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ハロウィン(2013)




 宴


「人間はケチ臭い」

 タンッと、勢いよくワイングラスがテーブルの上に置かれた。

 置いたのは秀麗な容姿の男。黒いシャツに細くワインレッドのストライプが入っているが、全体的に黒いイメージが強い。艶やかな黒髪。病的なほどに白い肌は、けれど今はほんのりと上気していて。僅かに赤みを帯びた黒い瞳も微かに潤んでいる。

 誰がどう見ても酔っぱらっていた。

「何も命を奪おうってワケじゃない。ちょっと、分けてもらうだけでいいんだ。危害加えるわけでなし。何でそれでハンターに追われなきゃならないんだ」
「下手したら失血死すんだろ」

 おざなりな答えを返したのは、ガタイのよい男だった。ダークグレイの長めの髪。鋭い目付き。浅黒い肌。革ジャンの上からでも筋肉の付きのよさがわかる彼は、ジョッキの黒ビールを一気にあおぐ。

「わかってない」

 再び赤ワインを注いだグラスを手にし、黒い男が革ジャンの男を睨み付けた。

「下手を打つのは下の下だ。そもそも今の時代、そんなことをしたら仲間内でも非難される。大体、献血と同じだろ。人助けじゃないか」
「…………人じゃないじゃん」

 ぼそりと呟いたのは影の薄い男。白いシャツに濃紺のセーター。黒い髪はサラサラで、清潔感に溢れている。だがしかし、猫背気味の姿勢と長すぎる前髪。黒渕眼鏡の奥の瞳は伏し目がちで、卑屈さが滲み出ていた。

 ウーロンハイの入ったグラスを両手で持っているが、中身はほとんど減っていない。

「何か言ったか?」
「な、何も…」
「言いたいことがあるならはっきりと言え」
「えぇっと…」

 きょどきょどと視線をさ迷わせる。早くしろとばかりの睨みに、うぅ…と不明瞭な声を漏らす。

 やがて、ただでさえ薄い影がより薄くなり始めると、黒い男ががしりと腕をつかんだ。ふっと、影の薄さが戻る。

「逃げるな」
「に、逃げたりしない、よ」

 そしてようやく観念しぼそほそと告げる。

「…………た、ただ、その、蚊だって嫌われてるし」
「モスキートなどと一緒にするな!あいつらのようにかゆみ成分など置き土産にしない。むしろ快楽を与えている!」
「あ、う、その、あの、そういう意味じゃなくて…」
「何だ?」
「えっと、あの、蚊よりは、量が、多いから」
「それが何だ。だからケチ臭いと言っている。これだから人間は!」
「自分だって‘元’人間のくっせにー」

 くわっと叫んだ黒い男の後ろに、いつの間にか若い青年が立っていた。視線が集まるとひらりと手を振って笑う。

 緩くパーマのかかった茶髪。人畜無害そうなどこにでもいる顔立ち。やや小柄な彼は、まだダッフルコートを着込んでいて、外から中に入ってきたばかりなのだとわかる。

「ああ。元な。今は違う。お前たちのように中途半端じゃない」
「なっまいきー。好きこのんで人間やめる奴の気が知れなーい」
「知れなくて結構だ」

 はっと鼻で笑う黒い男。茶髪の青年は顔をひきつらせ、それからイライラと辺りを見回す。気づいた革ジャンの男が声をかけた。

「あいつならいねぇよ」
「えー?」
「チビどもと一緒になって街回ってる」
「ハァッ?何それ?いい年して何してんのさ?」
「知らねぇよ」

 信じらんないと吐き捨て、茶髪の青年は床を蹴った。後方に軽くジャンプして、けれど着地することはない。

「ちょっと探してくるー」

 そのままふわふわと後退していく。

「見られないよう気を付けろよ」
「どーせ普通の奴には見えないしー」

 イーと歯を見せる内に、ゴツンと壁に後頭部を打ち付けた。痛いと空中で踞り、その体勢のままくるりと向きを変えすり抜けていく。

 何をやってるんだと呆れた息を吐いた革ジャンの男が視線を戻すと、黒い男が再び影の薄い男に詰め寄っていた。

「おい、いい加減絡むのよせ」
「いいや。ここは譲れない。噛まれたら仲間になると言っても、誰でも彼でも仲間にしてるわけじゃない。選別し、意思の確認をしている。問答無用で仲間に引き入れるのはむしろあいつの方だ」

