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七夕(2013)



(ほわほわきゅん)


「……夏だな」
「………」
「……浴衣の季節、だな」
「………」
「うぁぁあぁぁ……」

 どうしようよ。これ。

 生徒会室に書類を持って訪れれば、いたのは会長様だけ。一番奥の一番偉そうな机に、いつもふんぞり返っている会長様。それがなぜか書類を渡したとたん意味不明なことを言い出し、頭をかきむしり始めた。

 ちょっと。本当、どうしようよこれ。

 誰か委員長呼んできてくんないかな。通訳ほしい。むしろかわってもらいたい。会長様の扱い、委員長が一番手慣れてるし。

 ほっぽいて帰ってしまいたいが、風紀室に持ち帰る書類をまだ受け取ってない。これの相手をしなければならないのか。

「浴衣着たくねぇぇぇー……」
「毎年着てるでしょうに」

 ぼんやりと逃避してたら聞こえてきた台詞に、思わずつっこむ。

 中等部の頃からの年中行事の一つに、花火大会がある。と言っても行事としてではなく、現生徒会メンバーや一部風紀委員などごく内輪の集まりだ。

 オレは中二の時に委員長から声をかけられそれ以来参加している。今思えば誘うように頼まれたのだろう。

 元をただせばこの会長様が花火大会やりたがったことにあるらしい。打ち上げ花火を。たださすがに業者への依頼や消防との連携等手間があり、中学生には実現不可能だった。

 代わりにと、親しい間柄のみで市販の花火セットを購入し始めたそうな。一般生徒には知られてない、いわゆる隠れイベントである。

 なぜかドレスコードが存在し、それが浴衣や甚平などとにかく和服。日本の夏をとのコンセプトらしい。

 だから会長は毎年浴衣を着ている。しかもかなりノリノリだった。言い出しっぺが自分なのだし当たり前だ。それが何を今さら。

「ちげぇ…浴衣はいいんだ。浴衣は…」

 本当にもう何なんだろう。

 何か、関わらない方が良さそうだ。いっそ、書類もらわずに戻ってしまおうか。あぁ、でもそんなことしたら委員長に叱られる。下手したら副委員長が意気揚々と生徒会室に訪れて、委員長と会長様両方から叱られる。

「………おい」
「………何でしょう」
「浴衣って、欲情すんのか?」

 何この質問。

「とりあえず、あー…好きな相手が着てたらときめきますよ?」
「うわぁぁあぁぁぁっ!」

 ビクゥッ!

 大声をあげて突っ伏す会長様。どうしようこれ。オレの手には負えそうにないんだけど。

 でもこのまま放置するわけにはいかないよな。

「えーっと、何かありました?委員長と」

 ここ最近、というか春に委員長が会長様に色々暴露してから、会長様は時おり挙動不審になった。毎回毎回その原因は委員長なので、今回もそうなのだろう。

 きちんと最後まで責任を持ってもらいたいものだ。

「………浴衣、脱がしやすそうでいいって」

 委員長、意外とむっつりな。

「あいつ、今までそういう目で見てたのかよぉっ!」

 ダンッ!と机を叩きつける会長様。目尻に涙が溜まってるのは、気づかぬふりをしておこう。

「えーっと、なら着なきゃいいんじゃないすか?」
「あぁあん?」

 睨み付けてくる会長様。ヤダ何この人。怖い。

「まっぱでいろってかの?あぁ?」
「じゃなくてですね。甚平はまだましじゃありませんか?」
「………」
「あとはもう、袴とか。下にシャツ着れば結構脱がしにくくなると思いますけど」
「それだ!」

