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 寮の同室者が親衛隊に入ると言い出したのは二年の春、新歓が終わってからのことだった。

 同室者は外部入学で、この学校の風習を否定こそしないものの不思議そうにはしていた。入学から半年たった頃には慣れたのか、そういうものと割り切っていたが、自分とは関係のないものというスタンスを通していたので、意外に感じた。

 訊けば相手はこの春入学した一年で、外部入学したてで生徒会の補佐になったのだという。

 同室者は新歓で彼と同じグループになり、好感を抱いたとか。

「外部生で補佐だから色々と言う人がいるだろうし。それにわからないことたくさんあって大変そうだから、力になれたらなって」
「なら、親衛隊なんかじゃなくて普通に先輩として力になれば良いんじゃないか?」
「んー、確かにそうなんだけど。でも、それで規模が小さくなったりしたら、さ。ほら、一部の人たちが」
「あぁ」

 それで納得したくはないが仕方がない。

 内部進学の一部の奴らは妙にプライドが高くやっかいなのだ。あいつらは親衛隊のあるなし、規模で人を判断しようとする。外部生が生徒会補佐になったというだけで、口うるさく騒いでいた。

 親衛隊の規模がある程度の大きさになれば、少しは静かになるのだろう。

「大変だな」
「君みたいな人ばかりだと、楽なんだけどね」

 同室者が困ったように笑う。それに肩をすくめて答えた。

 長い奴だと幼稚園の頃からここに通っている。付き合いが長くなればその分変な結束が生まれ、結果、外部生はどうしても肩身の狭い思いをするはめになる。

 実を言えばオレも内部進学なのだが、仲間意識だとか親衛隊だとかには興味を持てずに過ごしていた。おかけで外部生の友人は多いが、有名人には疎い。

「……最近、水瀬君に迫ってるって噂になってて」
「水瀬?」

 誰だそれと眉をひそめたら、同室者に呆れた顔をされた。

「水瀬君。一年の首席で生徒会補佐になった子。中学でも生徒会にいたって聞いたけど……知らないの?」
「あー悪い。でもほら、金本の顔と名前は覚えたし」
「これだけ毎日のように話してて、覚えてないなんて言ったら怒るよ」
「悪い、悪い」

 笑って誤魔化す。

 同室者は、毎日のように金本の話をするようになっていた。そうなれば自然と名前と顔を覚え、覚えたら姿を見かける度、意識を向けるようになる。

 補佐は使いっぱしりが多いらしく、よく書類やらなんやらを抱えて廊下を行く姿を見かけた。よく一緒に行動してる奴がいるから、恐らくそいつがもう一人の補佐なのだろう。

 頑張ってるみたいだなぁと微笑ましく感じるのは、同室者のせいで妙な親近感を抱いてしまってるからに違いない。

 二学期になると、金本は生徒会の会計として就任することに決まった。役員として表舞台に立つことに、最初は萎縮しているようだった。それでも、頑張ってる姿には好感が持てる。

 段々と金本の姿を見つけるのが楽しくなり、笑顔を見かけると嬉しくなるようになっていた。同室者に、そんなに気になるなら親衛隊にはいる?と訊かれたが、別に気になってるわけではない。

 風向きが変わったのは、学年が上がってから。

 同室者が、寮の部屋替えを申請し、秋から付き合い始めた恋人と同じ部屋に移動した。染まったよりは流された感が強いらしく、付き合うことになったと伝えられた時、本人はしきりに首をかしげていた。

 相手は同じ親衛隊の隊員で、二年の新歓の際に同じグループだったとか。わざわざ同室になるよう申請したのだから、うまくはいっているようだ。恋人と同じ部屋ということで、下世話な勘繰りをしそうになったが。

 同室者が元同室者となったことで、金本の話は聞けなくなるかと心配したが、クラスは同じなので変わらず聞くことができた。

 やれ、転校生と仲良くなっただとか、会長と下の名前で呼び合うようになって喜んでただとか、一年の補佐、外部入学で補佐になったので第二の金本とか呼ばれてる、とも仲良くなったとか。

「……最近、恋を患ってるらしいんだけど」
「……金本が、か?」
「うーん」

 大きな声で言えないんだけどと伝えられた情報は、衝撃的なものだった。

 本人が望んでいなくても、金本はモテた。会長なんかは高値の花らしく告白するような奴はまずいないらしい。だが金本は親近感がわきやすい分、告白されやすかった。

 その度に、金本は丁寧に真摯に断っているのだという。彼がノンケだというのは、周知の事実になっていた。

 第一、金本は恋愛よりも友達との遊びに興味があるはずなのに。

「隊長は、金本君に恋愛なんてまだ早いんじゃないかとか心配してるみたいだけど、もう高校二年だしねぇ」
「けど……相手は男なのか?」
「よくわからない。まぁ男でも女でも、うまくいけば祝福するし、いかなかったら励ますだけだよね」

