***
気にしなくていいのかもしれない。
もう、すんだことだし。
でもやっぱり気になって仕方がない。
だって、あれをキスとカウントするなら、オレは初めてだったのだ。気にせずにいられるわけがない。いや、結構さっぱり忘れちゃってたけど。でももう思い出しちゃったし。
あれが、何て言うんだろう。下心?みたいな、よ…欲を絡めたものであるならあの後になんらかしらのアクションがあっていいはず。それがないことを考えると、庚にとっては大したことじゃないとわかる。
わかるけどでも。
普通はしないよ。しない、よね?
外国じゃ挨拶代わりだと言うけど、男同士で口はないし。そもそも、庚は帰国子女でも何でもない。なら、キス魔なのだろうか。いや、あの一回だけだし。他の人にやってるの見たことないし。
………オレが知らないだけで、してるのかな?
「どうしてあんなことしたんだろ」
「……金本?」
「庚が何考えてるのかわからない」
わからなくて、知りたくて。気づけば眼が姿を追うようになっていた。
庚は、いつも人に囲まれている。クラスの人だったり、親衛隊の人たちだったり。特に親衛隊の隊長さんは、二年生なんだけどよく一緒にいる。授業をサボってまで庚のそばいることがあるみたいで、大丈夫なのだろうかと心配になる。
でも、何か、仲いいんだなって。
聞いた話ではここに入学する前からの付き合いらしいし。あの隊長さんともキスしたことあるのかなとか、そんなことを、考えて、しまったり。
何か、モヤモヤする。
「金本?……その、秋吉君と何かあったのか?」
何か。
キスをされた。
「な、何にもないよ!?あるわけないじゃない!そ、そそそんなっふしだらなっ!」
「……悪い。変なこと訊いた」
突然なんということを訊いてくるのだろうか。小栗は。び、ビックリしたじゃないか。
「そ、それより!ほら、ここ!ここがよくわかんない!」
「あ、ああ」
広げていた問題集の、ひっかかっていたところを示す。話題の変え方が強引なのはわかってるけど、元々勉強を教えてもらっていたわけだし。
まぁ、他が気になって全然集中できなかったけど。
「お……わったぁー」
「お疲れさま」
にこやかな笑みを浮かべた小栗が、ココアを用意してくれた。お礼を言って受けとる。
一口飲んで、それからじっと小栗を眺める。
気がきくよなぁ。頭いいし、かっこいいし。オレの親衛隊の隊長なんてやってるから親衛隊ないけど、モテるんじゃないかな。
「………小栗ってさぁ」
「うん?」
「男とキスしたこと、ある?」
「っ!?!?!!??」
「てかさ、男と付き合ったことある?」
「か……金本?本当にどうしたんだ?」
「あぁ〜…もう本当に何なんだろー」
ぐでーとテーブルの上につっぷす。
「何でもないー。ただちょっと。モテるんだろうなぁって思ったら気になっただけ。深い意味ないからー」
「そ、そうか」
前にしずちゃんが、自分はモテないと言っていた。そんなはずないと思っていたけど、理由は後から小栗に教えてもらった。憧れや尊敬が強すぎて、恋愛感情になることが少ないんだそうだ。さすがしずちゃん。
じゃあ、小栗はどうなんだろう。
オレの親衛隊の隊長なんてやってなければ親衛隊あったんだろうし。やっばり、モテるんだろうな。なら、キスの一つでもしたことあるんじゃなかろうかと。
「……付き合ったことはないが、キスなら」
「え?あんの!?」
思わずガバッと起き上がってしまった。
てか付き合ったことないのにキスしたことあるなんて、ふしだらな!いや、他人のこと言えないけど。
「ああ……まぁ、ほとんど事故のようなものだが」
「……事故」
でもあれはどう考えても故意だから事故として片付けられない。
「……なぁ、金本。何かあったのか?」
「うー……えーと、オレじゃなくてね?友達が」
「……ああ」
「後輩にキス……されて」
「………」
「な、何でなのかなーって」
「……」
「小栗?」
ゆっくりと顔をそらした小栗が、額を押さえて俯いてしまった。何だかとても沈痛な面持ちだけれど、どうしたのだろうか。頭痛そうな顔してる。
「……いや、何でもない。何でも」
一つ息を吐き、顔をあげた。虚ろな眼差しをしている。本当に大丈夫だろうか。
「あ、相手の意図がどうであれ、嫌だったなら一度距離をおいてしまえばいいんじゃないか?」
「……嫌では……なかった?」
「………」
驚きの方が強すぎて。
「………じゃあもう、ちゃんと話してみる他、ないんじゃ、ないか?」
「そっかぁ。やっぱそうだよねぇ」
「気にならないなら放置しといてもいいが、気になるんだろ?」
「うん」
そうだよね。やっぱり一度ちゃんと話した方がいいんだよね。今さらとか言わないで。気になるならなおのこと。でも、
誰にでもしてるって言われたらどうしよう。
オレだからしたと言われたらどうしよう。
気になって仕方ないくせに、答えを知りたくない。どうしても躊躇してしまって、今は球技大会の準備で忙しいからと後回しにして。
球技大会が終わったら。そう、考えていたのだけれど。
三年の先輩に呼び出された。
告白されて、断って。他に好きな奴がいるのかと問われて、一瞬言葉につまった。違う。そんな人はいない。きっと、最近ずっと考えてたから浮かんでしまっただけ。
一度だけ、抱きしめさせてほしいと頼まれて、それで気がすむならと身をまかせた。けれど段々と先輩の呼吸が荒くなってきて。何だか、とても、怖くて。
そろそろ離してほしいと頼んでも、聞き入れてもらえなかった。
それどころか、一度だけとうわ言のように繰り返されて。身体を、まさぐられて。首筋に、息があたって。
一度だけって。抱きしめられるのは了承したけど、それ以上は。逃げたくて身体をよじっても逃げられなくて。気持ち悪くて、怖くて。どうしようもなくなって。
声が、喉に張り付く。
脳裏に、庚の姿が浮かんだ。
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