―――1
「開かずの間?」
「そー。この学校のどっかにあるんだって」
聞こえてきた会話に、ドアにのばし掛けた手を一瞬止める。
「七不思議の一つ。中で死んだ人がいるだとか、何年も引きこもってる生徒がいるだとか、怨霊が封じ込まれているとか」
「へぇー」
「ずっと昔に鍵が行方不明になって、中がどうなってるか誰も知らないんだってさ」
「鍵がなくたって、業者呼べば開けられるだろ?」
「あ、会長」
カラリとドアを開け、声をかける。教室にいたクラスメイト二人が振り返った。
「居残りか?」
「日誌っすよ。日直なもんで」
「そうか。お疲れさん」
「会長は?どしたん?」
「ちょっと忘れ物」
言いつつ、自分の席に近寄る。机の中身を一つずつ出して空にし、中に手を入れてみるがもうなにもない。やっぱり、ここじゃないか。
「なかったんスか?」
「ああ。寮に忘れたかな」
今朝、寮を出た時には確かにあった。どこかに落としてしまったのか。今日の行動を思い返しながら、中身をしまっていく。誰かに拾われたりしていなければいいのだが。
見られて困るような物ではないが、あまり知られたくはない。
ふと、先ほどの会話が脳裏によみがえる。
「………開かずの間、か」
「お、会長も興味ある?」
こぼれてしまった言葉を拾われた。どうしようかと少しだけ首を傾ける。
「いや、七不思議と言ってたが、他もあるのか?」
「ある、ある。トイレの花子さんとか」
「おー、おかっぱ」
「ふっ、聞いて驚け!我が校の花子さんはグラマラスな美女なのだ!」
「おぉっ!」
真っ赤でセクシーな衣装に身を包んだ花子さんが、悩めるセイ少年に云々と盛り上がっている。それは七不思議と言うよりエロ漫画ではないだろうか。まぁ、噂なんてそんなものかと小さく笑う。
窓の外から運動部のかけ声が聞こえる。空は、突き抜けるように青い。
あの人に出会ったのも、こんな青い空の日だった。
その日、オレは数名の生徒に追いかけられて逃げていた。人気のあるところなら諦めるだろうと校舎に入ったのだが、位置が悪かったのか全く人がいなかった。とにかく人のいる所。もしくはまいてしまおうと必死に走るうちに、曲がり角で人にぶつかってしまった。
「っ!?」
「うおっ」
よろけ、倒れかけたのを支えられる。
「大丈夫か?」
「す、すみません」
どうにか謝るも、迫ってくる足音とオレの名を叫ぶ声に気が気でない。
「ん?玖峪?お前、玖峪?」
「へ?はい。玖峪です」
「何?玖峪、追われてんの?」
「ちょっと」
「よし。お前が玖峪ならば助けてしんぜよう」
「はい?」
訳も分からないまま腕を引かれ、連れ込まれたのはその人、先輩の秘密のさぼり部屋だった。元々は物置として使われていたのだろう、雑多な物が積まれている。一つだけある小さな窓の手前には、なぜかソファが置かれていた。掃除はなされていて、埃っぽさはない。
自分より遙かに足の速い人間に引きずられるように走ったせいで、息が苦しい。床に両手をつき呼吸を整えていると、ほいとペットボトルを差し出された。
先輩は息切れ一つしていなかった。化け物かと疑いたくなった。
「……あり、がとう、ごさいます」
「どーいたしまして」
からからと笑いながらソファに腰掛けた先輩は、風紀違反の固まりだった。髪は真っ黄色に染められ、シャツのボタンは全開で、下に派手な色のシャツを着用。ネクタイはもちろんない。ピアスをいくつかあけ、首にはチェーンのネックレス。ごつい指輪もつけている。
この学校は服装には緩いが、これは完璧アウトだ。助けられた手前、何も言えないが。
「で?玖峪は何で追われてたの?」
「……あぁ、オレみたいなのが生徒会にいるの、面白くないみたいですよ」
「………何で?」
何でって、見ればわかるだろうにと言葉に詰まる。けれど先輩は、心底不思議そうに首を傾けていた。
「こんな根暗めがねは、生徒会に相応しくないらしいですよ」
「めがねの何が悪い。めがねの」
「いえ、問題はめがねその物ではなく」
ちょいちょいと手招かれ、近寄る。
「大体、玖峪は根暗じゃないんだろ?自分でできることは黙々とこなすけど、他人よりできる範囲多いからほとんど一人で黙々とやるはめになるだけで」
「なんっ」
「おとなしめの部類だけど、教室で浮くでもなし。ダチも普通にいんし。人見知りするでも、物怖じするでもなくこうやって話せてるのに、根暗はないよな。髪長めだからんなこと言われんのか?」
「これは、ちょっと切りそびれていて」
「真面目が過ぎるってなら、会長の方がよっぽどだしなー」
「あ、あのっ」
「んー?」
思いつくままに紡がれる言葉を、どうにか遮る。先輩は首を、ほとんど身体ごと大きく傾けた。
「……何で、オレのこと知ってる風なんですか?」
「よく聞かされてるから」
誰に?
「困ってるようなら手助けしてやってくれって頼まれたけど、大変そうだな」
「ええ、まぁ。嫌がらせなんて陸山一人で手一杯だってのに、わらわら増えて」
「文句あるなら会長に言えーって、言ってみれば?」
生徒会役員は指名制で、オレは生徒会長直々に指名された。オレの役員入りが気にくわないというのはつまり、会長の決定にけちをつけることになる。
「………迷惑かけたくないので」
「迷惑かけられてんの、玖峪じゃん」
「鬱陶しいってだけですし。どうせ一時的なものですから」
手を煩わせるほどのことではない。相応しくないというなら、結果で見返してやれば良いだけのこと。それで黙らない奴はただ文句を言いたいだけだ。そんな奴にかまってやる必要はない。
「そうやって一人でどうにかしちゃうからか」
「何か?」
「何も?」
先輩が楽しそうに笑っている。訳が分からなくて眉を寄せた。
オレはこの先輩のことを全く知らないのに、先輩はやけにオレを知っている風で少し居心地が悪い。聞いたと言っていたが、誰になのだろうか。共通の知り合いがいるとは思えない。
「でも、なら助けは必要ないか」
「はい」
「まぁ、でもまた追いかけられたりしたらここ来いよ」
「………?」
「避難所。大抵ここにいるから、鍵あいてるし。確実に安全でゆっくりできる場所、あった方がいいだろ?」
「………ありがとうございます?」
「どーいたしまして」
これが、先輩との出会いだった。
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