 祝福なんて、できるわけがない。

 この頃には、金本に向ける好意がただの後輩に向ける以上のものと理解していた。けれど、気持ちを伝えるつもりなどなかった。応えてもらえないのはわかっていた。

 それでも、金本が誰かと付き合うことなどないと思っていたから安心していられたのに。

 相手が外部の人間なら、異性なら諦めがつく。けれど内部の人間、同性なら?諦められるわけなどない。激しい焦燥を覚えた。

 どうして今さら。それとも一年がたち、周りに感化されたとでもいうのか。

 迎えた球技大会の日。軽いいざこざがあったという。ちょうど手の空いていた金本がかり出されて、風紀委員も巻き込んでどうにか収まったと聞いた。

 もうすっかり生徒会の役員が板についたなぁ。頑張ってるなぁと愛しさばかりが募る。

 告白を、しようと決めた。

 金本の隣に特定の誰かがいる光景など目にしたくないが、そうなってしまえば想いを伝えることもできなくなってしまう。この気持ちがなかったことになってしまうよりはいっそ。

 気持ちを伝えられればよかったのだ。それを、知るまでは。

 金本が、男にキスされたのだという。

 その事がきっかけで、相手を意識するようになったのだと。

 呼び出しに応じた金本は、予想通り断りの文句を口にする。遮るように好きな奴がいるのかと問えば、動揺してみせた。

 違うだろ。

 それはただの勘違いだろ。

 無理矢理キスされて驚いて、それを恋と勘違いしてるだけなんだろ。

 抱き締めさせてくれと頼めば、戸惑いながらも身を任せてくれる。そんな、警戒心の薄いところがひどく愛しくて、手放しがたい。ずっと見ているだけだった金本が、わずかに身をこわばらせながらも腕の中にいる。

 無理矢理キスをされて意識するようになった。なら、オレがしてもいいんじゃないか。そうすれば、その視界に入ることができるのでは。いや、いっそそれ以上のことをしてしまえば。

 組みしき、乱れる姿が脳裏をよぎった。

 邪魔に入ったのは、一年の生徒会補佐。金本を背後に庇う姿を見て、そいつがそうなのだと直感でわかった。

 何をしているのか?

 それをお前が訊くのか。

 無理矢理金本にキスしときながら、どの口が。

 怒りで腸が煮えくり返りそうだ。一人になり、壁を力の限りに殴り付ける。

 どうして。

 どうしてどうしてどうして。

 ずっと、ずっと見てきたのだ。見守っていたのだ。それを、あんな知り合って数ヵ月もたたないような奴が。何も、知らないくせに。

「……金本くんが話をしたいって言ってるんだけど」
「……オレとか?」
「うん」

 元同室者に声をかけられたのはあれから数日後。

 あの流れの後ならくっついてしまうだろうと考えていたのに、聞こえてきた話は二人に距離ができたというものだった。なら、まだチャンスはあるだろうか。そう、考えていた頃。

 オレが呼び出すならともかくと指定の場所に向かえば、理由はすぐにわかった。

 改めて、きちんとふられるらしい。

 謝らなければならないのはこちらだというに、金本は謝罪する。自分がもっときちんと伝えていられれば、あんなことにならなかったのにと。被害者だというのに。

 一年の補佐とのことも、話してくれた。そこまで言わなくて良いという内容まで話してくれて、誠意を尽くそうとしてるのだとわかった。やっばり、好きだなぁと思った。

「……聞いててよかったの?」
「ああ」

 金本が立ち去ってから、元同室者が姿を表す。先日と同じことを繰り返してしまわぬよう、隠れてそばにいてもらっていた。

「……告白、してたんだ」
「ああ。球技大会の時……押し倒しそうになった」
「なっ」
「未遂だ。一年の補佐に邪魔された」
「……それでか」

 元同室者が片手で顔を覆った。

「小栗君……隊長が秋吉君にもっとちゃんと見張っとけって詰め寄られて」
「あぁ……オレのせいだな。なぁ」
「うん?」
「親衛隊に入りたいって言ったら、ダメか?」

 何でもいいから繋がりを保ちたい。金本にとってオレは恐怖の対象だろうけど、それでも。話をして、ふられはしたが、好きだという気持ちはいっそう強くなった。

「……そんなこと、ないよ」
「その小栗?にちゃんと全部話す」
「うん。取り持つよ」
「……ありがとう」

 近くの机に腰を預ける。

 窓の外にはどこまでも続く青空が広がっている。遠く、遠くに目をやる。

「……好きだったんだ」

 ダンッと机を叩く。

「本当に、好きなんだ。金本がいいなら仕方ないが、オレはあいつを認めない。破局すれば良いのに」

 もう一度、叩く。

「あんな、奴。無理矢理金本にキスしたくせに、のうのうと」
「え?」

 驚きをみせた元同室者に、首をかしげた。

「……それ、初耳なんだけど。誰に聞いたの?」
「誰だったかな……」

 球技大会の日オレの前に現れた後輩は、オレが金本を呼び出したのをなぜか知っていた。

「どっかで見覚えが……あぁ、そうだ。前に生徒会の奴らといたんだ」

 思えば、あれば悪魔の囁きだった。





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あきゅろす。
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