会長が怒っている話。
簡単には許さない。
そう、会長は憤っていた。
会長の朝は早い。早朝登校し、まずは生徒会室に向かう。だから、誰よりも早く異変に気づいたのは、先に生徒会室にいた副会長だった。
「あれ?今日は一人?」
「何がだ?」
何がってあんた。いつもは二人で登校してくるじゃないか。
あ、これは何かあったなと察した副会長は、ナンデモナイデスとなかったことにした。関わりたくなどなかったのだ。どうせケンカでもしたのだろう。触らぬ神に何とやらだ。
遅れてやってきた会計も、入室早々首を傾げた。そしてある人物不在について会長に訊ねてしまう。
「あれ?今日お休み?」
「誰がだ?」
誰がってと言おうとし、会計はピッとお口にチャックする。会長は不機嫌なオーラを纏っていた。何も訊くなとそのオーラが物語っている。
ナンデモアリマセンと返し、会計はそそそと副会長に近寄った。
「……ケンカ?」
「多分」
心底めんどくさそうに答える副会長。会計はあーあと声を漏らした。
授業が開始されると一般生徒(主に同じクラスの)も、あれ?何か……?と異変に気づき始める。そうして、決定的となったのは昼休み。多くの生徒に知れ渡ったのもまた、この時だった。
食堂に向かう生徒会メンバーに、生徒たちの目は釘付けになっていた。元々、注目を集める人たちではある。食事をそろってというのも多いことではないので珍しくもある。
けれどこの日、彼らが注目を集めていた理由はそれだけではなかった。
「……会長。重くないの?」
「何がだ?」
耐えきれず、誰もが訊ねられずにいたことを訊ねたのは会計。何がと問われても、わざわざ口に出すまでもないことだ。会計の視線は、戸惑いがちに会長の背後に向けられる。生徒たちの視線もそこに集まっていた。
会長の背中には、書記がひっついていた。
会長よりデカい書記が、会長に後ろから抱きついている。会長はそんな書記をガン無視して歩いていた。書記があわせて足を動かしているため歩行自体に障りはないようだが、傍目には重たそうで仕方がない。
食堂に着けば流石に離れたが、会長の隣に座った書記はテーブルではなく会長の方を向いていた。ひたすらじっと見つめている。話しかけたそうにそわそわしている。
けれど書記が口を開きかけるのにあわせて、会長は副会長や会計に話しかける。書記の様子が気になって仕方ない二人は、ろくに受け答えできていない。どう考えても故意なそのタイミングに、会長は書記に話しかけられることを拒絶しているのだと知れる。
書記は見るからにしゅんとしていた。その姿は捨てられた犬のようで、周囲の同情を集めている。
「おう。お前らケンカしたんだってな」
やってきた風紀委員長が、誰もが指摘できずにいたことをさらっと指摘した。
「何がだ?」
「何がって……もう噂広まってんぞ」
相変わらず何事もなかったかのように振る舞う会長に、風紀委員長は呆れを見せる。会計に隣いいかと訊ね、こくこく頷くのを見届けてから腰を下ろした。
「ケンカするのは勝手だが、あんま長引かせるなよ。周りが気にする」
「そうだよ。早く仲直りしなって。話聞くぐらいならするよ?」
二人の間の空気に居心地の悪さを感じていた会計が提案する。会長は、フッと笑みを浮かべた。
「下ネタになるが、かまわないのか?」
「しっ……!?」
絶句した会計は、首から上が真っ赤になっていた。お前なぁと風紀委員長は呆れを隠せない。副会長は嫌そうに顔をしかめた。
「食事中に下品な話はするな」
この二人のケンカに関わりたくない。そう思わせるに十分な昼の出来事であった。
関わりたくない。そう思っていても関わらなければならない時がある。その日の夜。風紀委員長はげんなりしていた。目の前には何故か会長がソファに腰かけふんぞり返っている。
「……下ネタになるから話したくないんじゃなかったのかよ」
「オレはかまわないかと訊いたんだ。その結果がアレだったからな」
意見を尊重し、あの場では話さなかっただけだと事も無げに言う。
「今は食事中じゃねぇし、お前は下ネタ平気だろ?」
「いや。平気じゃない」
「嘘つけ」
そうして、聞きたくもないのに事の次第を話し始める。
「ここ最近、ご無沙汰なんだ」
何がだよ。いや、言わなくていい。予想はできている。つーか何を話し始めるのだと風紀委員長は頭を押さえた。
「……だから何だよ」
「ただ、ベッド自体は共にしていた。昨夜もだ。だが、昨日は夜中に何故か目が覚めてな。そしたら、一緒に寝ていたはずのあいつの姿がなくなっていた。便所にでも行ったのだと思ったよ。目が覚めてしまったし、ついでだからオレも便所に行こうと寝室を出た。だが、あいつは便所にいなかった。ならばどこに?疑問を抱いた時、ふと脱衣所から明かりが漏れているのに気づいた。こんな時間にシャワーでも浴びているのだろうか。何となく、嫌な予感がしたのだろう。オレは、脱衣所のドアを開いた。あいつがそこにいた。そこで何をしていたと思う?」
知るか。つか、知りたくねぇ。嫌な予感しかしない風紀委員長はそう言いたかった。だが、会長がそれを許さない。返事を待たずに先を続ける。自虐的な笑みを浮かべて。
「オレの使用済みパンツおかずにオナってた」
「うーわー」
風紀委員長が片手で顔を覆って天を仰ぐ。
「いくらご無沙汰で溜まってたとはいえ、夜中、それも寝起きに見たい光景じゃねぇしオレは引いた。つーか溜まってんならオレにいやいいじゃねぇか。ヤりたいって。何勝手に人の使用済みパンツ使ってんだよ。しかもあいつ、見つかってドン引かれてんのに慌てて弁明するどころか、むしろ興奮してイキやがった」
「うーわー」
「これで終わりじゃない」
「……まだなんかあるのかよ」
「怒鳴りつけたらようやく慌て始めたんだが、何か様子がおかしい。嫌な予感がして問い詰めたら白状したよ。あいつ、オレの使用済みパンツ何枚も盗んでコレクションしてやがった」
「………」
風紀委員長はもう言葉もでなかった。
会長と書記は確か付き合っていたはずだ。ベッドを共にしていると言うし、そこは間違いないはずである。だが、今の話の書記の行動は、まるでストーカーだ。
「挙げ句、集めた使用済みパンツ全部破棄しなきゃ別れるって迫ったら、あいつ、どうしたと思う?」
「どうって、土下座して謝るだろ。すぐ捨てますって」
顔を覆っていた手をはずし、風紀委員長は視線を会長に向ける。
わかってはいる。わざわざこうして訊いてくるって事は違うのだろう。案の定、会長は暗い笑みを浮かべた。膝の上に肘をつき、握り締めた手に額を押し当てる。
「あいつ、本気で悩み始めた」
悩むなよ。
「………………あいつが好きなのはオレじゃなくて、オレのパンツなんだ」
「いや、いくらなんでも……」
絞り出すような会長の声に、風紀委員長はフォローを入れようとし、言葉を見つけることができなかった。
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