4 「う〜…」 呻き声をあげる千尋を、後ろからぎゅうぎゅう抱き締める。洗いたての髪の匂い。密着する素肌。イケナイ気が起きそうになるのを抑えて、幸せに浸る。 只今、恋人と入浴中。 絶賛幸せ中。正に作戦勝ち。 今絶対顔にやけてる。見なくてもわかる。だって幸せすぎてどうにかなりそうだから。 試験中は友達と勉強するからって会えなかった。試験後はスムーズに済むはずの生徒会引き継ぎにまさかのトラブル発覚で、処理に追われて会う時間が作れなかった。 処理にはまだ数日かかるけど。通常業務にプラスだからかなりの量になってるけど。しかも元凶のバカは反省するどころか仕事ほったらかしてほっつき回ってるけど。そんでもってムカッ腹立ったので、土手っ腹に穴開けてやりてーなー…なんて、思ったりもしてたけど。 でも部屋に戻ったら千尋が待ってる。 それを思うだけでテンションは上がるし、実際帰ってきて抱きついただけで一日の疲れは吹っ飛んだ。 しかも夕飯作って待っててくれてたなんて、嬉しすぎる。 朝起きたら隣にいて、行ってらっしゃいってお見送りしてくれて、帰ったらお帰りなさいってぎゅうってして。 一緒にご飯食べて、一緒にお風呂入って、一緒に寝て。また一緒に起きて。明日も明後日も明明後日も。 まるで新婚家庭みたいに。 幸せだ。 こんなに幸せで良いのかっ!?てぐらい幸せだ。表情筋弛みっぱなし。もう夏休み終わらなければ良いのに。そしたらずっと一緒にいられる。 「うぅ〜…」 「ちーぃ、どうしたの?」 呻き声をあげたままの千尋。その後頭部に頬擦りをして問う。顔を覆っていた両手を外し、僅かに振り返る気配がした。 「………………先輩」 「ん?」 頬擦りを止め、顔を離せば眉尻を下げた千尋が極至近距離に。コツンと額を合わせて覗き込むと、視線をさ迷わせた。 「言ってごらん」 「……いえ、ちょっと自己嫌悪を」 「自己嫌悪?」 「先輩、疲れて帰ってきたのに、オレのせいで余計疲れさせてしまって…」 いや、無理させたのはむしろこっちなんだけどね。だってあまりにも嬉しいことを言ってくれるんだもの。押し倒したくなるに決まってるじゃないか。なんとか抑えたけど。 「僕は平気。ちぃこそ大丈夫?」 「………だい、じょぶ、です」 ついと視線をそらして答える。 心配かけまいとしてるのがありありとわかる。きっと、自分から言い出したのだからとか思っているのだろう。そう仕向けたのはこっちなのに。 かわいいなって思うと、どうしてもニヤけそうになってしまう。 キス、したいな。 でも止まらなくなる自信がある。流石に自重しないと。 昨日の今日でだったし。さっきは最後までしなかったけど、それでも辛いはず。 というか昨日が無茶しすぎた。ほぼ丸一日とか。自分の若さが怖い。千尋は何度も意識失ってたし。目を覚ます度に身体を重ねて、また気絶して。ヤってる記憶しか残ってないだろう。 反省はしている。でも後悔はしていない。 むしろドロドロのデロデロに甘やかせて蕩けさせて、足腰立たなくさせてしまえばずっと傍にいられる。鎖なんて必要ないくらいに。 そうしてしまおうかな、なんて。 「……先輩?」 首をかしげた千尋に、何でもないよと伝える。とりあえず、今日はもう我慢しないと。いくらなんでも負担をかけすぎてしまう。 この部屋から出られなくなるくらい可愛がるとしても明日から。 ………………そんな邪なことを考えてたせいか、ばっちりバチが当たった。 「千尋くん。向こうむいて」 「はい」 風呂上がり、ソファに並んで座り千尋くんの髪をドライヤーで乾かす。指に触れる髪の感触が楽しい。 何より、同じ石鹸。同じシャンプーだから同じ匂い。 「先輩?終わりましたか?」 「うん」 「なら、かわってください」 「………もう少しこのまま」 「ダメです。