 と言って黒い男が指したのは革ジャンの男。影の薄い男はその事にぎょっと目を剥く。

「えっ?そ、そうなのか?」
「まぁ、甘噛みぐらいなら平気だが」
「そ、そうだったんだ…」
「ほらみろ。あいつの方が質悪いだろ」
「つっても噛まれて生きてればだし、変身してる間だけだぞ。そもそも理性失って噛みつくのが昔の話だ」

 理性残ってりゃわざわざ人に噛みついたりなんかしない。めんどくさそうに告げるが、内容は結構問題だった。生きてりゃって、それはつまり死ぬ確率の方が大きいということではなかろうか。

 ぞっと背筋を凍らせた影の薄い男は、革ジャンの男から視線をはずす。無言でちびちびとウーロンハイを飲み始めた。

「そうだ。それで思い出した」
「あー?」
「どうするんだ?」
「…………どうもしねぇよ」

 簡潔な問いかけに、うんざりとした言葉が返される。

「なぜだ?仲間にしてしまえばいいじゃないか」
「簡単に言うなよ」
「満月の晩に噛みつけばいいだけだろ。簡単じゃないか」
「簡単じゃねぇよ。人間がなるにはリスクあんだよ。そっちと違って」
「だからと言って、人間のままよりはマシだ。それに、ずっと、傍にいられるんだぞ」
「………そのウチ、自立して出てく。預かりモンなんだよ。縛りつけるわけ、いかねぇだろうが」
「理解できないな」
「できなくて結構」

 これで話は終わりだと革ジャンの男がビールをあおぐ。そんな二人の様子を、影の薄い男はコップに口をつけたまま窺っていた。

 黒い男は、それでもやはり納得できないと口を開く。

「大切な者と共にいられる。これ以上の喜びはない。何を躊躇う必要があるんだ」
「皆がお主のように、単純な頭をしとるわけではないからのぅ」

 ポスンと音をたて、黒い男の頭に扇子が振り落とされる。

 振り返った先にいたのは黒い男とは対照的な白い男だった。白いスーツにネクタイはつけておらず、羽織るコートも白。金茶の髪はサラリとしていて、目は細くつり目がち。くつりと笑うと、閉じた扇子を口許に当てた。

 そんな彼の隣には黒いドレス姿の人物。大胆にあしらわれた赤いバラの模様に毛皮のコート。豊かなブロントの髪に血を彷彿とさせる深紅の瞳。マフィアの情婦のような、艶やかな一見美女。

「レディ!」
「ふふっ、もちろんあなたの大切は私のことよね?」
「もちろんだ!寒くなかったか?座るといい。コートを預かろう。何を飲む?」
「あなたと同じものを」
「わかった。待っていてくれ」

 ドレス姿を目にするや否や、黒い男は顔を輝かせ立ち上がる。コートを預かりイスを引き、グラスを取りにカウンターへと走る。

「………相も変わらず、犬の様だのぅ」
「可愛いでしょう?私の坊やは」
「可愛くはねぇだろ」
「あら?ヤキモチ?」
「ちげぇよ。ひっつくな」

 わざとらしく肩にしなだれかかるレディと呼ばれた男。それを振りほどきながら、革ジャンの男は白い男が視線を巡らせたのに気づいた。

「日本酒組はあっちな」
「む。そ、そうか」

 あっちと指されたのは向かいの座敷。

 そこにいたのは大柄な男と小柄な青年だった。

 臙脂のタートルネックを着た大柄な男は、白い男と目が合うと軽く手をあげ挨拶の代わりとした。瞳の色は、レディより黒みを帯びた赤。見るからに固そうな黒髪には、似合わない青い結い紐がなぜか結ばれている。

 その隣に座る青年は和装だった。暗紅色の着物には細くストライプが入っている。瞳は髪と同じ黒。頭部には般若の面を斜めにつけていた。こちらは軽く会釈をする。

 二人とも手にはトランプの札を持っており、もう一人分の束がテーブルの上に伏せてある。

 その様子を目にした白い男は、一度鼻をクンとならし、眉をひそめた。けれど、口を開きかけたところで背後から声をかけられる。

「おぉ、若。遅かったのぅ」

 その声を耳にした途端、若と呼ばれた白い男はビクリと肩を振るわせ、扇子を落としそうになった。





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