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「ただいま」
「おかえりなさい」

 宿題をしていると、先輩が帰ってきた。立ち上がるのはまだ少ししんどい。座ったまま両手を伸ばすと、ギュッと抱き締められる。

「お疲れさまです」
「ん」

 首筋に顔を押し付けられ、くすぐったくってわずかに身をよじる。回した手でなるべく優しく先輩の背を撫でた。

「ご飯食べます?それとも先にお風呂にします?」
「ちぃを食べたい」
「……無理です。昨日の今日で勘弁してください。体がもちません」
「わかってるよ」

 クスリと笑って、先輩が僅かに身を離す。頭をそっと撫でられ、頬に手を添えられてコツンと額を合わせる。

「ご飯って、もしかして作ってくれたの」
「あ〜…はい。一応」
「じゃあ、少し早いけど、先にご飯食べたいな」
「……あまり、期待しないで下さい」

 初めての手料理と喜んでくれるのは嬉しいけれど。

 まともに料理すること事態が初めてなので、目標としては美味しいものをではなく、食べられるものをなのだ。

 こんなに喜ばれるなら、もっと練習してから披露した方が良かったのでは、なんて思ってしまった。

「じゃあ、支度してきますので、先輩は……」
「あ、座ってて良いよ。後は僕がやるから」

 よっこいしょと、立ち上がろうとしたところで、先輩に押し止められる。まだ、立ち上がるの辛いでしょと。

「ダメです。オレがやります。せっかく作ったんだから、最後までやらせてください」

 確かに体はまだ辛いけど、てかこんなに後をひくなんて昨日どんだけとか思うけど。疲れてるのは先輩も同じなのだ。

 しかも、オレは今日一日休んでたけど先輩は朝から生徒会の仕事をしていて、これ以上働かせられるわけがない。

 ゆっくりと休んでほしい。

 先輩の頬を両手で押さえて、じっと睨み付けると少しだけ困ったような表情になった。

 困らせたくはない。けど、ここは引けない。

「先輩は着替えてきてくださいね。わかりましたか?」
「………わかりました」

 渋々と返事をする先輩に満足する。けど、立ち上がる時に先輩の手を借りてしまったのは、情けなかった。

「えっと、お待たせしました」
「ふふ、いただきます」

 嬉しそうに箸をつける先輩を、じっと見つめる。

「うん。おいしい」

 良かった。つめていた息を吐く。食べた瞬間にうっとなったらどうしようかと思った。

 自分も料理に箸をつける。うん。不味くはない。格別美味しくもないけど。

 やっぱり、見た目も味も先輩の手料理には及ばないな。

「ふふっ」
「先輩?どうかしましたか?」
「ううん。ただちょっと、千尋くんの手料理食べられて幸せだなって」

 本当に嬉しそうな先輩に、苦笑してしまった。

「そんなに良い物でもないでしょう。一般男子校生の料理の腕前なんてこんなもんですよ」

 きちんと切れずに繋がったままのキュウリを持ち上げて見せる。ちゃんと切ったはずなのになぜ繋がってるのか。

「好きな子が自分のために作ってくれたって事が大切なんだよ。それだけで他のどんな料理よりも美味しいんだから」
「好きな子ってオレですか?」
「他に誰かいると思ってるの?」
「いえ。いたら困ります」

 それから、少しだけ首をかしげる。

「でも、その言い方だとゲテ物でも何でも美味しいみたいですよ?」
「うん」
「やめてください。ダメです。そんな危険物は食べないで下さい」
「千尋くんが作ってくれたものでも?」
「ダメです」

 まったく。何を考えているのか。

「でも、千尋くんは変な物出したりしないでしょう?」
「それはまぁ…そうですけど」
「だから平気」

 にっこりと笑みを浮かべられ、反論できなくなる。信用してくれてるのは嬉しい。けど、おかげでふざけたビックリ料理とかできないではないか。

 予定があったわけではないけど。

「先輩」
「ん?」
「それでもやっぱり、好きな人にはできるだけ美味しいものを食べてほしいんですよ?」
「好きな人って僕?」
「違うって言ったらどうします?」
「許さないよ」

 少し意地悪を言えば予想通りの反応で、嬉しくなって笑みがこぼれる。

「え〜と、だからですね、時間あるときで良いんで今度料理教えてください」
「……僕に教わって、誰に作るつもり?」
「先輩にですよ」

 先輩が少し拗ねたような顔してじっと見つめてくる。

「本人に聞くのもどうかと思いましたけど、オレが覚えたい料理の味は先輩の味なんです」

 だから教えてくださいと続ければ、先輩は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「うん。じゃあ、今度ね」
「はい。よろしくお願いします」

