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■本当のところ
【風紀委員長×会長】
噂に関しての話。




 学園に嵐がやって来た。

 嵐と言っても天候の事ではなく、比喩表現としての嵐。留まることを知らない雨粒も、木々を押し倒す強風も、低く轟く雷鳴も、ましてや大地を飲み込む川の氾濫もあるわけではない。

 けれどそれは確かに嵐だった。

 ここは山奥にある…以下略。

 季節外れの転校生が…以下略。

 身も蓋もなく言ってしまえば、嵐のようにうるさい転校生に人気者達がホの字になり。納得のいかない親衛隊達が怒り心頭に発し。学園内は混乱の極みを迎えた。

 転校生はたった一人。

 その一人のせいでここまでの事態になると誰が予想できただろうか。ただ一人がきっかけで、学園中が大騒動。どんな化学反応を起こしたのかと訊きたい。答えられる者などいないのだが。

 さらにはある噂まで流れ始めた。

 その噂の真偽を巡り、学園内は大混乱。

 曰く、生徒会長が生徒会室でセフレとにゃんにゃんしている。他役員は遊び呆けているんじゃなくて、この事態を打開しようと奔走しているのだ!

 え?あれが奔走しているように見える?
 見えないけど、でも実際生徒会室に親衛隊が出入りしてるとか。
 あ、それ見た。会長の親衛隊じゃなかった。
 放置された他の役員の親衛隊拾い食いしてるんだって。
 えー、会長がぁ?だって、セフレ云々以前にあの人、自分の親衛隊すら近くに寄らせないじゃん。
 だからだよ。自分の親衛隊近寄らせないのに、他の親衛隊呼び出してるから怪しいんだって。
 最近、以前にもまして姿見かけないしなぁ。

 しかしこれらの噂話も、ある出来事をきっかけに収束することとなる。そして、学園内の混乱もまた、同時に解決した。

 それはとある昼休み。

 生徒の多くが集まる学食でのこと。転校生がお供を連れての登場に、辺り一面阿鼻叫喚の騒ぎ。

 しかしこれはもう日常風景。この後が違ったのだ。

 不意に、出入り口の近くから喧騒が収まり始める。やがてそれは徐々に感染し、あれほどまでにうるさかった学食内は瞬く間に静寂に包まれた。

 一人の男の登場により。

 何か言葉を発したわけではない。ただまっすぐに足を進めただけ。それなのに、あまりにも威風堂々とした貫禄に気圧されて、誰もが口をつぐんだ。

 彼こそがこの学園の生徒会長。

 長らく姿を消していた彼の登場に、皆、ようやくこの混乱が収まるのだと確信した。

 噂の事などすぐに消し飛んだ。彼の姿を目にすれば、何が事実かなど一目瞭然。あんなこと、あり得るわけなどないと言い切れる。

 足を止めたのは転校生たちの前。わめく転校生に、会長はただ静かに耳を傾ける。そして、口を閉じるのを待ち、言葉を発した。

 静かに、深く染み渡る声でゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。けれどそれも転校生には通用しない。

 自身の望むものとは異なる会長の言葉。腹をたてた転校生は、今度は口を挟む隙間も与えずわめき散らす。さらには他役員たちまで便乗し、会長をつるし上げ。

 そんな状況になっても会長は聴く体制を崩さない。内容がどんなにくだらないものでも、己に向けられたものならば耳を傾ける。

 その、真摯な態度に生徒たちは胸を打たれた。

 黙って見ていられないと、飛び出したのは役員たちの親衛隊。親衛対象ではなく会長を擁護する姿に、役員たちはまなじりを上げる。

 エスカレートしていく口論に、皆気をとられていた。

 あっ、と誰かが声をあげた瞬間、会長の身体から力が抜けふらりとよろける。床に倒れ込む寸前、抱き止めたのはいつの間にか現れた風紀委員長。

 腕の中の会長を見つめる瞳は、ひどく優しく愛しげで。誰もが目を疑う。

 確か二人は仲が悪かったはずなのにと。

 会長を抱えあげた委員長は、殺気に満ちた目で役員たちを竦み上がらせると、高らかに事実を告げた。

 役員達が仕事放棄を始めてから、彼らの分まで会長が処理していたこと。親衛隊たっての願いで、リコールしない代わりに戻ってくるまでの間、手伝いを受け入れていたこと。そもそも、リコールする意思はなかったこと。

