6 バンッという効果音がつきそうな勢いで、外開きの扉を開け放った人物がいた。 その人物を目にした途端、生徒会室にいたメンバーは皆、判を押したように同じ表情になる。それ即ち、嫌そうな顔、である。 「ふっ……はっ、いい様だな。鳳汰朗!」 嫌そうな顔されても気にせず、むしろ気がつかず、鳳の姿を目にして鼻で笑ったのは福井安吉。一方的に鳳をライバル視している。 涼しげな目元に、筋の通った鼻。ニヒルな笑みを浮かべ、キューティクル輝く黒髪をかきあげる。黙っていればクールな美形で通用する風貌。あくまでも、黙っていれば。 「うわぁ〜…何しに来たんだよ福ちゃん」 「聞いたぞ。貴様、後輩たちに多大なる迷惑をかけているそうだな。これだから、本能で動く動物は。お前たちも、こいつがようやく退任して清々しただろう」 福井の担当は鳳。そう判断し誰もが無言を貫いていた。関わる気は更々ない。だがそれも福井が話しかけなければだ。 まがりなりにも先輩に声をかけられ無視するわけにはいかない。北条は小さく息を吐くと、手を止め顔を上げた。 「そうですね。今現在その後処理に追われているので、用件があるなら手短にお願いします」 用がないんだからとっとと出てけ。 言外にそう告げるが、福井は勝ち誇った笑みを浮かべる。嫌みの通じない男である。 「能のない者を上に持つと、下が苦労するな。聞いたか?鳳汰朗。これに懲りたらもう少し己の身の振り方を考えろ。あぁ、もう会長職を降りたんだったな。遅すぎるくらいだが」 「あーはいはい。後で構ってやるから今は大人しくしてな。忙しいんだよ、オレは」 「何を言っている。オレは貴様の低能ぶりを笑いに来てやったまでだ」 暇人な。 鳳は手を止めずあしらっているが、それでも会話しながらとなるとペースが落ちる。しかもその原因が暇人による冷やかしだ。 一分一秒でも早く仕事を済ませたがっている英のこめかみが、ひきつり始める。何せ彼は昼食もろくにとらずに働いている。 それをなぜ、暇人のせいで足を引っ張られなければならない。直接の害がこちらにきてないにしても。 「大体なんだ?その手首からぶら下げているものは。貴様にはお似あ…」 「………っ」 「はい。そこまでッスよ」 ダンッと、英が机を叩きつけた瞬間、全く別の声が割り込んできた。 ていっと福井に足払いをかけ、拘束したのは見た目が派手な生徒。染め上げられた金髪に、着崩した制服。不良にしか見えない風貌だが、これでも風紀委員である。名は風祭翔。 「おい、風祭。先輩に対して失礼だぞ」 「すんませんね。委員長の命令なもんで」 「委員長はオレだ」 「‘元’ですよ」 そう言いつつ前に進み出てきた一人の青年、深川仙太郎。わずかに茶色がかった黒髪。人の良さそうな笑みを浮かべ佇んでいる。 「すみません。ウチの者が迷惑をおかけしました」 「おー、回収ご苦労さん」 ひらりと手をふった鳳に、深川は笑みを深める。 「ところで会長」 「会長はあっち」 あっちと鳳は北条を指差す。つられてそちらを見た深川だが、すぐに視線を戻した。名を挙げられた北条は、我関せず手を動かしている。顔を上げもしなかった。 「………ところで鳳先輩」 「なんじゃらほい」 「夏休みのご予定は?」 「…………」 にこやかな問いかけに、室内の空気が一瞬固まった。 「夏休みの、ご予定は?」 「何?深川はオレの動向が気になんの?」 「はい。とても」 「ふぅ〜ん?」 にやにやと鳳が笑う。それに呆れたようなため息をこぼしたのは誰だったのか。 「夏休みはなぁ。