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桃の節句(2013)




 ふてくされたように強く抱き締めてくる菖蒲に、どうしたのだろうかと首をかしげる。

「だって今日は女の子の日じゃなくて陽菜の日なのに」

 ようにじゃなくて、本当にふてくされていた。毎年の事のはずなのに、今年はどうしたんだろうと抱き締め返す。

「オレの時は学校も休みだし、かざりつけもするのに。何で陽菜の時は学校あってかざりつけしないんだろう」

 おそろいじゃないのが納得いかない。そうこぼした菖蒲に嬉しくなる。

 帰りの会が終わってから先生と入れ違いに菖蒲が迎えに来てくれた。その時からムスッとしてたからどうしたのかなとは思っていた。

 下校中も今日はずっと無言で、歩くのは少し早く、握る手の力も強かった。菖蒲の家について、手洗いうがいして、部屋に入ってランドセルを置いたらもう無理という風に抱きしめられた。その理由がこれなんだもの。嬉しく感じないわけがない。

「でもお雛様かざったら早くお嫁にいかなきゃいけないんだって。オレお嫁さんにはなれないし」
「陽菜がお嫁さんになれるならオレが今すぐもらうのに」

 なろうとがんばっていた頃もあるけれど、今はもう無理ってわかっちゃってる。知らない方が幸せだった。

「………せっかく陽菜の誕生日なのに、一日中一緒にいれないなんて」
「じゃーその分今構って?オレだってずっとアヤにひっついてたかったもん」

 ぎゅうと抱きしめる力が強くなった。アヤがそのまま腰を下ろし、自然とアヤの足の間に座ることになる。

 グリグリと頭を押し付けると、菖蒲がくすぐったそうに笑った。

「いいよ。何かしてほしいこととかある?」
「んー?アヤが構ってくれるならそれで……あっ」

 それで良いと言おうとして、あることを思い付いた。急いで顔を上げて、間近にあるアヤの顔を見つめる。

「ね、アヤ。オレほしいものがある」
「ん?何?何でもあげるよ」
「あのね、アヤの誕生日がほしい」
「………誕生日?」

 首をかしげる菖蒲に、大きくうなずいて答える。

「うん。アヤ誕生日の時、いつも一緒にいるだけで良いって言うでしょ?でもオレは祝いたいから。だから誕生日ちょうだい。それで目一杯祝わせて?」
「いいよ。その代わり陽菜の誕生日くれる?陽菜だってひっついてられるだけで良いって言うじゃん。オレだって陽菜の誕生日祝いたいよ」
「アヤがぎゅうってしてくれるだけで嬉しいもん。それにアヤにはいっぱい可愛がってもらってるし」
「足りない」

