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 悲しんだりはしないで。

 何だってしてあげるから。

 だから笑って。

 東山の代わりに生徒会に入った奴は、最低最悪だった。奴はオレの天使を悲しませた。

 そいつは外部生で、入学当初はそれほど目立っていなかったが、試験や行事の度にメキメキと頭角を表した。そして二年に進級する頃には東山と人気を二分するほどに。

 ちゃらんぽらんな東山とは対称的で、硬派でストイックなところがいいとか言う奴がいるが、あれはたんに人の感情を持っていないだけに決まっている。試験でもスポーツでも、辛うじて東山に届かず、応援したいとの心理が働いてしまってもいるようだ。

 んな心理働かしてんじゃねぇよ。あんな奴に応援なんざ必要ねぇ。

 問題も、今まで起こさずに来ていた。委員会や部活に誘われることも度々あったようだがことごとく断っていた。自分の勉強時間を削りたくないからと。本人も、東山をライバル視しているのだという。

 時間を削りたくない。そう言いつつも、友人などにわからないところがあると訊かれれば丁寧に教える。そのせいで人望もあり、今回の生徒会入りが決まった。

 部活や委員会を断り続けていたから、今回の話もそうなるだろうと思われていた。だが奴は受けた。恐らくは、東山を意識してのことに違いない。

 あいつがライバル視してるのは東山だ。あいつの意識は東山のみに向いているべき。だと言うのに奴はオレの天使を悲しませた。傷つけた。やつあたりに決まっている。ふざけんじゃねぇ。

 生徒会入りしてしばらくは大人しくしていた。話すのは必要最小限のみで、寡黙な印象を抱いたと天使は言っていた。後輩には笑顔を見せるものの、天使に対しては睨むようにしていたので、もしかしたら嫌われているのかもしれないとも言っていたが。

 不愉快ではあるが、何かしでかしたわけではないし、天使もあまり気にしていなかった。だから様子を見ることにした。何かあってからでは遅いというのに。

 変化は徐々に現れてきた。天使の笑顔が減ったのだ。そうして、何か思い悩むように。訊ねれば、面と向かって嫌いだと言われたのだという。

 ふっざけんじゃねぇ。

「それだけですか?」

 天使が抱きついてきた。すがりつくように、強く。

「正己?」
「……ほこのは、どこにも行きませんよね?ずっと……傍にいてくれますよね?」
「当然です。離れるわけがありません」

 言って、抱きしめ返せば、天使は安心したように笑みを浮かべた。

「何か言われたのですか?」
「大したことではありません。ほこのがずっといてくれるなら、私は大丈夫なのです」

 天使かわいい。マジ天使。

 そして天使を悲しませた奴、許すまじ。

「どういうつもりだ」
「……何がだよ」

 しらばっくれてんじゃねぇよ。

 天使から話を聞いた翌日、オレはクソ野郎を呼び出した。

「正己に、嫌いだとかぬかしやがったらしいな」
「あぁ……だったら?」

 その態度に舌打ちがこぼれる。

「嫌いな奴に嫌いと言って何が悪い。第一、土井には関係ないだろ」
「正己を傷つける奴はオレが許さない」
「はっ……騎士気取りか。別に、許してもらおうなんざ思ってねぇよ」
「許す気なんて、毛頭ない。傷つけた時点で万死に当たる」

 改心の見込みが全くない。本当に、なぜこんな奴が生徒会に入ったのか。すぐにでも天使の近くから排除してしまいたい。

「いいか。生徒会を続けるつもりなら、正己に近づくな。傷つけるな。余計なことを、口にするな。さもなくば」
「さもなくば?言っとくがな、土井にどうこう言われる筋合いはない。でしゃばってんじゃねぇよ」

 話は終わりだと立ち去ろうとする奴の胸ぐらをつかむ。こういう時、自分の身長が恨めしい。

「何だ?殴りでもする気か?」
「んなことしねぇよ」

 こいつから手を出してきたならともかく、オレから手を上げるわけにはいかない。暴力沙汰を起こし、その原因を知ったら天使は自分のせいでと心を痛めてしまう。そんな思いをさせるわけにはいかない。

 できることなら、ぶん殴ってしまいたいが。

「いいか。正己を傷つけんじゃねぇ」

 目の前の顔が、不愉快そうに歪む。ふざけんな。不愉快なのはこっちだっつーの。

「それさぁ、いつまで続ける気なんだ?」
「あァ?」
「守るだなんだ。お前ら見てて気色わりぃんだよ」

 おいこら。気色悪いとは何だ気色悪いとは。オレに対してはともかく、天使に対しての暴言とかふざけんな。首絞めんぞ。

「ガキじゃねぇんだから、他人に守ってもらうなんておかしいだろ。嫌なら嫌って自分の口で言えよ。気に入らないなら自分の拳で殴るなりすりゃいいじゃねぇか。何で別の奴が出てくんだよ。おかしいよ。お前ら」
「殴るなんて、正己にそんなことさせられるわけねぇだろ」
「だからっ、それが変だつってんだろっ」

 手首を、強く握られた。

「子供のケンカに親が口出しすることだっておかしいのに、お前らの場合親子ですらないだろ。同い年のくせに。自覚ないわけ?頭おかしいんじゃねぇの?吐き気がする」
「何もおかしくねぇよ。正己の笑顔はオレが守るんだ」
「へぇ〜、あっそう。そうやって大事大事にして、自分じゃ何もできないお人形さんにする気なんだ?」
「はぁ?」

 手首を握る力が、どんどん強くなってくる。

「そうやってなんでもかんでも手を出して、口を出して。全部全部代わりにやって。そんなん繰り返してたら、全部他人任せになって、自分じゃ何もできなくなる」
「何言ってやがる」
「守るとかさ、偉そうなこと言ってるけど、結局土井はあいつを自分に依存させたいだけなんじゃないか?」
「っ!?そんなわけ……っ!」
「ないって?」

 温度のない眼差しを向けられた。

 そんなこと、あるわけない。オレは、ちゃんと、天使の意思を尊重している。自立性を良しとしている。

「言い切れんの?本当に?」
「っ、当たり前だ」
「じゃあ、例えばあいつに好きな奴ができても?」

 天使に、好きな相手?

「下心なく、笑顔守りたいってだけなら、応援できるよな?」
「……それで、正己が喜ぶなら、当然だ」
「はっ……どーだか」

 結局話し合いは平行線のまま終わった。忠告を聞き入れたのかはわからないが、その後、奴は目立った動きを見せなかった。

 そうしてしばらくして、奴は生徒会を止めた。天使と同じ空気を吸いたくないからだそうだ。理由はムカつくが、奴がいなくなったことにオレはホッとしていた。それは天使も同じで、見るからに安堵していた。

 動きはなくとも、その存在だけで天使の負担になっていたのだ。

 東山の弟が跡を引き継ぐことになり、これでようやく平和な生活が送れると、そう思っていた。

 なのに、三年に進級してしばらく、天使に春が訪れた。





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