風紀委員長が癒しを求めてる話。 ほぼ蹴り飛ばす勢いで書記を部屋に帰した風紀委員長は、廊下の真ん中で疲れ切っていた。けれど、部屋に戻ったからといってゆっくり休めるわけではない。余計疲労が溜まることになるのは分かり切っている。だからこその談話室だ。 その談話室では会計が所在なさげにしていた。壁際のソファのすみっこに腰かけ、そわそわとしていた。風紀委員長に任せてしまったけれど、心配で申し訳なくて仕方がないのだ。 書記はまだ、制服姿のままだった。部屋に戻っていないのだろう。会長に来るなと言われた書記は生徒会室に来ることはなかったが、会計が帰る時に下足箱のとこで会長を待っていた。会うことができなかったのだろうか。 風紀委員長は派手な柄のスウェット姿だった。パジャマ代わりか部屋着なのかはわからないけど、部屋でゆっくり休んでいたはず。なのに呼び出して任せきりにしてしまって。申し訳ないと思いつつも、見慣れた制服でなく私服、それもかなりラフな格好を見れて得したとか思ってしまったあたり会計の申し訳なさがより募る。 落ち着かず、あっちこっちに視線が動き、あ〜だとかう〜だとか呻きそうになっていた。そうこうする内に風紀委員長が顔を出し、会計は顔を輝かせる。 隣に腰を下ろした風紀委員長が一つ息を吐き出すのを待って、会計が口を開いた。 「大丈夫そう?」 「あー…仲直りできるかはわかんねぇが、とりあえず一旦部屋には帰した」 「そっか」 あれだけ頑なに動こうとしなかった書記を部屋に帰せただなんて。流石風紀委員長!と会計の中で風紀委員長の株がだだ上がりする。 そうだ、と立ち上がった会計は、ちょっと待っててと言い残し一旦自販機に駆け寄る。そうして戻ってきた時には缶コーヒーのブラックとカフェオレを一つずつ持っていた。 「はい。これお礼。ありがとう」 「サンキュ」 本来であれば、いくら呼び出した本人とはいえ会計だって巻き込まれたようなものなのだから礼をする必要はない。そう思いつつもその気遣いが嬉しく、風紀委員長は笑顔で差し出されたカフェオレを受け取った。 「悪かったな。待たせて」 「ううん。部屋戻っても、気になって仕方なかっただろうし」 それに頼んだのは自分なのだから、任せきりにして部屋に戻れないと会計は笑顔を見せる。更に言えば、こうやって風紀委員長と二人きりでゆっくり話せるのは嬉しい。流石に本人には言えないが。 「早く仲直りできるといいね」 「だな。つってもあの様子じゃ難しそうだが」 そもそも何故会長が怒っているのか、書記は理解できていないのだ。そこをわからせなければ話は一歩も進まない。むしろ、理解させられればすぐに解決すると言ってもいいのではなかろうか。 例え会長が寛容にも許したとして。今のままでは書記は必ずまた何かやらかす。そうなれば同じことの繰り返しだ。 「……難しそう?」 「あー…あいつ、何で怒られてるのかわかってねぇからな」 「反省してるみたいだったけど……」 「そりゃ怒られたからだろ。‘何で’かはわかってねぇよ」 「そっか」 しゅんと会計はうなだれる。 その姿に、風紀委員長は心を痛める。どうにか元気を出してほしくて、言葉を続けた。 「あー…でもまぁ、落ち着いてじっくり話でもすりゃどうにかなるかもな。ケンカしてからまともに話してねぇみてぇだし」 「そ、そうだよね。仲直りできるよね」 「つってもあの二人、仲良けりゃ仲良いで厄介だがな」 「あー…あはは」 ケンカする前の、普段の会長と書記の様子を思い、風紀委員長は面倒そうに嘆息した。それに対して、会計は困ったように笑うしかできない。 「でも、やっぱり仲悪いよりは良い方が良いよ」 「まぁな」 でもなぁと風紀委員長は苦々しげだ。どうして仲良くしててもケンカしてても気苦労が絶えないのか。 どこか疲れた様子の風紀委員長に、会計は気遣わしげな眼差しを向ける。 「……委員会の方はどう?忙しそうだけど」 「忙しいつぅか、最近浮ついた連中が多いからな」 「あー…文化祭終わった頃から、学校の空気なんかピンク色だね」 「くっついた奴らだとか、これからって奴らのおかげで妙にそわそわしてるよな」 「そだね」 頷き、会計はふと視線をそらした。 訊こうか訊くまいか悩み、結果迷いつつも口を開くことにした。 「……そう、言えば、さ」 「んー?」 「委員長は…どうなの?」 「あ?」 「ほら……あの一年。何か、最近仲良いって、聞くけど」 「え?」 「ふ、風紀室に、差し入れ持ってきたり、してるとか」 出された話題の内容に、風紀委員長は勢いよく会計を見た。当の会計は、思いっきり風紀委員長から顔をそむけている。 その聞き方や様子に、風紀委員長は己の口元を片手で覆うと、同じように反対側に顔をそむける。 「いや、何もねぇよ」 「そう、なの?」 「ああ。差し入れだって、別にオレ個人にじゃねぇし」 嘘ではない。皆さんで食べて下さいとは言われている。だが、誰の目にもその一年は風紀委員長に食べてほしくて差し入れを持ってきていると明らかだった。先輩後輩以上の好意を抱いているとバレバレだった。本人も、隠す気はないのだろう。 もちろん、風紀委員長もそうと気づいている。だが、応える気はないので気づいてないことにしているのだ。 「そ、そっか」 良かったと、小さな呟きを拾ってしまい、風紀委員長はぐわっと舞い上がった。強く瞼を閉じる。ヤバい。抑えが効かなくなりそうだ。細く、長く息を吐き出す。 「そう、言う、そっち、こそ」 「え?」 「あいつとは、どうなんだよ。ほら、あの……二組の、文化祭でステージの総合司会やってた奴。最近、やけに親しいだろ」 「そっ……ち、違うよ。あれは、打ち合わせで話すようになって、仲良くなっただけで、そ、そんなんじゃ……」 「……そうなのか?」 「そ、そうだよっ」 「本当に?」 「本当にっ」 良かったと、風紀委員長は声に出さず安堵する。 色々と噂になっていて、風紀委員長は気にしていたのだ。会計がアタックされてるだとか、付き合い始めただとか。そんなことある訳ないとわかってはいたが、一抹の不安が拭えずにいた。だから本人の口から直接違うと聞けて良かった。 そうして何気なく、本当に何気なく片手をソファの上におろした。その指先が何か温もりのある物に触れる。触れた瞬間ぴくりと動いた。見なくたって、会計の指先だとわかった。 反応しただけで、会計の手はその場から動かなかった。そっと風紀委員長が確認すれば、会計はほぼ後頭部を向けてると言っていいほど顔を背けていたが、その耳元はほんのり色づいている。 ならば大丈夫だろうか。 同じように顔を背け、風紀委員長はそろそろと手を動かしていく。ピクリと反応した会計は、様子を窺いながらも風紀委員長にあわせて手を動かし、結果、しっかりと握りあうに至った。 <> [戻る] |