 コツンと額を合わせて、アヤが熱っぽい瞳で見つめてくる。

「足りないよ。もっと好きって伝える方法があれば良いのに」

 ちゅっとおでこに口付けられて、コメカミや目じり、ほっぺに唇が降り注ぎ最後にはお互いの唇が合わさる。

「んっ」

 触れるだけのキスはいつの間にか深くなっていた。前はそれだけでも嬉しかったのに、最近では足りなく感じるようになった。それはアヤも同じ。

 もっともっとと欲しくなって、でもこれ以上どうすれば満たされるのかわからなくて。せめてもと、力の限り抱きしめ合う。

 このまま溶け合って一つになってしまえばいいのに。





 不機嫌だった理由に関しては、後日菖蒲のクラスメイトが教えてくれた。

 ひな祭りだからと、菖蒲のクラスでは男子が女子を祝ったらしい。ドッキリパーティーみたいなノリで。担任主催で。

 でも菖蒲はその日にオレ以外の人を祝うのが嫌で、でも学級委員長の立場上バックレるわけにもいかなくて。だからふてくされていた。

 そんな昔の事を、うつらうつらとした意識の中思い出す。すぐそばには馴染んだ温もりがあって。その体温にすりよれば、頭上でクスリと笑うのが聞こえた。

「陽菜?起きた?」
「んーん…まだ、ねてるー」
「寝ぼけてる?」

 クスクスと降るような笑い声。まったりとした空気が心地よくて。夢うつつのままでいたいと感じた。

 より身を寄せて、それでも足りないと腕を回し片足を絡める。

「ひーな。起きないの?」

 瞼を閉じたままコクコクと頷く。

 だって、起きるのがもったいない。包み込む温もりも、聞こえる心音も、染み渡る匂いも優しく髪を撫でる手の感触も何もかもが心地よくて仕方がないのに。

「買い物、行かないの?」
「………行くー」

 行くけど、瞼を開けない。菖蒲から離れがたくて起き上がれない。どうしようかと迷っていると、額に口付けられた感触がした。

 つられるようにして顔を上げると、瞼や頬に唇が降り注ぐ。望んだところには最後に。軽く触れて、それから長く深く。その間も、ずっと髪は撫で続けられていて。

「目、覚めた?」
「……うん」

 瞼を開くと、すぐ間近で菖蒲が優しく笑んでいた。目を覚まして一番最初に見えるのが菖蒲の笑顔で、自然と頬が緩む。

「夢、見たよ」
「夢?」
「うん。アヤの夢」

 告げた途端、菖蒲が唇を尖らせた。

「陽菜は夢の中のオレの方が良いの?」
「何で?」
「だって、起きたくなさそうだったからさ」

 夢の中の自分に焼きもちを焼くのがおかしくって、クスクスと笑いがこぼれたら菖蒲はますます唇を尖らせた。

「陽菜?」
「ううん。違うよ。アヤが一番。起きたくなかったのは、アヤの腕の中が気持ち良いせいだよ」
「ならいいんだ」

 ちゅっと口付けられたので、こちらからもお返しする。

「ね、アヤ。前に指輪くれたの覚えてる?」
「………」
「………アヤ?」
「………え?…あぁ、何でもない」

 髪を指に絡めていた動きが止まり、不審に思って訊ねる。とってつけたような笑みを浮かべられたけど、どうかしたのだろうか。

「急にどうしたんだ?」
「んー?何か思い出して」

 ずっと昔。多分小学校に上がったばかりの頃。菖蒲がレンゲの花で作った指輪をくれた。

 結婚はできないけど、指輪の交換はずっと一緒にいる誓いの証だからと言って。すぐに枯れてダメになってしまった。それでも嵌めてくれたときの喜びも、指の間の感触も鮮明に覚えている。

 菖蒲が髪を撫でていた手を止め、オレの左手をとった。そして薬指の付け根に、そっと唇を落とす。

「オレも覚えてる」

 まっすぐな眼差しから目が離せなくなる。

「忘れるわけ、ない」

 触れたままの唇が弧を描く。少し動けばまた重ねることができるのに、間にある自分の手が邪魔をする。

 触れたまま喋るものだから擽ったくって肩が揺れた。そんなとこじゃなくてもっと別の場所にほしいのに、見惚れてしまって願いを口にしそびれた。

 瞳に吸い込まれるような錯覚を感じた頃、不意に菖蒲が上体を起こした。肩の脇に両手をついて見下ろしてくる。仰向けになってそんな菖蒲を見つめる。

「陽菜。支度して出掛けよ。買い物して食事して。渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」

 菖蒲の指が前髪をゆっくりとすく。

「プレゼント、用意したんだ。だから」
「うん」

 プレゼントなんていらない。菖蒲がいてくれれば良い。でも菖蒲がオレのために考えて、用意してくれた物を無駄にするわけにはいかない。それに、そうしてくれる心がとても嬉しいから。

 どうしようもなく満たされて、手をのばして菖蒲の頬に触れる。一瞬、目を見開いた菖蒲が満面の笑みを浮かべた。

 きっと来年も再来年も、ずっとずっとこうしていられる。漠然とした確信があった。





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