。オーナーはもう一人の少年にもポケットから取り出した飴を放る。

「ほら、お前も」
「あ、ありがとうございます」

 受け取ったのは高学年ぐらいの少年。真っ黒なタートルネックのセーターに、同じく黒のズボン。頭には黒い獣耳をつけ、同じ色の手袋には鋭い爪をつけてこれまた黒いナップザックを持っている。

 オーナーに礼を言うと、辺りに視線を巡らせる。すぐに片手を上げた革ジャンの男の姿を見つけ、急ぎ足で近寄った。

「おじちゃん。オーナーさんからも貰いました」
「おー。良かったな。楽しかったか?」
「はいっ」

 元気よく返事をする少年の頭を撫で、革ジャンの男はオーナーに再度追加注文をする。

「オーナー、ホットココア一つ」
「こちらには蕎麦茶を頼む」
「へいへい」

 適当に返事をし、お盆をヒラヒラと振る。今度こそと足を進めようとして、最後の少年に行く手を阻まれた。

 見た目、中学生ほどの彼は黒いフードつきのマントを身につけている。フードの下に見える瞳は紫水の色。にこにこと笑う顔立ちは、知らなければ優等生にしか見えない。手には自身の身長を超える鎌を持っている。

「Trick or Treat」
「あ?」
「僕にはくれないんですか?」
「………」

 にこにことした笑顔のままの少年。なぜお前にまでと言いかけたオーナーは、けれど無言で飴を放った。何やら嫌な予感がしたのだ。

「ふふっ、やっぱり悪戯は無理か。残念」

 どうせろくな悪戯ではない。予感は当たっといたかと、オーナーは息を吐く。そして鎌に手を伸ばした。

「悪いが、ウチは危険物持ち込み禁止でな」
「えぇ?子供のおもちゃですよ?」
「コレは本物だろうが」

 ふふふと笑う黒マントの少年を睨み付け、取り上げる。

「で?ご注文は?」
「そうだな……では、デビルを」





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