***
何にでも一所懸命で、バカみたいに素直。
感情がすぐ態度に出る。
そんなところが面白くて気に入っているけれど。
だからと言って、他人にでれでれする姿を見て放置できるほど人間できてない。イラッとした思いのまま地味な嫌がらせを続けること数日、ある程度気は晴れた。
いや本当。単純で面白いったらありゃしない。
気は晴れたけれど楽しくて、先輩イジリが日課になったある日の事。とうとう金本先輩が立ち上がった。
「あ、秋吉っ」
「………」
勇気を振り絞りましたといった様子の金本先輩に、笑顔で手を差し出す。気勢を削がれた金本先輩は、頭にハテナを浮かべながらもオレの手を握る。
本当に。まったく。
「痛い痛い痛いっ」
「ははっ、イヤだな先輩。大袈裟ですよ?」
強く握ってるわけじゃない。ただちょっと痛くするコツがあるだけで。それにしても本当に無防備というか警戒心がないというか。
若干涙目になった金本先輩の手を離し、ニッコリと笑う。
「それで、何の用ですか?」
「あ。えーと、その、あ、秋吉と、話がしたくて」
話。
「ちゃ、ちゃんと話がしたいんだけど…ダメかな?」
「構いませんけど………いい話ですか?悪い話ですか?」
「えっ?ど、どっちだろう?………いい結果になればなとは思ってるけど」
大方、いい加減意地悪をやめてくれという説得だろう。わざわざ改まって話すようなことでもないが、改まって話したいと言うならばのろう。
「じゃあ、夜、先輩の部屋に行きますね」
「オレの部屋?」
「大事な話なんですよね?なら、二人きりでじっくり話せる場所の方がいいかと」
「そっか。そうだね。じゃあ、オレの部屋で」
あーもう。まったく本当に。
オレみたいなの気安く部屋に入れたら危ないってのに。何も考えてないんだから。よく、今まで無事でいられたよな。あ、親衛隊のおかげか。
どうも、オレは生徒会補佐ということでお目こぼしをもらってるみたいだけど。
夕飯を食べ、一風呂浴びてから金本先輩の部屋に向かう。最上階でエレベーターを降りたら、人とぶつかりそうになった。
っぶないな。こんなとこで何を…
「………会長?」
「っ!?………あ、秋吉か」
何をボケッと突っ立ってるんだと思ったら会長だった。振り返った会長は、一瞬悩むそぶりを見せてから手にしていた携帯をポケットにしまう。
「………何してたんですか?」
「な、何でもない。何でもないんだ」
必死に首を横に振ってるけど、耳がほんのり赤く染まっている。これは間違いなくあの影の薄い先輩が関係してるな。あんなののどこがいいのか本気でわからないが。
あ。顔を思い出したらイラッとした。
「………北村先輩とメールですか?」
「っ!?なっ、なっ…?」
「変なこと言われたりしませんか?」
「いや…その、今度、一緒に勉強をと誘われただけだ」
それだけでこんなに赤面してるのか。
そういえば、金本先輩が赤面してるの見たことないような。青ざめた顔はよく見てるけど。
「あ、秋吉はかのとに用か?」
「だったら何ですか?」
あぁ、やばい。素で返してしまった。
「………ちょっと、お呼ばれしまして」
「そうか」
誤魔化されてくれたのかはわからないが、数度瞬いた会長はふっと笑みを浮かべた。
「仲、いいよな」
「………よく見えます?」
「違ったか?オレにはそう見えてたんだが」
「………いえ」
金本先輩、会長に泣きついたりはしてないのか。でもだからといって仲良く見えるものなのか?会長も、よくわからないよな。
金本先輩の部屋の前で会長と別れ、インターホンを鳴らす。しばらくして出てきた金本先輩は、なぜかオレを見ると一瞬びくりとした。
「い、いらっしゃい」
「お邪魔します」
緊張した趣の金本先輩に、リビングに通される。部屋の作りや広さは、二人部屋とほぼ同じ。それを一人で使ってる分、広くはなるが。
出されたお茶を飲みながら、金本先輩が口を開くのを待つ。
「あ、あの」
「はい」
「その」
「何でしょう」
「えっと」
「………」
「お、オレ、秋吉になんかした?」
「………は?」
何かしてるのはむしろオレの方なのだが。
「き、気づかない内に不快にさせてたんだったら、謝りたいなって思って。それで」
あぁ、そっか。そういうことか。
自分が何か不快にさせてしまったせいで、意地悪されてると思ったのか。面白いことを考えるな。まぁ、あえて否定はしないが。
「………名前」
「名前?」
「名前で呼んでくれないから」
「秋吉?」
「じゃなくて」
ふいっとそっぽを向いて、わざと拗ねたような言い方をする。チラリと様子をうかがえば、きょとんとしていた金本先輩が意味を理解し、目を見開いた。
その様に、気づかれぬようそっと笑みを浮かべる。
「え?それだけ?」
「それだけって、自分は会長に名前で呼んでもらえないって泣いてたくせに」
「うっ、それは……で、でも秋吉、オレに名前で呼んでほしかったの?」
「………」
「えっと、庚君?」
「君はいりません」
「こ、庚?」
「はい」
照れくさそうに微笑んで見せれば、金本先輩はあからさまにホッとした。よほど緊張していたようだ。嫌われてると思っていて、実は逆だとわかって安心している。
前に、好きだとちゃんと言ったはずなんだけどな。
「良かったぁー。オレ、てっきり秋よ…庚に嫌われてるんだとばかり」
「嫌いだったらそもそも補佐なんか引き受けませんよ」
「そっかぁ。そうだよねぇ。あ、庚もオレのこと名前で呼んでよ」
名前。
「………えーっと、かなた?かたな?」
「庚っ!?」
「ふっ、冗談ですよ。かのと。………かのと先輩」
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