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―――5




「はい。これあげる」
「………何で」

 無造作に渡されたのは、この部屋の鍵。頭の部分に、黒い布切れが結びつけてある。

 どうしていきなりと、鍵と先輩を見比べた。

「それ、代々受け継げられてきてんの。オレも先輩からもらったんだ。次は玖峪ちゃんの番」
「………っ」

 ずっと一緒にいられるわけじゃない。そんなの少し考えればわかるのに、全く考えが至っていなかった。

 先輩が授業や行事に参加しているのを知らない。この部屋での姿しか、知らない。だから、先輩と呼びはしているものの、学校の先輩と言うよりもこの部屋の住人というイメージが強かった。

「先輩、卒業できるんですか?」
「失礼だなぁ。できるできる」
「そう、ですか」

 鍵を握りしめ、頭を下げる。

「お世話に、なりました。本当にありがとうございます」
「まだ卒業までもう少しあるんだけどな」

 下げた頭の上に、手をおかれる。

 でも、先輩はオレに鍵を渡した。もう、この部屋に来ることはない。そして、先輩とオレは、この部屋ででしかあったことがない。だから、これが最後だ。

 軽く二度、頭を叩いて手が離れていく。離れる寸前、少しだけ、指が髪を摘まんでいった。

「………卒業式は、やっぱり」
「ん。あいつが壇上に立ってるの、好きじゃないからな」

 ‘みんなの生徒会長’の姿は見たくなくて。だから式典や行事など、生徒会が表に立つ場には居合わせないようにしているのだと以前聞かされた。もう、生徒会長ではないが、それでも‘みんなの元生徒会長’なので先輩にとっては同じなのだろう。

 ‘自分だけの壱原’が良いそうだ。

「オレも、壇上に立つんですが」
「そ?それは残念」

 どこまで本気で言っているのかわからない。

 もう、いいやと小さく笑って息を吐く。結局、この部屋以外で先輩と会うことなく終わる。けれど、ここで過ごせた思い出だけで、もう充分だ。

「やっぱり卒業できなかったってなっても、この部屋にはもう入れてあげませんから」
「言うねぇ」

 からからと先輩が笑う。

「ま、頑張れよ、生徒会長。生徒会も………陸山のことも」
「………陸山のことは言わんで下さい」
「ははっ」

 それが、先輩との最後の思い出。その日からオレはその部屋で一人で過ごすようになった。最初の内は広く感じてならなかったし、物足りなさばかりが募った。

 その内、オレも誰か後輩に鍵を譲らなきゃならないんだよなと思いつつも、深く考えないようにして時間だけが流れる。

 そうやって、大事にしていた鍵を、オレはいったいどこにやってしまったのか。どこにあるんだと、情けなさからドアに両手をつき額を押し当てる。

 生徒会室で参木と確認事項について話をして、その後結局習慣的にここに来てしまった。鍵がないから中に入れないのに。いや、最終的に業者を呼べばあけることはできるのだ。けれどそれをしたらもう、秘密の部屋として使うことができなくなる。

「………いっそ、窓から」

 窓ガラスを割って、中に。中からなら鍵を開けられる。けど、解決には至らない。今度は無人の時も開けっ放しになる。第一、

「いや、ここ三階だから窓からは無理だろ」
「だよなー」

 そう、ここは三階。ベランダでつながってるわけでもなし。壁をよじ登るのは難しい。

「って、え?」
「へぇ、この部屋、ここにあったのか」
「く、陸山?」

 驚き、ドアから身を離す。

「どうしてここにっ」
「んなの後付けてきたからに決まってんだろ」
「威張るなっ」
「うっせぇなぁ。とにかく話は中に入ってからにしようぜ」
「って、鍵っ!?」

 陸山が取り出したのは見覚えのある鍵で、それを当然のように鍵穴に差し込む。

「何でそれを持っているんだっ」
「中、結構片づいてんじゃん」
「陸山っ」

 あわてて追いかけ、内側から鍵を閉める。

「くすねたの、オレだから」
「おいっ」
「ここの鍵持ってんの、玖峪だったんだな」

 ひらひらと、見せびらかすように鍵を振られる。

「先輩と接点あったとはなー」
「先輩とって……知り合いなのか?」
「おー。色々とまぁ世話にはなったな。この部屋のことは、いくら聞いてもはぐらかされたけど」
「この部屋のこと………」
「こういう部屋があるってのは噂でな。先輩が鍵持ってるとこまでは突き止めたんだが、場所までは」
「か、返せっ」
「っと」

 鍵に飛びつくがかわされる。

「それがものを頼む態度か?会長サマ」
「っ、頼む。返してくれ」

 にやにや笑う顔が癇に障る。それでも、頭を下げた。

 その鍵だけは、この場所だけはどうしても誰にも渡したくない。ここだけが接点だったのだ。ここにしか、思い出がない。

「………ふぅん?ま、いいぜ」
「っ?いいのかっ?」
「ああ」

 いつものように、嫌がらせとして返してくれなどしないと思ったのに。

「ただし、条件がある」
「条件」
「この部屋、オレにも使わせろ」
「………は?」
「そうだな。昼だけでもいい」
「昼だけ、鍵を渡せと?」
「あ?違う違う」

 何が違うのか。この部屋には鍵がなければ入れない。昼だけ貸せと言うのは、つまり昼だけ鍵を貸せと言うことだろう。

「あー…、飯、ここで一緒に食おうつってんの」
「は?」
「んだよ」
「いや、お前、オレのこと嫌いだろ。なのに何でわざわざ一緒に飯を食わなきゃならないんだ」
「はぁっ!?」

 でかい声に、思わず身を竦ませる。

「オレがっ、いつっ、んなこと言ったっ?」
「は?いや、だって、いつも嫌がらせしてくるじゃないか」
「嫌いな奴に嫌がらせするほど暇じゃねぇよっ」
「嫌がらせは嫌いな相手にするものだろっ」
「嫌いな奴に何でわざわざかまわなきゃ何ねぇんだよっ。とにかくっ」

 ぐいっと、腕を捕まれ引き寄せられる。片方の手は背中に。

「お前は明日からオレと飯を食う。それが条件だ」

 抱きしめられるような体勢で、耳に唇が触れるほどの至近距離で、そう宣言された。





 勢いよくドアが閉められた。ソファにどさりと腰を下ろす。殴られた頬が、時間をおいて痛み出す。

「あー…逃げられた」

 つーか肝心の鍵、忘れて行きやがったし。

「はっ………くくくっ」

 鳥肌、すごかったな。何が起きたか理解できないって感じで。

 鍵は、明日渡すか。昼、ここに必ず来るだろうし、その時でもいい。ここによほど思い入れがあるようだから、約束を反故にしたりはできないはずだ。

 とりあえず、これで一歩前進か?

「あー………早く昼にならねぁかなぁ」





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あきゅろす。
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