早く乾かさないと」 後ろから抱きついて匂いを嗅いでいると、早く離すようにと促されてしまった。苦笑したのが気配でわかる。渋々と離れ、ドライヤーを渡した。 少し考え、ソファから降りて千尋の前に座る。 「あ、すみません」 カチリとスイッチの入る音と共に、後頭部に温風が当たる。 慣れないながらも、丁寧に髪を乾かされる。その手つきが何だかとても気持ちよい。 足の間に背を寄せ、真横にある膝の上に片腕を乗せた。人の温もりが心地好く、微睡みそうになった。 「………先輩?終わりましたよ?」 「………ん?」 「寝てます?」 「……起きてる、よ」 少し、うとうとしていたけど。髪を掬っている動きが眠気を誘う。 「……せん、ぱい」 「んー?」 「寝るなら、ベッド行きましょう?」 「………ねるの、もったいない」 クスクスと、柔らかな声が聞こえる。 ここのところ根をつめていて、昨日は調子にのって、テンション高いのが持続していた。知らない内に、疲れがたまっていたのだろう。 今朝、きちんと起きられたのは、きっと浮かれていたせい。遠足前の小学生みたいに。 久方ぶりの、千尋とのゆったりとした一時。気か緩んで、スイッチが切れたような状態になってしまった。 「大丈夫ですよ。オレは明日も明後日も明明後日もここにいます」 あぁ、いいなぁ。 何がかはわからないけど、なんかすごくいい。 「だから、今日はもう寝まししょう?」 翌朝は千尋よりも早く起きた。 気持ち良さそうに眠っている千尋をしばらく眺めてから、ベッドを出る。身だしなみを整えて、朝食を作って、もう一度、ベッドに戻る。 起こそうか、起こすまいか。悩みどころだ。 ベッドの縁に腰掛け、考えながら髪を撫でていると、千尋の瞼がゆっくりと開いた。 「おはよう」 「……おは、よう、ござ、ま…」 「ふふっ、どうする?まだ寝てる?それともご飯食べる?」 「起き、ます」 もぞもぞと身を起こし、んーっと、のびをする。 「……先輩。もしかしてもう朝ごはん作っちゃいました?」 「うん。何かリクエストあった?」 「……いえ。ありがとうございます」 申し訳なさそうな顔をしている。きっと、自分で用意しようと思っていたのだろう。 手を伸ばして、前髪の寝癖をちょいちょい直す。 「……先輩」 「ん?」 「やっぱり昨日、疲れてましたよね?」 じっと見つめてくる千尋に向き合う。 「オレ、負担になりたくないので決めました」 「………何を?」 「ザッツ・禁欲生活!です」 拳を握りしめ宣言する千尋。決意に満ちたまっすぐな眼差し。けど、あれ?今なんて言った? 「………………え?」 「先輩、忙しくて疲れて帰ってくるのに、オレのせいで余計疲れさせるわけにはいきません」 「ちょっ」 「わざわざ宣言するようなことではないんですが……一緒にいるとその…どうしてもイチャイチャしたくなってしまうので」 「それは…」 「だから、きちんと伝えておこうと思って。オレが抑えられなくなってもビシッとつっぱねていいですからね」 「千尋っ」 「あ」 「え?」 「名前、呼び捨て。珍しいですね。なんか照れます」 恥ずかしそうに視線をそらす仕草がかわいくて、思わず抱き締めたくなった。 って、違う。そうじゃない。 「……気にしなくていいんだよ?」 「そうはいきません。先輩は副会長になるんですよ?それを一生徒のせいで過労に追い込むわけにはいきません」 どう言ったところで決意は変わらないよう。ここはこのまま流して、いつもみたく雰囲気作って千尋のスイッチを入れてしまえばいい。 いつもの無防備さとは異なり、流されまいとしているのをその気にさせるのも一興だ。とか考えてたら、そうは問屋が下ろさなかった。 「もし、我慢が効かなくなったら、オレ帰りますね」 「え?」 「迷惑はかけたくないので。頑張りますね。レイ先輩」 どうしてこうなった。 <> [戻る] |