***
応援はできない。
でも、やめた方が言いとも言えない。
だからただ見守ることにした。
新歓の準備中、真行ちゃんたちは度々手伝ってくれた。見る限り、しずちゃんと北村はあまり話してなかったけど、話してる姿を見かけた時は離れろと念じたり、声をかけて邪魔をした。
しずちゃんは、残念そうにしながらもどこかほっとしていて。北村は、オレの考え何てお見通しみたいな顔して、しずちゃんの頭を撫でる。
その度にしずちゃんは顔を真っ赤にして。しずちゃんが嬉しそうにしてるのは喜ばしいけど、相手が北村っていうのが嫌でたまらない。
木梨には、呆れたようにため息をつかれた。
「だって」
何を言われたわけでもないけど、言い訳がしたくなる。自分がバカなことをしてるってのは、自分が一番わかってるから。
「しず………会長には傷ついてほしくないんだよ」
「傷つけられるって決まってねぇだろ」
「傷つけられてからじゃ遅いよ」
「………ずいぶんと信用がないんだな。あいつ」
クイズラリーの、出題場所をチェックするために木梨と一緒に校内を回っていた。放課後で人は少なくなっているけれど、皆無というわけではない。
すれ違う生徒に挨拶を返しながら、メモを書き込んでいく。
「何かあっても当事者間の問題だろ」
「でも……しず、会長が悲しむ姿、見たくない」
相談されたわけでもなければ、直接聞いたわけでもない。勝手に首を突っ込んでるだけ。余計なことかもしれないけど、でも、不幸になるのを黙って見過ごすわけにはいかない。
「………言い直す意味、あんのか?」
「何が?」
「会長さんの名前。しずちゃんだっけか?」
「なぜそれをっ!?」
「叫んでただろ。会長さん倒れた時に」
何てこった!
全然気づいてなかった。無意識だった。恥ずかしくって、顔を両手で隠す。いや、呼び方じゃなくてね。バレてたのに必死に隠そうとしてたのが。
「しず…会長が人前で呼ぶと恥ずかしがるからなんだけど」
「………確かに、恥ずかしいな」
ひどい。親愛の情を込めた呼び方なのに。恨みがましく視線を向けると、またため息をつかれた。
「大切にしてるんだな。会長さんのこと」
「うんー。しずちゃんオレの大事な友達だから」
「………」
「………木梨といると、気が緩んでついぽろっと出ちゃう!」
「そーかよ」
変な奴と、木梨が小さく笑った。笑った顔、初めて見た気がする。何か変な感じ。
ぽんっと、背を軽く叩かれる。
「まぁ、何かあったらそん時は傍にいてやれよ。それだけで十分だろ」
あんたみたいな友達がいて、会長さんは幸せ者だな。
そんなことをさらっと言われて、じわじわと込み上げてくるものがあった。その感情のままに口を開く。
「きーくんっ!」
「………あ?」
「ありがとう!何か安心した。ずっと一人で考え込んでたから、きーくんに聞いてもらえて良かった!」
「ちょっと待て」
「ん?」
「その呼び方はなんだ」
「きーくん?きーちゃんの方が良かった?」
「いや」
「あっ、乙葉ちゃんの方が…」
「ぜってーやめろ」
下の名前は絶対に嫌とのことで、きーくんと呼ぶことにした。
迎えた新歓は問題なく終了した。一段落ついたからと、真行ちゃんたちが手伝いに来ることはなくなった。真行ちゃんやきーくんと過ごす時間が減るのは寂しいけど、全く遊べなくなるわけじゃないし。
何より、しずちゃんと北村の会う機会が減るので安心した。このままフェードアウトしてしまえばいい。
ちなみに、秋吉は生徒会の補佐になった。以前言っていた一年は都合が悪くなり無理だったとのこと。
「か…か…………金、本」
「んー?」
最近、しずちゃんはオレを呼ぶ時どもる。そして必ず少し残念そうな顔をするのだけど、どうしたのだろうか。
「今、手、空いてるか?」
「空いてるよー」
「悪いんだが、この書類、職員室と風紀室に配ってきてくれねぇか?」
「まっかせといてー」
まずは風紀室に向かう。副委員長がちょうどいなくて良かった。あの人、よくわからなくて怖い。委員長も、いつもカリカリしてて怖いけど、意味もなく八つ当たりしてこないから大丈夫。
さて次は職員室。意気揚々と歩いていると、廊下の先に北村の姿を見つけた。放課後に何をしているのだろう。何だか嫌な予感がして、こっそりと後をつけることにした。
どんどんと人気のないところに向かっていく。何か後ろ暗いことがあるんじゃ。そんなことを考えつつ、こっそりついていく。
「………え?」
角を曲がった瞬間、姿を見失った。どうしようと途方にくれてると、肩に手を置かれ心臓が止まるかと思った。
「こんなところで何してるんですか?」
振り返った先にいたのは北村で。ニコニコと底の見えない笑みを浮かべている。ぎゅうと心臓を握りしめられたみたいに苦しくなって、うまく息ができない。
「か、会長に頼まれ事して…」
「静癸に?」
ああ。嫌だな。
ゆったりと首をかしげる北村に、泣きたくなる。その口からその名を聞きたくない。大事な大事な人の名前なのに。
ふっと表情が緩められ、逃げ出したくなった。
「そう言えば、会計さんは静癸のこと、会長って呼んでるんですね」
「だったら何?」
本当はしずちゃんて呼んでるけど、教えてなんてあげない。
「静癸は、金本って呼んでますよね?」
「……………」
「仲良さそうに見えてましたけど、そうでもないんですね」
「っ!?」
何で?どうして?
そんなことない。仲、良い。しずちゃんだって、友達だと言ってくれた。それなのに。呼び方だけが全てじゃないのに。
でも、気にはなってた。しずちゃんは、名字か被らない限り上の名前で呼んでる。誰に対してもそうだ。だから、友達だと言ってはくれたけど、特別じゃないんだって。オレにとってしずちゃん特別なのに。
笑顔で胸を抉った北村は、そのまま立ち去った。
足に力が入らなくて座り込む。指先が震えていた。苦しくて苦しくて、涙がこぼれ落ちる。押し隠していた不安を暴かれた。
大丈夫だって、わかってる。それでも不安は拭えない。必死にすがり付いて。自分に自信がない。だからあんな言葉に揺さぶられる。
こんなんじゃしずちゃんに顔向けできない。そもそも、友達の恋も応援できないなんて。
とられたくないという思いがあったことは、否定できない。
どうしよう。こんなとこで座り込んでる場合じゃないのに。職員室に書類を持っていって。それで生徒会室に戻らないと。早くしないと、きっと心配をかける。でも、足に力が入らない。
一人じゃ、立ち上がれない。
「………金本先輩?何してるんですか?」
聞こえた声にぼんやり顔を上げると、そこには秋吉がいた。
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