バレンタイン(2012)
(私の方が彼を好き)
昨夜は遅くまで妹が起きていたのは知っていた。台所にこもり、なおかつ甘い匂いが漂っていたから何をしていたのかも。
だからと言って、朝起きたら抱きつかれているとは思わなかった。一瞬、訳がわからずフリーズしてしまった。
「………愛?」
声をかけるが熟睡していて起きる気配はない。なんとか腕の中から脱出して起き上がる。
ふと、机の上を見るとピンク色の包装紙できれいにラッピングされた小箱があった。遅くまで起きてたのだろうか。
暖を求めて布団に潜り込んでくることは暫しあるのでスルーした。
制服を着て、身支度を整え、朝食をとる。そして登校。
学校に近づいた頃、前方に見知った赤い頭を見つけた。珍しいな。そう思って、声をかける。
「青」
「んぁ?……恵かよ」
振り返ったその顔にギョッとした。
「また喧嘩?」
「……ババァにやられた」
何だ。親子喧嘩か。頬を腫らし、ぶすくれた様子の友人に苦笑する。
「昨日から家中に甘ったるい匂いさせやがって」
「あー」
それが嫌で喧嘩吹っ掛けて、返り討ちにあったのか。この家の親子喧嘩は、文字通りの殴り合いらしい。
「でも一個は確実なんだ」
「いらねぇし」
くぁと欠伸した青がこちらに目をやり、ニヤリと笑った。
「お前は?」
「去年はバイト先で配られたけど…今年はどうなんだろうね」
「じゃなくて。例の…」
「あ、あの!」
どこかからかうような口ぶりに首をかしげていると、上擦った声がかけられた。
緊張しきった他校の女子が、立っていた。
「…少し、時間いいですか?」
状況を理解して、一瞬、青と目を合わせる。口角が僅かに上がり、自慢するような表情をしていた。
「……じゃあ、先に行くから」
「おー…あ、昼行くから飯買っといて」
「了解」
珍しく朝から来たかと思えば結局サボるのか。まぁ、家を追い出されて行くとこないからとりあえず登校してただけなのだろうけど。
ところで、例のとは何だったのだろう。
そんなことを思いながら辿り着いた教室。女子などいないのだから期待のしようなどないのに、それでも空気がいつもと少し違う。
まぁ、先程の例もあるし。
可能性が皆無でないだけ、登下校に望みをかけてる奴もいるっぽい。
そんな中、彼はHR直前に滑り込んできた。その直後に息を切らした担任が。
「っしゃ!セーフ!」
「っのヤロ」
心底悔しそうな担任に、教室の中に笑いが巻き起こる。彼が遅刻ギリギリになるのって珍しい。そう思いながらも、大して気には止めていなかった。
何だかんだでいつも通り。これといって変わったことのない授業風景。
そして迎える昼休み。
「ハル。売店行こ」
「えっ?」
「えって何?昼、食べないの?」
「いや、そうじゃなくて」
煮え切らない様子のハルを促し、とりあえず売店へと向かう。競争率激しいから、急がないといけないのに。
「あれ?なんか多くない?」
「青の分」
「今日来てんの?てかあいつ弁当じゃなかったっけ?」
「昼には来るって。母親と喧嘩したから弁当なし」
「ふぅん?」
二人分のパンを買い込み、いつも昼を食べている非常階段へと向かう。売店の隅にあった特設コーナーは見なかったふり。むなしくはないのだろうか。
非常階段ではすでに青が待っていた。授業にも出ず、ずっとここにいたのだろう。小刀で木を削っている。器用だよなと思って見てると、目が合った。
「おせぇ」
「混んでたんだから仕方ないって。ほら」
パンを渡し、隣に座る。ハルもすぐ側に腰を下ろした。
「チビッコは?」
「休み」
「あっそ」
そう言って横に置いてあった箱からチョコを一粒摘まみ、口に運ぶ。
「それ、今朝の?」
「ああ」
「え?何それ。今朝のって?」
ハルが目を見開いて空になった箱を凝視している。
「青、今朝他校の女子に声かけられてた」
「っ!?」
「羨ましいだろ?」
わざと勝ち誇った顔をして挑発する青。特に羨ましくもないし、自慢するようなことでもない気がするけど、ハルは単純だからずるいとか言うんだろうな。
そう思ったら、珍しく違う反応を見せた。
「ふっ…黙っていたけど、オレは今日、放課後用事があるのだ!」
「部活?」
「寂しい奴だな」
