三、
「螢っ!」
戸を開けた途端名を呼ばれ、螢は軽く目を見開いた。リュウが室の真ん中で正座をし、睨み付けてきている。
「だ……大事な話があるんだっ!」
首をかしげながらも、螢はリュウの前に座った。リュウの身体はガチガチに強張っている。一体何だというのか。
「螢っ!お前がすっ……」
出かけた言葉が続かなかった。酷く言いにくい。
そしてリュウは、ふとあることを思い出した。
そーいやこいつ、目付き悪いけど結構綺麗な顔してんだよな。初めて会った時も、暗いだとか眠たかったとかってのもあるからなんだろうけど、女かと思ったし。無理矢理女装させられた時も、凄く似合ってて綺麗だったし。
思わず、顔をじっと見つめる。
見つめた先の唇が動く。
「………何?」
「あっ……うぅ…」
綺麗だ。女みたいだと思ったら、益々言いにくくなってしまった。しかし、それでも言わなくてはならない。
「………すっ」
「………す?」
「………す………好きだっ!」
「そう」
「えっ?」
やっとの思いで伝えた言葉。しかしあっさりと返されてしまい、リュウは途方にくれる。
「話はそれだけ?」
「それだけって……オレは今、お前が好きだって言ったんだぞ!?」
「知ってる」
「だったら他にもっと何か反応ないのかよ!?驚くとか!」
「………?あぁ…ありがとう?」
絶対言いたいことが伝わっていない。リュウはそう思った。
「好きってどういうことかわかってんのか!?」
「………好意を持ってるってことでしょ?」
「そうだけどっ!そうじゃなくて……っ!」
どうすれば伝わるのかリュウは考えた。そうして、自分の言いたい‘好き’の場合に行われる事を思い出し、少し顔を赤らめる。
「ほ……ほらっ…イチャついたりすんだろっ!あ、あはんうふんとかっ。そーいう好きなんだっ!」
「あぁ…」
螢はようやく納得した。
「キスしたいの?」
少し、ずれてはいたが。
「……え?」
「良いよ」
「えぇっ!?」
はいどうぞと瞼を閉じてしまった螢を前に、リュウは大いに慌てた。
違う。こんな展開を望んでいたんじゃない。もっとこう、驚くとか困るとか呆れるとか白い目で見られるとか……いや、それは嫌だけどでもそういう反応をすると思っていたのに。何故こうもあっさり受け入れる。しかもキスして良いなどと……っ!
助けてくれとばかりに皆の隠れている方へ視線を向ける。が、何ら反応はない。
続行か?このまま続行なのか?
立派に騙してみせる。騙しきってみせる。その誓いを胸に、リュウは意を決して螢の胸ぐらを掴んだ。
ちぅ
必死の思いで唇を押しあて、離した後は顔がまともに見られない。してしまったと、頭の中がぐるぐる状態のリュウを前にして、しかし螢は首をかしげた。
「………それだけで良いの?」
「………え?」
それだけって何だよ。他に何かあんのかよ。
眉を寄せるリュウを見て、螢はああと呟く。
「そっか知らないんだ。………教えてあげようか?」
「……何を?」
「キス」
「え…?だって、今……」
「色々あるんだよ。教えてあげる。それとも……いらない?」
首を傾ける螢に、リュウは悩みきってしまった。
興味はある。好奇心旺盛なお年頃だ。やり方があると言うなら知りたい。でも女に教わるわけにもいかない。男としてのプライドが邪魔をする。ならば女みたいなこいつなら、抵抗も少ないかもしれない。でも、けれど、
「……………じゃあ、ちょっとだけ」
「わかった」
螢がリュウの首に腕を回し、顔を引き寄せた。
うわっ
先程の触れるだけとは違うそれに、リュウは身体を強張らせる。
うわぁぁぁっ
初めての感覚にどうすれば良いかわからなくなるも、不思議と不快ではなかった。