北条にお願いされてっからここに缶詰だな」 「北条」 「後処理が済めば必要ない」 ぐりんと勢いよく視線を向けられた北条は、手を止めず顔を上げもせず言葉を突き返した。 関わりたくなどない。 「鳳先輩」 「んー?」 「だ、そうですよ」 「らしいなぁ」 ずいっと一歩前に進み出る深川。 その表情は心持ちキラキラしている。わずかに興奮している。 「では、‘彼’に会われるんですね?」 「さぁ?どうだろうなぁ」 「‘彼’に会われるんですね」 ずずいとさらに近寄り、鳳に詰め寄る深川。その様子に鳳はソファにふんぞり返ると片手でペンを回し始めた。 「だったら?」 「是非その場にお供をっ」 「ちょい、待ってな」 ペンを置き、携帯を取り出した鳳はメールを打ち始める。その様子を深川はキラキラした眼差しで見つめる。まるで飼い主に待てをされた忠犬のように。 やがて、メールを送信し終えると、鳳はにっこりと笑顔を向けた。 「今、メール送っといた」 「鳳先輩!」 「この夏は音信不通になるって」 「鳳先輩!?」 なぜそんなとすがりつく深川。鳳は大袈裟に首を横にふった。 「おいおい、そんなにひっつくなよ。華姫が妬くだろ」 「英?なぜここで英の名が…はっ、まさかお前鳳先輩のこと……」 「違いますあり得ません。変な邪推はよしてください」 突然名を出された英が、ピシャリと否定する。 「ですが仕事の邪魔なので、そろそろお帰りください」 「そうっすよ、委員長。大体オレら見回りの途中じゃないッスか」 「しかし…」 「それに渡すもんあるんでしょうに」 「………そうだったな」 ふぅと息を整え、それでもまだどこか名残惜しそうにしながらも、深川は北条に近づいた。 そして手にしていた書類を渡す。 「これを」 「………なぜ深川がこれを?」 「途中で陽姫様に会った」 「陽姫?」 風祭に拘束され、大人しくしていた福井が、その名に反応する。それに一瞬視線を向けてから、深川は言葉を続けた。 「福井先輩がここに向かうのを見て、来る気が失せたと」 「なぜだ?」 心底不思議そうな顔をする福井に、白い視線が一旦集まった。 ふぅと息をついた北条が、礼を言って差し出された書類を受け取る。そして中身を確認し始めた。 「確かに。すまないな」 「いや。陽姫様は高藤に頼まれたそうだ。鳳先輩がいるなら嫌だと言われ」 「茗ちゃん、鳳先輩苦手だもんねぇ」 しみじみと鳴海が呟く。それに異を唱えるのは鳳自身だ。 「可愛がってやってるのになぁ」 「鳳せんぱーい、茗ちゃんはそれがヤなんですって」 「…………高藤」 ほのぼのとした会話の中に、深川の呟きが溢れた。 「やはり今年の姫は高藤になるのだろうか」 「今のところ最有力候補だな」 「本人嫌がってますけどね」 茶化すように言う鳴海。英は当たり前だと、息をついた。選ばれてしまった英は、その煩わしさをよく知っている。 「くっ…高藤よりも彼の方がふさわしいのにっ」 「校内のイベントだからな。学外の人間が選ばれることはない」 「そもそもあいつ、目立つの嫌いだし。なのに姫に推すとか。嫌われんぞー」 「それでもっ姫にふさわしいのは彼だけなんだ!」 バンッと勢いよく生徒会室を飛び出していってしまった。それにはぁと息をついたのは、風祭。 「すんませんね。ご迷惑おかけして」 「いや。さっさと連れ帰ってくれればいい」 「りょーかい。ちなみに久遠寺は陽姫さんが連れていきましたよ。背の高さが必要だと言って」 「わかった」 まだ話があると喚く福井を引きずり、風祭も生徒会室を去っていく。ようやく静寂が訪れた。 「何てかさー」 静まり返った生徒会室に、鳴海の呟きが溢れる。 「もういっそ風祭が委員長なっちゃえばいいのにね」 < [戻る] |