 これを聞いてなお、会長を罵倒したりするのならば、オレがお前らを許さない。

 そう、声高に宣言した委員長に、副会長は思わずなぜと訊ねていた。

 なぜ、あなたがそこまでするのかと。

 その問いに、委員長はふっと表情を緩める。そして答えた。

 んなの、こいつが大事だからに決まってんだろ、と。

 その後、意識を戻した会長に役員たちは土下座してこれまでの所業を詫び、学食では仲睦まじく食事をとる会長と風紀委員長の姿が目撃されるようになった。

 と、ここまでが一般に知られている話。

「申し訳ありませんでした」

 会長が目を覚ましたとの連絡を受け、副会長以下役員は会長の部屋を訪れた。ベッドの上で身を起こした会長に、一列に並んで土下座する。

 倒れた会長は以前よりやつれて見えた。当たり前だ。いくら親衛隊がスケットに入っていたとはいえ、任せられることはたかが知れている。

 膨大な量の仕事を、たった一人で抱えていたのだ。倒れない方がおかしい。

「謝って済むことではないとわかっています。許してくれとは言いません」

 倒れた会長を、運ぶ委員長を見てようやく気がついた。回りが見えなくなっていたことに。

 初めての、恋だった。だから余計に盲目になっていた。けれど、そんなことは言い訳にしか過ぎない。

 仕事を放棄する、他人を陥れる理由になどなりはしないのだ。

「ただ、一度だけチャンスを下さい」

 リコールの意思はないと委員長は言っていた。けれど本人から聞いたわけではない。何よりも、善意の上にあぐらをかくわけにはもういかない。

 ケジメだけはつける必要があるのだ。

 返事のないことに不安を感じ、副会長はわずかに視線をあげる。そして目にした。シーツを握りしめる会長の手が震えているのを。

 この人は、一体どんな思いを抱えて自分達が戻るのを待っていたのだろうか。どれ程の、思いで。

「………わかった」

 絞り出すように告げられた返答。掠れたその声に、皆はっと顔をあげた。

 会長は顔を背けている。役員たちを視界に入れぬように。だから、どんな表情をしているのかは全くわからない。

 彼が、倒れるなど思いもしなかったのだ。王者の風格を備える会長は、常に堂々としていて。この人の役に立ちたいと、認めてもらいたいと共に仕事をしてきたはずなのに。

 彼は決して弱味を見せなかった。隙など微塵もなかった。それに、焦りを感じていた。彼に、自分たちなど不要なのではないかと。

 そんな時に現れた愛しい人。どうせ、自分たちなどいなくても彼は気にしない。ひねくれて歪んだ想いから、恋に現を抜かした。

 だが、いくら王者の風格を備えていようと、彼が完璧であろうと、ただの人に過ぎない。同じ、高校生なのだ。

 無理が祟れば倒れるに決まっている。

 思い起こせば、認められていなかったわけではないのだ。厳格な彼の空気は、それでも自分たちといる時わずかにではあるが柔らかくなっていたというのに。

 今さら気づいてももう遅い。すでに溝はできてしまった。だが、気づけたのだから諦めたりはしない。これから挽回する。

「………会長は、しばらく休息をとってください。その間は私たちが責任を持って働きます」

 頑なにこちらを見ない会長にじれったさを感じる。けれど、今は仕方がない。これからだ。

 部屋を後にしようと立ち上がる。ドアの横で壁に寄りかかる風紀委員長が目に入った。緩やかに腕を組み、片手で口元を覆っている。やはり俯いていて表情はわからない。だが、その肩は震えていた。

 怒っているのだろうか。きっと、怒っているのだろう。

 大事だと言っていたのだ。その相手を追い詰めた人間を、許せるわけなどない。

 二人は確かに仲が悪かった。けれど仕事放棄をしている間に何かあったのだろう。自分たちが失ってしまったものを、委員長は手に入れたのだ。

 口を出すことは許されずとも、この場に同席することは許されるほどに。

 忸怩たる思いを抱え、パタンとドアを閉じた。

 パタンとドアが閉じ、会長はますます顔を俯かせる。手の震えは今や腕にまで伝わり、もはや抑えることはできないと枕を掴み力強く投げつけた。

 風紀委員長に向かって。

「っ、笑うなぁっ!ばかぁっ!」
「無理っ!腹よじれるっ!」


 身体を折り曲げて笑い転げる委員長を、会長は若干の涙目で睨み付ける。委員長が押さえていたのは怒りでなく笑い声だった。

 実は会長、周囲の言うように過労で倒れたわけではない。

 そもそも、限界を迎えたのは食堂ではなく親衛隊がスケットに入った三日後だった。書類の不備を見つけた委員長が生徒会室に向かう途中、虚ろな会長と出くわせた。

 一言二言、委員長が嫌みを口にしようとした時、会長プッツン。恥も外聞もへったくれもなく泣きじゃくった。

 委員長は驚いた。しかも内容をよくよく聞いて二度驚いた。会長は、仕事の量だとか誹謗中傷だとかに追い詰められたわけではなかったのだ。

 知り合ったばかりの先輩(親衛隊隊長ら)と密室にいる緊張に耐えられない。

 会長は極度の人見知りだった。

 これがきっかけとなり二人は親しくなる。仕事に関して疲れをためるようなことは全くなかった。

 ならばなぜ、食堂で倒れたのか。

 口を挟むことを許してくれない転校生。少し馴染んできた役員たちによる罵倒。良くしてはくれてるけどまだ怖い先輩たちによる援護。そして、周囲からの視線。

 にっちもさっちもいかなくなって、頭が真っ白になりかけた時、背に触れた温もり。大丈夫か?という優しい声に安心してしまった。そしたら一気に気が抜けて、気がついたら気を失っていた。

 これがかの有名な食堂事変の真実。

 噂と現実のあまりの落差に委員長はつぼった。

「で?何で食堂なんかに行ったんだ?」
「うー…」
「言ってみ」

 気がすむまで笑った委員長が、ベッドに腰かける。目元はまだ笑っている。

「…先輩たちが食堂限定プリンの話をしてて…気になったからさっと行ってさっと帰るつもりだったんだ」

 そしたら役員たちがいて、挨拶した方がいいと思い近づいたらあの騒ぎ。

「くくくっ」
「笑うなっ」
「悪い、悪い。でも、なら明日一緒に食堂行くか?」
「行くっ!」

 嬉しそうに顔を輝かせた会長。委員長はやっぱ無理と再び笑い転げた。





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あきゅろす。
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