大晦日(2011)
(私の方が彼を好き)
ファミレスでの勉強中、一息ついて外に目をやると、すでに日は沈み真っ暗だった。ペンをくるりと回し、もう少し居座ろうかどうしようか悩む。
取りあえず時間を確認しようと携帯に目を落とし、着信が来ていたことに気づいた。
名前を確認して、疲れた心がホッと休まるのを感じた。
「………もしもし?何か用あった?」
―――用っつーかさ、今どこで何してる?
「?ファミレスで勉強してるけど?」
―――あ、じゃあそっち行って良い?
「えっ、何で?」
あ、何か嫌な予感するなと思ったら案の定。
―――一緒に勉強する
「嫌だよ」
すっぱり即答し、くるりとペンを回す。どんな反応が返ってくるかなんて、わかりきっているけれど。
―――なっ何でだよ!いーだろ?一人より二人の方がはかどるって
「はかどらないから言ってる」
一緒に勉強すると言いながら、邪魔された記憶しかないというのに。傍にいられるのは嬉しいけれど、今は困る。
「………それに、ちょうど切り上げたとこだし」
―――あ、じゃあもう帰ってくるのか。迎えにいくな
「ん?」
何か微妙に言い回しがおかしくないか?参考書を片付けながら眉をひそめる。
「………今、どこにいるの?」
―――恵ん家の近くのコンビニ。でも今そっち向かってる
「え?何で?」
彼の家と自分の家は隣近所というわけではない。わざわざ来た理由に、淡い期待が浮かぶ。
―――恵に会いたくなって。着いてから連絡したのに、出ねーんだもん
「いや、来る前に連絡してよ」
言いながらも、頬は自然に緩んでいた。胸が暖かくなる。嬉しいと素直に感じた。
―――着いてから気づいた
「遅いよ」
彼は今、ここに向かっている。だからすぐに会えるというのに、電話を切る気にはなれなかった。
一分、一秒でも長く彼の声を聞いていたい。彼の傍にいたい。
だからこそ、集中できるようにとここで一人勉強していたのだけれど。
―――大晦日だからさ、神社行こうと思って。歩いてたら、あー今年ももう終わりなんだと思ってだな
「ん?うん」
―――したら、恵に会いたくなった。年を跨ぐ瞬間、一緒にいれたらなって
一年の最後も、最初の時も共にいられたら。彼がそれを望んでくれているなんて。ちょっとした思い付きなのだろうけど、相手が他の誰でもなく自分だったということが嬉しい。
彼が着くまで話して、ファミレスを出た。向かう神社は彼の家の近く。だから、ここまで来るのなんて遠回り以外の何物でもないのに。
並んで歩く彼は楽しそうに話している。吐く息は白く、空気は冷たい。それでもこの時が続けば良いと思った。
こうやって、いつまでも隣を歩いていければと。
たどり着いた神社は、人で溢れかえっていた。参道を埋め尽くす人の山。これまで年越しはひっそりと過ごしていたので、正直圧倒された。
前に、テレビで見たところよりはましだけれど。
「恵ー、はぐれんなよ」
「あー、うん」
長い列を並んで賽銭箱の前に着く。小銭を投げ入れ手を合わせて瞼を閉じる。
願い事を終え、脇に退けようとしたら彼はまだ一所懸命に願い事をしていた。どうしようかとも思ったけど、ここにいても他の人の邪魔になるだけなので離れることにした。
まだかなと眺めていると、ようやく終えた彼が隣に目を向け慌てて辺りを見回した。その姿がおかしくって、小さく吹く。
目が合うと急いで向かってくる。
「声かけろよなー」
「くくっ…ごめん。邪魔しちゃ悪いかなって思って」
「焦ったんだぞ」
「ごめんごめん」
はぁー…と息を吐き、呼吸を整える。
「随分長かったね」
「あーまぁな。ずっと恵といられるように念入りに頼んどいた」
「はぁ?」
告げられた内容に変な声が出てしまったが、仕方がない。
「そんなん、わざわざ賽銭入れて願うようなことじゃないじゃん」
トンと軽く彼の胸を拳で叩く。
「そんなことしなくたって、傍にいるのに」
「まぁ、オレだって嫌がられても離れる気ないし」
なら、大丈夫。ずっと一緒にいられる。
「けど他に何もなかったからさ。恵は?何願った?」
「え?合格祈願以外をする受験生っているの?」
「あ」
「あぁ、目の前にいたね」
余裕があるからこそ忘れているのだろうけど。
「大体、そういうのって他人に話したら叶わないらしいし。言わないよ」
「え?そーなのか?」
「らしいね」
「うーわー」
「いーじゃん、別に」
「よくねーよ」
「平気だって。神頼みするまでもないんだから」
「そーだけどさぁ」
気落ちしたままの彼に、苦笑がもれる。心配などしなくとも離れるつもりはない。彼も同じく願っていてくれているならば、なおのこと。
「こうなったらお守りでも買ってくか」
「お守り?」
「恋愛成就の」
「いや、それおかしいから」
真面目な顔して何を言うかと思えば。
「じゃあ、合縁奇縁?」
「それただの四字熟語」
「友愛成就とか…」
「聞いたことない。大体成就って、今まだ友達ですらないってこと?」
「あー」
取りあえず売店へと向かってはいる。けれど彼の望むようなお守りはないのだろう。
「あ、シンプルに縁結びでいいのか」
「いや、だから、おかしいから」
「いやいや。縁結びは何も男女の縁だけでなく、人と人の縁を結ぶからいいんだよ」
「えー」
「こうガチガチの堅結びにしてだな」
「ははっ、なにそれ」
真剣に選んでいる彼の横で、どんな種類があるのかと眺めることに。人が多くて見にくかったけれど。
折角なので合格祈願のお守りを一つ購入した。三月になれば用済みなので、一番安いものを。
彼が買い終えてから、二人で神社を後にした。
「結局、何か買ったの?」
「ん?あぁ、これ」
彼のマンションの脇にある小さな公園。ベンチに座って自販機のおしるこで暖をとっていた。
「……無病息災?」
「おぅ」
言っていたものと全く違う。
「それ、恵の分な」
「ん?」
「こっちがオレの。お揃い」
「……他に何人お揃いの人がいると…」
「それは言うなよ」
「でも、まぁ、ありがと」
「おぅ」
手の中のお守りを握りしめる。
嬉しい。
渡されたお守りの事だけでなく、お揃いということでもなく。こうやって、年を越せることが。
こんな風に誰かと年越しを過ごすなんて初めてで、楽しくてならない。本当なら勉強をしていなければならないのだけれど、もったいなくて別れられない。
「恵」
「…何?」
「来年も一緒に年越そうな」
「もって、今年、越してないのに」
「え?そのつもりだったんだけど…帰る気だったのか?」
まぁ、わかってたけど。電話でそう言ってたから。でもまだ今年はあと少し残ってるのに、気が早いったら。
「それに、来年の今ごろは大学でできた友達といるかもよ」
「ダメ。オレが先約」
「ダメって……」
子供みたいに言われて、苦笑する。
「じゃあ、覚えてたらね」
「絶対だからな」
まだ来ぬ先の約束。
‘今年’が終わる、数分前の事。
因みに、この日行った神社は割りと大きいところで、だからクラスの奴も何人か来ていたらしい。さらにはその内の一人に姿を目撃されていて、新学期に、デートしていたなんて噂されることになるのだけれど、
この時はまだ何も知らずにいた。
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