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一、




 幸いなことにその宿には暦がなかった。

 更にここのところ野宿が続いていたので、皆日付の感覚が狂っていた。律儀に月日の計算をしていたのは一人だけで、その為、今日が何日か気づいているのも一人だけだった。

 今日は卯月の朔。四月馬鹿の日。皆、頑張って嘘をつきましょう。





 宿をとってから、皆、散々に出掛けていった。今、残っているのはリュウとキラの二人きり。以前キラのいる時に暇だと言い、とんでもない目に会わされたリュウ。彼はそれ以来キラのいる時は口が裂けても暇だと言わない様に心掛けていた。

 窓辺にへばりつく様にして外を眺める。

 つばめ、早く帰ってこないかな。探しに行ってみようかな。でも、迷惑だよな。

 土産を持って帰ってくる父親を待つ子供のように、期待に胸を膨らませていた。

 そんなリュウに、不意にキラが声をかける。

「………ねぇ…リュウ」

 いつになく暗い口調に、リュウは眉をひそめ振り返った。

「………大事な話があるんだ」
「………何だよ」

 珍しく深刻そうな様子に、思わず正座して向き合う。

「………リュウの………親がわかったんだ」
「えっ!?………嘘だろっ!?」

 一瞬喜びの声をあげ、しかしすぐにそんなわけないと打ち消す。そんな様子に、キラは罪悪感を覚えなくもなかったが先を続けた。

「オレの知り合いにね、優秀な医師がいて。DNA鑑定を頼んだんだ」
「でぃ、でぃーえぬえー?」

 聞いたことのない単語に、リュウは首をかしげる。舌を噛みそうだ。

「そしたらわかったんだ。あのね、リュウの父親は…」

 ごくりと、唾を呑み込む音が響いた。キラが重々しく口を開く。

「………父親はつばめだった」
「んなっ!?」

 リュウは絶句した。つばめ?つばめが本当の父親?

「驚くのも無理ないよね。どうやらつばめも知らないみたいだし」
「ほ…本当にっ!?」

 キラは答えず、微かな笑みを浮かべるだけ。何だかそれは肯定のように思えた。

 本当につばめが父親?

 自分に名を与え、ずっと背中を追いかけてたつばめが本当の父親?

 あまりの出来事に混乱するリュウヘ、キラは更に追い討ちをかけた。

「………それでね、母親もわかったんだ」
「母親も!?」
「うん。そう」

 期待と不安の入り交じったリュウの表情に、キラが笑みを深める。

 かわいいなぁ。

「あのね、母親は螢だった」
「………はぁっ!?」

 予想外すぎる答えに、リュウは大声をあげた。流石にそれはないだろう。

「嘘つけっ!」
「何で?」
「何でって………あいつ男だろーが!どうやって生むってんだよ!?」
「えーっ?」

 意外だと言うようにキラが驚いてみせる。

「リュウ、知らないのー?最近は男でも子供生めるんだよー?」
「でたらめ言うなー!!」
「………何か、賑やかだね」

 割り込んできた声に二人が戸口の方を向く。昴が佇んでいた。元気良く喚くリュウの迫力に押され、中に入りにくかった模様。

「何かあったの?」
「うん。あのねーリュウの親がわかったの。父親がつばめで、母親が螢ー」
「へぇー、そうだったんだ。おめでとう」
「んなっ!?」

 素直にお祝いの言葉を告げられ、リュウは絶句した。

 信じんのか?信じたのか!?ありえねぇだろ!?

「ねー、良かったよねー」
「そうね。おもしろいね」
「でしょー」
「うん。でも嘘でしょ」
「うん」

 昴相手にあっさりとキラは認めた。

「リュウ、あんたねぇ、もし本当だったら一体幾つの時の子供なのさ」
「あっ」

 うっかりしていた。失念していた。何でそんなコトに気がつかなかったんだ!?

 頭を抱え踞るリュウを他所に、キラは昴に訊ねた。

「年齢でわかったってことはさー、年齢的にOKだったら男同士でも信じた?」
「あー、信じたかも」
「はぁ!?」

 昴の返事にリュウは顔を上げる。

「何で信じんだよっ!?」
「だってあたし学ないし。ありえないなんて言えないよ」
「だよねー。だから歳でわかるようにわざわざ下二人選んだのに、リュウったら気がつかないんだもん」
「……くっ……何だって急にそんな嘘言うんだよ馬鹿!」
「馬鹿は騙された方でしょ。今日は四月馬鹿だもん」
「四月馬鹿?」
「何だよそれ」

 眉をひそめる二人に、キラは首をかしげる。

「二人とも知らないの?四月一日は嘘吐いて良い日なんだよ」
「………嘘だろ」
「これは本当」

 疑わしげなリュウの横で、昴がポンッと手を打った。

「あぁ…もしかして、その日が誕生日の子は、今日誕生日なんだぜって言っても誰にも信じてもらえないとかいう、あの日?」
「そーそー。それそれ。だから二人も騙してみようよ」
「おもしろそー」
「………」

 割りと乗り気な昴にリュウも付き合わされることに。どうしてこうなるとやさぐれてみても、リュウの抵抗などものともされない。

「色々と考えてあるんだー。昴が北斗で、リュウが螢で良い?」
「螢に嘘吐くの気が引けるしね」
「え、北斗の方が怖いだろ?」
「そう?」

 こうしてキラのレクチャーが始まった。

「どっちが先に帰ってくるかなー」

 教わった内容を覚えようとする二人。その横で窓の外を確認しといたキラの瞳が輝く。

「あ、北斗だ。リュウ、隠れよ。昴、頑張ってねー」
「え、隠れんのか?」
「うん。その方が面白いでしょ。じゃーね」
「う、うん」

 北斗が室に戻ってきた時、中にいたのは昴一人だった。室の真ん中に、どこか緊張した趣で座っている。

「どうかしましたか?」
「う…うん。ちょっと……」

 視線をさ迷わせる昴に、北斗は首をかしげた。様子がおかしい。すぐ傍らに腰を下ろす。

「………何か悩みがあるなら聞きますよ」

 笑みを浮かべて覗き込む。昴はわずかに困惑した表情を見せ、顔を背けた。

「あ……あのね、大事な話があるの」

 大事な話?北斗は居住まいを正す。

「こんな事……言っても困らせるだけかもしれないんだけど……」
「……何ですか?」

 言いにくそうにする昴に、北斗はできるだけ優しい笑みを浮かべた。少しでも緊張を和らげようと。

「あ…あのね…」

 北斗の胸は期待に満ちていた。緊張している昴。もしや彼女は愛の告白をしてくれるのではないかと。

「……実は…」
「はい」
「あ…あたしね…」

 緊張が高まる。ゴクリと唾を呑み込んだのは果たしてどちらなのか。

「あたし…あんたの妹なのっ!」
「……………え?」

 やっとの思いで発せられた昴の言葉を、しかし北斗は理解することができなかった。





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あきゅろす。
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