―――3 「………仮にもツートップが何こんなところでケンカしてるんだ」 呆れたような冷たい声に、我に返った。 声の主は副会長の参木で、声と同じく冷たい眼差しをしていた。紙の束を抱えた参木は、第一ボタンまできちんとしめていて、ネクタイも緩めることなくつけている。ブレザーも着込んでいて、まさにお手本と言える服装だ。髪色が少し明るくはあるが、地毛なので仕方ない。 こうやって、陸山と並べてみると、参木の方が風紀委員長っぽい。 「玖峪、確認したいことがある。生徒会室まで来てくれ」 「あ、ああ。わかった」 「あ?んだよ。逃げるのか?会長サマ」 「逃げるんじゃない。仕事だ」 「チッ、参木ィ、邪魔すんじゃねぇよ」 「参木にあたるなっ」 背後に参木を庇うように立つと、陸山は盛大に顔をしかめた。 「………あ?」 なぜか間の抜けた声が聞こえ、振り返る。微妙な表情を浮かべた参木が、陸山にちらりと視線を送った。陸山は一転、にやにやと嫌な笑みを浮かべている。 「はぁー……玖峪。行くぞ」 「あ、おう」 今度は陸山の邪魔も入らず、ついてくることもなかった。 「………悪いな。わざわざ呼びに来てくれたのか?」 「いや、職員室からの帰りに、たまたま騒いでいるのが聞こえただけだ。戻ってからメールするつもりだった」 「そうか」 それは運が良かった。参木が通りかかってくれなきゃ、陸山から解放されるのは難しかっただろう。 「………」 「ん?」 「いや」 じっと見つめられていたので問いかける。顔を逸らされた。 「玖峪は一度姿を消すと、どんなに探しても見つからないからな。もう誰も探そうとしないさ。用があったら連絡する」 「あー…」 「そうやってたまに授業もサボってるだろ。程々にしとけ」 「あー…」 じとりと睨まれた。笑ってごまかすと、呆れ気味に息を吐かれる。 「でないと、オレの中での評価がまた地に落ちるぞ」 「それは困る」 「………困るのか?」 「ああ」 今度は不思議そうにされてしまった。 「他人の評価など、気にしないのかと思っていたが」 「親しい奴が相手なら別さ」 「………オレは親しいとは思っていない」 「ははっ、ひっでぁなぁ」 軽く笑って流す。 参木がオレを好いていないのは知っている。それでも、前より棘はなくなったし、それなりに気安い関係を築けていると思っている。 「ん?どうした?」 「………いや、だいぶ印象が変わったと思っただけだ」 「そうか?」 「真面目だけが取り柄の根暗野郎と思っていたが、思っていたほど真面目でも根暗でもなかった」 それはいい意味なのだろうか悪い意味なのだろうか。苦虫を噛み潰したような表情をしているので、いい意味ではないのかもしれない。 それにしても、なぜちょくちょく真面目だと思われるのだろうか。そんな真面目にしているつもりはないのだが。先輩にも、似たことを言われた記憶がある。 「結構、真面目なんだと思ってたんだけどなー」 「何ですか?」 真剣に床の上のトランプを見つめながら、二枚めくる。ハートの三と、クラブの五。息を吐き、トランプを裏返す。 「玖峪ちゃん、最近昼休み以外もここにいるよね。今もだし」 「たまにですがね」 「サボリとかしないタイプに見えてた」 「あー…」 先輩がクラブの五とスペードの五をめくり、持っていく。 「今日はほら、教室に戻りそびれただけですよ」 「そうかもだけどさ。会長のお気に入りだから意外で」 理由としては、この場所が居心地いいというのもある。チラリと先輩を見ると、ん?と笑いかけられた。慌てて、視線を床に戻す。 ダイヤのクイーンとクラブのクイーンを持っていった後、先輩のターンが終了。すぐに先輩が戻したばかりのハートの二をめくり、記憶を頼りにダイヤの二をめくる。 「先輩こそ、授業出てるんですか?」 「何で?」 「いつ来てもいるので」 「ちゃんと出てるさ。玖峪ちゃんが来てない時に」 「ヘェー」 次はハートのキング。キングはまだ一度も見てないので適当にめくる。スペードの七だった。 「玖峪ちゃんにさぼり癖ついたって知られたら、オレ叱られそうだな。悪影響だって」 誰に叱られるのだろうか。 先輩がトランプをめくる。スペードの三。先ほど出たハートの三をめくり、そのまま後二組流れるような動作で合わせる。 「さぼり癖と言うほどサボってはないですよ。ただ、自主的に少し休息をとっているだけで」 「何?お疲れ?」 「えぇ、まぁ」 「おっさかーん」 「何の話ですか。何の」 一枚めくる。ダイヤの七。すぐにスペードの七をめくろうとしたが、まちがえて隣をめくってしまった。 「ははっ、生徒会大変?」 「いえ、そちらはそれほどでも」 「ん?」 「………陸山が」 「あー…」 先輩がダイヤとスペードの七を持っていく。 「率先して風紀から生徒会への連絡係を引き受けてまで…」 「それ、悪化してるねぇ」 「はい」 前までは、さすがに生徒会業務を邪魔してくることはなかった。だが、奴が風紀委員に入ったことで、仕事中の接点ができてしまったのだ。 「………前に嫌がらせしてきた奴らからも、憐れまれる始末です」 「あー…、お疲れさん」 めくったトランプの絵柄は,ジョーカーだった。 <> [戻る] |