β 二年に上がった始業式の日、クラスに顔を出したら友達に何でいんのと訊かれた。 え?何それいじめ? 「いや。転校したんじゃなかったっけ?」 「え?何それ」 「あ。オレもそう聞いた」 「そーそー。こないだお別れ会したじゃん」 「え?何それ」 「ほれ、こないだカラオケいったべ?」 え?あれお別れ会だったの?てかオレ転校なんてしねーよ? 「………あー皆もう知っていると思いますが、五十羅くんが今週一杯で転校します」 「ちょっ!先生!オレ、転校しねーって!」 「はぁ?何言ってんだ。親御さんからちゃんと連絡きてんぞ」 「はぁっ!?」 家に帰って両親とっちめれば、何を今さらという顔をされた。 「父ちゃん転勤で来週からイギリス行くから」 「聞いてねぇよっ!?」 「言ってねーし」 そりゃないぜ父ちゃん。 何で本人だけ知らないで、周りは皆知ってんだよ! 「つーか編入試験は!?」 「ちゃんと受けただろ。この前」 「はっ!まさかあの受からなきゃ進級できないと言っていたっ!?」 「それ。全寮制だから」 聞いてねぇよ! 「お前、英語無理だろ。だからこっち残れ」 「転校するまでもねーだろ!一人暮しとか……」 「え?一人暮らし?真行が?あははははっ、うっけるー」 さんざん笑い倒した後真顔で、 「それ無理だから」 そりゃないぜ母ちゃん。 「……つか何で来週から。せめて新学期と同時だろ?」 「だって、ギリギリまで一緒にいたいじゃないか。なー?」 「ねー?」 もうヤダと思っても、すでに手遅れで。新しい学校の門を叩くこととなった。 餞別だと友人たちに渡された眼鏡に関しては何も言うまい。バカだとばれない様にって。ウケ狙いとしか思えねーけど。 案内をしてくれた正己先輩は、最初こそ取っつきにくかったけど話す内に仲良くなった。てか、何かなつかれた感じ。 同室になった乙葉は、名前と違って男らしいけど何か色っぽい?ですごくいい奴だった。 片付け手伝ってくれたし、料理上手いし。母ちゃんから預かった手紙渡したら難しい顔してたけど。 で。初登校の日、壬延と出会った。 壬延は隣の席で。口数が少なくて大人しい奴なんだけど、何かたまにすごく楽しそうな顔してる。誰も触れてくれなかった眼鏡に関しても、 すごくいいね。 って。突っ込みじゃなかったけど、嫌みとかでもなくて。本当にそう思ってくれてるんだって、何かおかしかった。 いつもニコニコしてて。オレがわがままとか言っても、ちょっと困ったように笑ってて。側にいるとほっとするのにテンション上がって。離れたくなくなる。 「………なー乙葉ー。この学校バイとかゲイとか多いんだよな?」 「………多いな。それよか、脱いだ制服ちゃんとかけとけよ。シワになるだろ」 「や、やっぱ壬延もそうなのかな!?」 「………………気になるのか?」 「や、別に深い意味ねぇよっ!?ただ、外部生でも染まったりするのかなって!」 「人によるだろ。ある程度免疫はできてんだろーけど」 「だよなぁ」 「………って、寝る前に菓子食うなっ!もう一度歯、磨いてこい!」 乙葉は母ちゃんみたいだ。 側にいればいるほど、もっと一緒にいたくなる。離れるのが嫌で、誰よりも近くにいたくて。だけど壬延は時折ふらりと姿を消す。 そんな時はものすごく不安になる。どこで誰と何してるんだろって。壬延が知らない奴といるってのが嫌で。知らないところで笑ってるってのも嫌でたまらなくて。 乙葉とか、皆のことは大好きだけど、壬延のことは特別だった。 もっと、ずっと一緒にいたいし、触れていたい。触れてほしい。オレのことを見てほしい。 その感情の名前なんて、わざわざ考えるまでもなかった。 幸いというか、壬延は目立つ方ではなかった。だから、ライバルなんていない。一人でいることが多かったらしい壬延が、一緒にいてくれるんだから望みはあるんだろう。 親友に、なれたんだ。このまま壬延の特別になれたらって、そう、思っていたのに。 目の前で起きていることを理解したくない。 もうすぐ新歓だって話になって。かのとたち生徒会が主催だって聞いて。