[携帯モード] [URL送信]

七夕(2011)



(四季の色)




「……何で一年に一回しか会えないの?」
「えっ!そこから?」

 学校帰りにシキさんの所に寄った。ろくに家に寄り付かなくなっ従兄弟の様子を見るために。

 ドアを開けた時不可解そうな顔をされたが、シキさんの了解はとってあると伝えると渋々上げてくれた。

 先にシキさんに連絡しといて良かったと本気で思った。でなきゃ追い返されてた。

 ベランダに飾り気のない笹があって、今日が七夕だと思い至った。何となしに今年は会えると良いなと言ったら、首をかしげられた。

 オレの従兄弟は七夕伝説を知らなかったらしい。

「毎年やってたのに」
「話があるなんて知らなかったよ」

 よく理解せずにやってたのか。

 そういや、ウチに来て最初の七夕の時、笹を飾ったり短冊に願いを書くことすら知らなかった。

 しかも、ちゃんと説明したのにこいつは短冊に願いを書かず白紙で吊るして兄たちを泣かせていた。

 なんて夢のない子供だ。

 仕方ないから説明してやったのに、納得ができないらしい。

「仕方ないだろ。二人とも仕事があんだし」
「機織りなんて、どこでもできるよ」

 昔話にいちゃもんつけるなよ。

「相手も一緒にいたいって思ってるなら、帰る必要ないのに」
「………」

 そりゃ、お前はそうだろうよ。

 シキさんに拾われて、それきりずっと住み着いてるんだから。わざわざ会えなくなるのわかってて帰る奴の気持ちなんてわからないだろう。

「……ところで、その格好は?」
「ん?浴衣」

 そりゃ、見ればわかる。聞きたいのはそこじゃない。

「結構涼しいよ」

 そういう問題でもなくて。

「何で浴衣なんだ?」
「七夕だからって、シキが」
「ふぅん?」

 よく、わからないけど、シキさんに言われて着てるのか。何でなんだ?

「光太も短冊書いてく?」
「いや、いい。家でも書いたし」
「そう」

 家にある笹はゴテゴテに飾られている。一方、ここのベランダにあるやつは申し訳程度にしか飾られていない。

 短冊は、吊るされている。

 こいつも、何か願い事を書いたのだろうか。

 聞いてみようかどうしようか迷ってると、玄関から音が聞こえた。

「あ、シキ、おかえり」
「おぅ……お前、本当に来たんだな」
「はい。お邪魔してます」

 自分の同居人の姿を満足そうに眺めてから、オレの存在に気づいたっぽい。オレの挨拶には軽く笑みを浮かべるだけで返事とした。

 オレたちはソファで並んで座ってたから、もしシキさんが座るとなると少しきつい。帰った方がいいかなと腰を上げようとしたら、シキさんがイスを引きずって来た。

 向かいに腰を下ろすと、黙ってスケッチブックを開き鉛筆を走らせ始める。

 え〜っと…?

 助けを求めるように隣を見ると、気にするなと肩を竦められた。

「で?何か用があったんじゃないの?」
「え?あ、あぁ…」

 気にしなくていいって言われても、気になる。どうしてこいつは平然としてられるんだ?

 横目でシキさんを盗み見ながら本題に入る。

「えっと、誕生日には帰ってこいよ」
「……」
「……でなきゃ押しかけるからな」

 多分、忍が。きっと。

 言いたいことを正確に理解したのだろう。ため息が聞こえた。

「顔出すだけでいいから」
「………………わかった」

 そんなに帰るの嫌なのか?

「別に一度帰ったら一年会えなくなるわけじゃないだろ」
「そうだけど…」

 チラリとシキさんの方を見た。一心不乱に鉛筆を動かしている。声をかけるのが躊躇われる。

 従兄弟は黙り込んでしまったし、シキさんは絵を書いてるし、多少の居心地悪さと共にただ時が過ぎるのを待った。

 つーか、隣にいるこいつは自分が絵に描かれてるっていうのに、何で全く意識してないんだ?

 普通にお茶飲んだりしてるし。

 やがてシキさんの手の動きが止まり顔を上げた時、じっと凝視してたせいで目がバッチリあった。

「何だ?」
「……いえ」

 つい、視線をそらしてしまった。けど、そうだ。

「……そうだ、シキさん七夕伝説知ってます?」
「七夕…?織姫彦星か?」
「はい」
「当たり前だろ」

 スッゴク不審そうな顔されたけど、今オレの隣にいる奴は知らなかったんですよ。

「こ…今年は会えるといいですね」

 シキさんはくだらないとばかりに肩を竦める。自分でもそう思う。

「そもそも帰さなきゃいいじゃねぇか」
「……え?」
「一年会えなくなるのわかってて何で帰すんだよ」

 えーっと、何かさっき似たようなこと聞いた気がする。似た者同士なのか?

 隣を見ると、うっすらと嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 何だかなぁ……

「シキ、オレ今度でかけるから」
「ん?…あぁ」
「遅くなるかもだけど、帰るから」
「あぁ。……なんなら、迎えに行ってやろうか?」

 からかうような口調に、隣からはクスリと笑う声が聞こえた。

「ん。平気」

 嬉しそうな声。見つめるシキさんの眼差しもひどく優しい。

 な、何だかなぁ……

「…えっと、オレそろそろ帰る」

 何か、お邪魔みたいだしとは言えなかった。

 玄関まで送りに来てくれた従兄弟に、そういえばとすっかり忘れていた質問をしてみた。

「お前、短冊に何か書いたのか?」
「ん?書いたよ」

 わずかに首をかしげて答える。

「書きたい願い事があったから」

 つまり、今までは書きたいような願い事はなかったのか。なら今年は?どうして願いができた?どんな願いが?

「何を、書いたんだ?」

 どうしても気になって問いかけると、わずかに目が見開かれた。次いで、表情が緩む。思わず、見惚れてしまうほど、綺麗な笑みを浮かべていた。

「秘密」

 何も言えなくなって、そのまま外に出る。ドアの閉まる瞬間に、声が聞こえた。

「でも、叶えてくれそう」

 叶いそうって何が?くれそうって誰が?

 ぐるぐる惑う頭のまま、帰途につく。辺りは夕焼けに染まりかけている。

 今年は会えるといい。

 けど、あいつらは帰らなければいいと、帰さなければいいとそう言う。

 一度、巡り会ったのなら、離れる必要などないと。

 会えればいい、それは本来、晴れればいいと言う意味のはずだ。

 星が見えますように。

 星に、願いをこめるため。

 あいつは何を願ったのだろうか。わかりそうで、けどわからない。

 今夜は、晴れるだろうか。

 もし晴れたなら、オレは何を願おうか。





[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!