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六、




 昴が別室に移動し、北斗が頭が痛くなったからと早々に布団に入ってしまった頃、ようやくつばめと螢が戻ってきた。

 今までどこで何をしていたのか。やけに機嫌の良さそうなつばめは、いつもの様に窓辺に陣取ると、煙管を取り出した。

 一方の螢は何故か戸口で佇んでいる。わずかに俯いていて、表情が良くわからない。

「螢ー?どうしたの?」

 不思議に感じたキラが声をかけると、螢はそちらに視線を向けた。まっすぐに近付き、目の前に座る。そしてキラの着物の裾をそっと掴んだ。

「………キラ」
「………なーに?」

 螢の珍しい行動に、キラは首をかしげる。

「………ありがとう」

 それだけ言って、さっさと立ち上がろうとする。キラは慌てて引き留め、再度座らせた。

「どーいたしまして。でも何に対してか言ってくれないとわからないよー?」
「………言えない」
「えー?何で?」

 責任をとらせると連れていかれた先で、きっと何かとても面白いことがあったに違いない。キラはそう考えていた。是非とも知りたい。

「教えてよー」

 良いでしょー?と瞳を輝かせるキラを眺め、螢はしばらく考える素振りを見せた。そしてふぅと息を吐く。

「………本当はまだ秘密の話なんだけど」

 まだ?この場で言うことですでに秘密ではない。何故なら室内の連中皆、二人の会話を聞いている。聞く気がなくても聞こえている。

「さっきつばめに吐いた嘘、嘘じゃなかった」
「ゴホッ!」

 むせた。これ以上ないってほどつばめがむせた。

「ゴホッゴホッ!」
「つばめ!?大丈夫か!?」

 リュウが慌ててつばめの背をさする。キラの笑顔は一瞬固まったが、すぐに我を取り戻した。

「そ……そーなんだー。おめでとー……何でわかったの?」
「念のためにって、医者につれてかれた。そしたらおめでただって」

 つばめがどこか呆然とした様子で螢を眺めていた。リュウは思った。つばめのこんな顔、初めて見たと。

 天狼はもう、ただただ凍りついていた。

「……嘘から出た真って、本当にあるんだね」

 何処か遠くを見ながら、螢がしみじみ呟く。

「……へぇー、良かったねー」
「うん。嘘だけどね」
「へぇーって、…え?」

 じゃっと立ち上がりかけた螢を、キラが再度引き留める。

「えー…と?どーいうことかなー?」
「だから今の話は嘘ということで」

 ということでという言い回しは一体どうなのだろうか。

 キラの笑顔が固まる。

「へ、へぇー嘘だったんだ。残念だったねー」
「…………………………そうだね」

 何が残念だと言うのか。螢はふいと視線をそらした。

「…でも、だったらさっきのありがとうってのは何だったの?」
「え?」

 螢がキョトンと首をかしげる。

「だから……キラのお陰でわかったから」
「……でもそれは嘘なんでしょー?ありがとうってのも嘘だったの?」
「……え?」

 強張った笑顔のままのキラの問いに、螢は暫し考える素振りを見せる。

「……ああ、そっか。じゃあ嘘ということで」

 じゃあって何だよ。じゃあって。

「な、何でそんな嘘吐いたのかなー?」
「だって、今日中ならどうせ嘘ととられるかと思ったから」

 今日中でなくとも信じられるような内容ではないのだが。

「……えーと……螢もオレのこと騙そうとしたんだよね?」
「も?」
「北斗とリュウがさっき仕返しで」
「そうなんだ………そうなるの…かな?」

 お前が訊くなよ。

「………はぁー…言いたいのに言えないって、面倒だな」
「……ほ、螢?」
「ん?……あぁ…何でもない。全部嘘だから」

 絶対に信じないでねと言い残し立ち上がった螢を、引き留める気力がキラには残されていなかった。

 螢が離れてから、天狼とリュウがこそこそキラに近付く。螢はと見れば、つばめの傍らに腰を下ろしていた。

「……おい、何考えてんだ」
「……ごめんね。でもどうせ信じてないから」

 どうせってなにさ。本当は信じてほしいとでも言うのか。

 つばめがなおも何か言おうと口を開く。が、螢がこてんと寄りかかり眠ってしまったため、小さなため息に変わった。そして眺めていた一同と目が合うと、ニヤリと、何故か酷く意味ありげな笑みを浮かべる。

 天狼が、キラにへと視線を向ける。

「………おい。どうしたんだ?調子悪かったじゃねぇか」
「ゆ……油断してた」
「オレや北斗の時とずいぶんちがくねぇか?」

 キラが、何処か虚ろな眼でリュウを見た。

「………だって。リュウのは嘘吐こうってのがバレバレだったし。北斗のも、もし本当でも昴がすぐ了承するわけないってわかってたから。でも、螢のは…さっき実際につばめ喜んでたし。つばめなら嫌がらせで連れていってもおかしくないし………」
 言いつのり、ついには頭を抱えた。

「……い、糸口が見つからなくて……まさか螢があんなこと言い出すとは思わなかったし…気づいたら完璧向こうにペース持ってかれて…しかもそうだったら面白いのにとか思っちゃう様な内容で……まさかこんなことになるとは思わなかったから、からかって遊ぼうと思ってたのに……」
「な…なぁ」

 恐る恐るというように、リュウが口を挟む。先程からとても不安に感じていることがあった。

「あれ、嘘なんだよな?…その、有り得ねぇってのはわかってんだけど」
「………嘘だと思った?」
「………う」

 いや、信じちゃいない。信じちゃいないけど、でもなんだか凄く本当のことの様に聞こえたのは何でなんだ。いや、だって、有り得ねぇってわかってる。本人だってはっきりと嘘だと言ってたのに。

「………嘘だとしたら何処から?ありがとうってのも?」
「………う」
「だって、そもそもあの時オレが引き留めなきゃその後嘘吐く機会なかったんだよ?本当の理由誤魔化すためだとしたら、一体何があったのかとても気になるじゃないか」
「で…でも!有り得ねぇだろ!?なぁっ?」

 リュウは必死の形相で天狼に助けを求めた。安心させるために天狼は笑みを浮かべるけど、上手くいっていない。ガチガチにひきつっている。

「………当たり前だろ?」
「………本当に、そう思う?」

 キラの眸が、暗く光る。

「言っとくけど、男でも子供生めるってのは本当だからね。まぁ、それは手術が必要だから気づいたらってことはないけど。でも可能性としては他にもあるんだよ?稀にね、外見上の性別は男なのに、体内に女性器もあることがあるんだって。その逆もあるらしいし。詳しくは知らないけど、でもその場合は覚えがあればってこともあるんじゃないかなぁ?」

 うふふふと黒い笑みを浮かべる。はっきり言って不気味だ。現に、リュウの眸に怯えが浮かんでいる。

「な、何で不安煽るんだよ!」
「だって、悔しいじゃない。中途半端な知識のせいでオレばかり悩むのって。それに頻りに嘘だよ、信じないでねって言ってたよね?本当に嘘で騙す気があるなら、そんなこと言うかな?確かに騙す手段としてそういうのもあるけど…でもだとしたら…」

 キラが、言葉を切る。リュウと天狼が息を呑んだ。

「………だとしたら、かなりの手練れだよ」

 三人の視線がゆっくりと一ヶ所に集まる。こんな所にダークホースがいただなんて。

「……螢……恐ろしい子っ」

 当の本人は安らかな寝息をたてていた。肩を貸しているつばめは、クツクツと楽し気に笑いを堪えている。

 吐き出した紫煙が、緩やかに霧散していく。





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あきゅろす。
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