そろそろ準備が始まるから、できることあるならって手伝うことになって。皆で生徒会室に来て。 そこまでは良かったんだ。だけど、休憩しようってなって、壬延が飲み物用意しに行って。かのとと正己先輩が隣に来たから壬延の席がなくなって。 似たようなことはしょっちゅうあったけど、この後がいつもと違った。 いつもはいない静癸に、壬延が飲み物を渡しに行った。ふと、そっちを見たら、信じられない状況になっていた。 「壬延っ!?」 思わず立ち上がる。かのとに腕を掴まれて、それ以上動くことはなかった。けど、それがなくって動けなかったと思う。 だって。何で。壬延が、静癸の頬に触れている。それも、メチャクチャ優しい目で見つめながら。 壬延は、手を繋いだり抱きついたりしても嫌がりはしない。でも、自分から触れることなんてなかったのに。なのに何で静癸には……。 そのまま、壬延は静癸の隣で休憩をとっていた。オレは正己先輩たちと話ながらも、そっちばかりが気にかかって。 だって、壬延は口数が少ないんだ。いつも人の話を聞く側で。なのに、聞こえてくる会話は壬延からふっていて。 頭ん中モヤがかかったみたいに何も考えらんなくなった頃、休憩が終わった。 正己先輩にふられた仕事を、乙葉が壬延に知らせに行った。何でかわかんないけど、怖くて壬延たちの方を見れずにいたら様子がおかしくなった。何だろうと視線を向けて、後悔する。 壬延が静癸を抱き締めていた。 頭にかっと血がのぼった。よく見れば静癸が気を失っていたのがわかるのに、そんなとこまで気が回らなくて。 壬延が静癸を抱き上げて仮眠室に運ぶのを、見ていたくなくて拳を握りしめて床を睨み付けて。 保健室の先生が帰って。仕事を再開して。途中で壬延が静癸の様子を見に行った。 少し待ってみたけど、でもやっぱりどうしても気になって。もうそろそろ帰るからと口実に、仮眠室のドアを開けた。 壬延はドアに背を向けているからどんな表情をしているのかわからない。けど、静癸は顔を真っ赤にしていて。すごく、嬉しそうで。その上、 「静癸」 って呼ぶのが聞こえた。 何でだよ。オレのことは何度言っても真行って呼んでくれなかったのに。どうして。何で。 ずるい。だって、そこにはオレがいるはずだったのに。オレが壬延の特別になるはずだったのに。どうして静癸がそこにいるんだよ。 だって、二人が話してるとこなんて今まで見たことない。オレの方が仲良かったのに。オレの方が、先に、好きになったのに。 それとも、ふらりと姿を消したとき会っていたとでもいうのか。そんなの嫌だ。 「……壬延!」 「………何?五十羅くん」 振り返った壬延は、いつもみたいな優しい笑顔なのに。何だか別人みたいでひどく不安になる。 「………静癸、もういいのか?」 「あっ、ああ。心配かけて悪かった」 「いや。ゆっくり休めよ。ほら、壬延!オレらはもう帰るぞ!」 「………じゃあ、後でメールするから」 「あ、ああ」 ゆっくりと立ち上がった壬延が、近づいてくる。甘えるように背中に抱きついた。一瞬、振り返った先の静癸が、不安そうな顔をしていた気がしたけど。 チクリと、刺さった小さな棘を無視して、離すものかと壬延に引っ付いた。 「………壬延。オレたち親友だよな」 壬延の特別は、オレだよな。 「………もちろん」 いつもならない返事に小さく笑みが浮かんだ。嬉しくって、引っ付いたまま乙葉と三人、寮へと向かう。 「あ、そうだ。五十羅くんに相談したいことがあるんだ。部屋に来てもらってもいい?」 壬延からの相談も、部屋への招待も初めてだった。前に、誰も部屋に呼んだことないって言ってた。 オレだけ。断るわけがない。けど、すぐにそれを後悔することになる。 「実は今、気になる人がいるんだ」 「………………え?」 緩やかな笑みと共に告げられた言葉。頭が理解するのを拒否する。 何で。どうして。こんな話、聞きたくなかった。 頭ん中真っ白で。胸が苦しくって。何も、言葉が出てこない。 「応援してくれるよね?親友なんだから」 自分の言葉に、首を絞められるなんて。 <> [戻る] |