一体どんな表情をしているのだろうと薄く瞼を開くと、予想以上近くに螢の顔があり、益々顔が赤くなる。
「………こんな感じ。わかった?」
少しボーとしたままリュウはコクンと頷いた。気分的にはオネーサンが教えてあ・げ・るとかやられた感覚だった。
「………やってみる?」
何も考えずにコクンコクンと頷けば、螢が瞼を閉じた。
うわ
長い睫が落とす陰だとか、濡れた唇だとかが何故か急に色っぽく見え始めた。
ごくりと、唾を呑み込んでから唇を合わせる。
「………結構濃い口付けをしているように見えるんですけど」
「てか、途中から本気の告白っぽくなってなかった?」
「うわーまさかここまでのモノが見れるなんて思わなかったー」
「つか止めなくて良いのかよ!?」
目の前で繰り広げられている現実を、一番受け入れられないのは天狼だった。
「………はぁ…」
リュウが息を吐く。何だか夢を見ているみたいだった。恐る恐る螢の顔を窺う。
「…ど…どうだった?」
「うん」
うんってどっちだよ。良かったのか!?悪かったのか!?そんなリュウの葛藤を他所に、螢は考える素振りを見せた。
「……で、どうする?」
「……どうって?」
「続きもする?」
「………続き?」
まだ何かあるのだろうかとリュウは首をかしげた。
「てかリュウはどっちが良いの?抱きたい?抱かれたい?」
「………え?」
「オレはどっちでも良いけど」
ゆるゆると螢が何を言っているのか理解したリュウは、青ざめ始めた。
「おまっ、何考えてんだ!?」
「何って……ヤりたいんでしょ?」
あっさりと言う螢に、リュウは首をブンブンと横に振る。
「言ってねぇ!そんなこと言ってねぇっ!」
「言ったよ。イチャつきたいって」
「あっ」
言った。好きだと伝えようとして確かに言った。螢がリュウに身を寄せてくる。
「とりあえず抱いてみる?」
「えっ?えっ?」
「だぁーっよせっ!そこまでっ!」
「あれ?天狼いたの?」
「螢っ!何考えてんだっ!?」
「だって、リュウがしたいって言った」
「したいっつえばてめぇは誰とでもすんのかっ!?」
「相手によるよ」
みかねて飛び出した天狼に続き、他の面子も出てきた。
「酷いなぁーリュウ。キス嫌いじゃなかったの?」
「えっそうなの?」
「初耳ですね」
「あっ」
出てきた面々を見て、リュウは当初の目的を思い出した。勢いに流されて自分のしたことに、頭を抱えることとなる。
「しまった!騙すはずだったのに!」
「………騙す?何それ」
「今日は四月馬鹿の日ー」
「ふぅん……じゃあ嘘だったんだ」
じっと見つめられ、気まずくなったリュウは顔をそらす。構わず螢は追い討ちをかけた。
「じゃあリュウ、本当はオレのこと嫌いなんだ」
「何でそうなんだよ」
「だって、好きってのは嘘なんでしょ」
ならば本当は嫌いだということになるはず。淡々と告げた螢の言葉に、昴がポンと手を打つ。
「あ、なるほど」
「そこまで考えてなかったなー」
「挙げ足取りじゃねぇか?」
「でも事実ですよ」
「……別に良いけど……そっか、オレ嫌われてたんだ」
はーあとこれ見よがしにため息を吐かれ、リュウは慌てた。
「きっ嫌いじゃねぇよ!」
「じゃあ好き?」
「う…す、好きだ!」
「………誘導してねぇか?」
「明らかにしてますね」
リュウに外野の声は届いていない。
「………じゃあキスして」
「はぁっ!?」
「好きなんでしょ?」
さぁと何故か手を広げ待ち構える螢。リュウは硬直した。ダラダラと冷たい汗が背を流れる。何かちがくねぇかということには思い至らなかった。
何でこうなるんだ―――っ!?
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