 約束して、食事を終え、食器を洗ってると先輩が後ろから抱きついてくる。

「先輩?何ですか?」
「手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。それより先にお風呂に入ってください」
「え?一緒に入らないの?」
「え?一緒に入るつもりだったんですか?」
「………」
「………」

 僅かに身をよじり見つめあう。やがて先輩はにっこりと笑った。

「一緒に入ろうか?」
「遠慮します」
「………何で?」

 何でって、そりゃあ…

「先程も言いましたが、昨日今日ではちょっと……」
「大丈夫。何もしないよ」

 一緒に入るだけだからと言われても。どう言えば良いかわからなくて、視線をさ迷わせる。

 やっぱり、ちゃんと言わないとダメだろうか。

 一度、手を拭いて先輩に向き合う。抱き締めている腕をぎゅうと握りしめる。

「先輩、あのですね」
「うん?」
「オレも、男なんです」
「知ってるよ?」
「ですから、先輩がその気じゃなくてもですもね、その…今自分が抑えられる自信がなくてですね…」

 体力的には無理だけれども、精神的にはまだ足りない。情けないことに。体、鍛えようかな。

 話している内に恥ずかしくなってきて視線をそらす。すると抱きつく腕の力が強くなり、首筋に顔が埋められた。

「せ…先輩?」
「大丈夫。大丈夫だから」

 何かを耐えるかのようにしがみついてくる先輩の背に手を回し、ゆっくりと撫でる。やがて、はぁと大きく息を吐くのがわかった。

「よし。抑えられなくなったら責任とってあげる」
「いえ、あの、だから無理だと」

 おもむろに顔をあげ、良い笑顔を見せる先輩。他人の話を聞いてましたか?

「いれなければ大丈夫じゃない?」
「そういう問題じゃありません」
「どうしてもダメ?」
「……先輩、どうかしました?」
「だって、部屋戻ったらちぃがいるなんて幸せすぎる」

 コツンと額を合わせて、髪を撫でられる。頬を、優しく包まれる。

 あ、やばい。

「幸せすぎて、少しテンション高い」
「せん、ぱ…」

 先輩の唇に塞がれ、言葉が途切れる。柔らかく、下唇を食み離れる。

 じっと優しく見つめてくる瞳から視線をそらせなくて、けれど近づいてくると自然に瞼を閉じていた。

 ゆっくりと、啄むだけの口付け。時折、舌先に唇を撫でられ、もどかしいほどの焦れったさに呼吸が上がってくる。

「…ふ…んっ」

 僅かに口を開けば、先輩の舌が入ってくる。それでも奥までは来ず、入り口のところを舐めたりするだけ。

 あぁ、やばいやばい。

 自分の舌を差し出し、先輩の物に触れさせる。ゆっくりと撫でるように触れ合い、ようやく奥まで入ってきた。

「……んっ、ん」

 スイッチが入る。

 だって、先輩のキスって気持ち良いんだ。

 他の人のなんて知らないから比べようがないけど、凄くうまいんだと思う。ゆっくりと、確実に熱を高められ、何も考えられなくなっていく。

 深く繋がっているはずなのにもっともっと欲しくなって、それでもただひたすら優しく絡められて、どんどん煽られる。

「……んぅっ、はぁ…」

 離れた唇をが名残惜しくて見つめたけど、濡れたそれが視界に入るとより一層、体が熱くなった。

 あぁ、もうダメだ。

「……せん、ぱい」
「ちぃ、ごめんね、邪魔しちゃって」
「……え?」

 すまなそうに眉根を寄せる先輩が、何を言ったのか一瞬理解できなかった。

「洗い物よろしく。僕は先にお風呂入ってくるから」
「……せ、先輩?」
「ん?なぁに?」

 離れようとした先輩の腕を慌ててつかんで引き留める。振り返った先輩はニッコリスマイル。

 もしかしなくともワザとですか?オレの状況わかってますよね?

「どうかしたの?ちぃ」

 どうかって、言わせるつもりなんですか?

 少しだけ視線をさ迷わせ、それからじっと先輩を見つめる。

「……あ、おったのは、先輩です」
「ん?」
「だから…責任とってください」

 絞り出すように言えば、視線の先の顔は満足そうなものに変わった。


「仰せのままに」





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あきゅろす。
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