どうだと言わんばかりに指を突きつけてきたハル。人を指差してはいけませんと習わなかったのか。その手を叩き落として訊ねると、ガンッとショックを受けていた。
「そこは普通デート?って驚くとこだろ!?当たりだけどさっ」
ふてくされてしまったハルにパンを一つ恵んでやる。恨めしそうな顔をされた。
「お前は?放課後どうすんの?」
「ん?今日はバイトだけど?」
「へぇ?じゃあここにいていいのかよ?」
「は?」
今朝と同じ、どこかからかうように問いかけてくる青。意味がわからない。
「なー?そう思うよな?」
「今頃、探してんじゃね?」
ハルはわかっているのか、呆れたような、でも楽しそうな顔をしてるし。本当に意味がわからない。
ヤレヤレといった様子の二人が何となくムカついたので、一発づつ蹴りをいれておいた。
「辻本ー、今日バイトだろ?途中まで一緒に帰ろ」
「んー」
放課後、帰り支度をしていると彼が声をかけてきた。これ事態は珍しいことではないけど、なぜか今日はチラチラと視線を感じた。訝しく思い見回すけれど、午後から授業に出ていた青とだけ目が合う。
何か、ニヤニヤしてるし。何なんだろう。本当に。
「辻本?」
「あ、今行く」
カバンを手に、彼と連れだって廊下に出る。教室に残っていた奴らが、何を話していたかなんて知らなかった。
「あれ?それは?」
彼は手に何やら紙袋を持っていた。
「あぁ、後輩達から貰った。あと先輩からも」
「ウチの学校の?」
「おう」
おうって。ウチ、男子校。
「ヨカッタネ」
「何かさー、後輩達は応援してますって」
「ファンクラブ?何の応援さ」
「な?先輩は返事いらないって」
「ふぅん?」
いらないってことは告白だったんだ。男子校だし、そういう人もいるって聞いてはいたけど。
隣を歩く彼を見る。
引くでもなく、ごく普通にしている様子に感心した。
「あ、普通に女子からも渡された」
「……普通」
彼といい、青といい、他校の生徒から貰うとか。渡しに来る女子の勇気も凄いけど。
「辻本は?」
「一般男子はせいぜいが義理だから」
そして、男子校だとその義理を配る人はいない。そう言うと、彼は満面の笑みを浮かべた。
「これ、義理じゃないから」
「ん?」
「辻本に」
手にしていた紙袋の一つを差し出された。思わず顔をしかめる。
「貰ったなら、ちゃんと自分で食べなよ」
「違うって。これ、オレの手作り。渡そうと思って」
「は?」
意味がわからず首をかしげると、彼は楽しそうに笑った。
「辻本の事、一番好きだから」
「………それは、どういう意味で?」
「もちろん、友達として」
「だったら何かちがくない?」
「何で?好きな奴に渡すんだろ?」
好きの意味が違う。少しずれた奴だと思ってたけど、ここまでとは。
紙袋と彼とを見比べる。
「あ、味は保証するぞ。初めて作ったけど」
「……まぁ、ありがとう」
何か色々と微妙で、納得いかないけれど受け取っておいた。嬉しそうにしているし、まぁいいかな、なんて。変な感じがするけど。
その後行ったバイト先では、去年と同じようにチョコが配られた。けど、彼から渡された紙袋が妙に気になって、仕方がなかった。
そして帰宅すると、妹が玄関で仁王立ち。
「何で朝起こしてくれなかったの?」
「起こしたよ」
「朝一で渡したかったのに!」
そう言って、押し付けられたのは朝、机の上にあった小箱。
「くれるの?ありがとう」
お礼を言って、頭を撫でると嬉しそうに笑った。
「手作りなんだからね!来月三倍返し!」
「頑張ります」
「どうせまた、バイト先の義理しかもらってないんでしょ?」
「あー…うん」
義理ではない、と渡されたのもあるけど。言うのは躊躇われた。それはきっと、説明しづらいからであって、他に理由はないはず。
「感謝してよね〜」
「うん。ありがとう」
やけに上機嫌な妹の頭をもう一度撫で、部屋に引っ込んだ。
家族の寝静まった夜遅く。コーヒーをいれて、自室の机に向かっていた。目の前には彼から渡されたケーキ。
粉砂糖のようなものが振りかけられただけの、シンプルなチョコレートケーキ。フォークで一口掬い、口に運ぶ。
「………これで初めてとか」
わずかに苦味を帯びたその味に、頬が緩んでいたなんて気づいていなかった。
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