 パァァァッと顔を輝かせ立ち上がる会長様。あ、よかった。持ち直したっぽい。

「そうと決まれば早速用意するぞ!」
「え?ちょっ」

 書類だけ渡してってほしい。と、言う間もなく駆け出す会長様。けれどバタンと開かれたドアからタイミングよく入ってきた書記に、襟首を掴まれる。

 あ、よかった。

「会長。どこ行くの」
「離せ!オレの貞操がかかってるんだ!」

 必死だな。あれだけ恋したいとかクダ巻いてたんだから、流されてしまえばいいだろうに。というか委員長、まだ手は出してないのか。

「まだ仕事終わってないだろ。終わらせてからにしな。………君は?」
「えーっと、夏休み期間中の活動予定表をもらいたいんですが」
「ほらよ。とっととうせろ」

 うわぁ。何この言い方。さっきまで親身とは言えないながらも相談に乗ってあげてたのに。

 書記に引きずられるようにして席に戻った会長様から、念願の書類を渡される。けどその物言いに顔がひきつってしまった。

 委員長に言いつけてやろ。

 会長様が委員長の言葉に動揺して、変に意識しすぎてるって。

「………それじゃあ、失礼します」
「ああ、そうだ。短冊、もう書いた?」

 踵を返そうとしたところで、書記に声をかけられた。

 毎年、寮のロビーに笹が飾られ、短冊や飾りを自由につけられるようになっている。それのことなのだとはわかるけど、なぜわざわざ問われたのかわからず、首をかしげる。

「いえ。今日、花火の前に一緒に書こうって約束してるので」
「そうか」
「どうしてです」
「いや…」

 くつりと、楽しそうに笑われさらに首を傾ける。

「毎年、あいつに付き合わされてたからな。今年はどうするのかと」
「あぁ…それは。お世話になりました」
「今年はきちんと書けるのか気になってな」
「それはオレも気になってます」
「けっ、リア充め」

 やさぐれてるなぁ。

 てか本当、付き合ってしまえばいいのに。なぜ会長様は逃げて回るのか。いや、逃げてはないか。一時寄り付かなくなってたけど、今はもうまた風紀室にサボりに来てるし。

 何なんだろうか。

「どうかした?」
「会長様。なんで委員長とくっつかないのかなって」
「ふぅん」

 委員会の仕事を終え、寮のロビーで会計もとい恋人と待ち合わせ。生徒会は忙しいから、ぼんやりと来るのを待っていた。そしたらぼんやりしすぎて、恋人に声をかけられるまで気づかなかった。

 いつの間にかすぐ横に来ていた恋人は、今年は淡い水色の浴衣に流水の模様。帯は濃いめの藍。前髪を、金魚のついたヘアピンで留めている。

 対するオレは毎年同じ濃紺の縞に深緑の帯。これと言って特徴のない格好だ。彼の隣に並んでてもいいのだろうか首をかしげたくなるが、望んでくれているから良いのだろう。

 緩く組んでいた腕を解き、笑いかける。

 ふいっとそっぽを向いてしまったのは、きっとオレが彼以外のことを考えていたせいだろう。仕方ないなぁと内心苦笑して、頭を抱き寄せて撫でる。

「っ!?」
「何?焼きもち?」
「………っ別に」

 口調こそそっけないけれど、離れようとする気配はないし耳は赤くなってるしでそのまま撫で続けた。指触りいいよな。いつまででも撫でてられる。

「そ、そう言えばさ」
「んー?」
「さっき、袴はそそるとか浴衣も捨てがたいとか話してたんだけど」
「………書記と?」
「委員長も」

 そうか。袴はそそるのか。ならば逆効果だろうか。まぁ、言ったはものの、用意が間に合うわけないのだけれど。

「どっちも捨てがたいよなぁ。まぁ、好きな人がいつもと違う格好してるだけで、新鮮でいいけど」
「………っ」

 軽く二度頭を叩き、名残惜しいけど身体を離す。顔を真っ赤にしている彼に、にっこりと笑いかけた。

「そろそろ短冊書こうか?時間なくなっちゃうし」

 黙ったままの彼の手を引き、短冊や折り紙、ペンの用意されている長テーブルに近づく。

「毎年楽しみにしてるんだよね」
「そ、そうなんだ」

 適当に選んだ短冊を一枚、彼に渡す。自分用の物も取り、ペンを手にした。

「うん。毎年ね、短冊にオレの名前書く人がいるんだ」
「っ」

 短冊の中央より右上の部分に書かれているから、本来はその後に何か言葉が続くのだろう。最初に見つけたのは中二の時。それから毎年必ずある。

 友人たちと、短冊の君と呼んでいた。

「今年は名前の続きが知れるといいな」
「………」

 顔を真っ赤に染めて、ペンをもつ手を振るわせる恋人に笑いかける。

 クラスは違うし、生徒会から来る書類はほぼ印刷物。だからその字が誰のものかを知ったのは、付き合い初めてからだった。

 一体誰が何を願いたくてオレの名を書いているのか。気になって、毎年チェックしていた。思えば、姿の見えぬその相手に惹かれつつあったのだろう。

 唇をわななかせ、目を見開いている恋人に笑みを深める。

 愛されてるなぁと、思わずにいられない。





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