ケンカするほど… 話をすることに関しては別に良いのだけど、シキは何か、早く帰ってほしそうにしてるし。ならば、外でと頼む手もあるんだけど…今から外に出ると時間が。 チラリと時計に目をやる。 「………椿、そろそろ昼飯」 「あ、うん」 シキが気になってたことを口にしてくれた。 「……志渡さんは…」 「それは気にすんな」 「あ、お構い無くー」 お構い無くと言われても。帰る様子もなさそうだし、どうしろと。わざわざ志渡さんの分も用意するのはなんだし。そもそも、食器がないし。 ………まぁ、いっか。どうにかしよう。 帰れ。帰らないの押し問答を再開した二人を残し、台所へと向かう。 ご飯、あるし。この間の鮭残ってるし。おにぎりにでもしよう。少し多めに作って。余ったら、後で茶漬けにでもして。 漬け物は楊枝でとればいいし。汁物は無しで、代わりに熱いお茶をいれればいいか。 ボウルにご飯をよそい、別のボウルに水を張る。大皿の上に握ったご飯を並べていった。 お茶。食器の数は最小限なのに湯飲みは幾つかあるんだよな。コーヒーカップより多いし。お茶が好きならわかるけど、いつも飲んでるのはコーヒーだし。 棚の奥にはお抹茶用の茶碗があった。お抹茶、飲むのかな。探せば茶箭とか出てくるかな。 つらつらとそんなことを考えていると、シキが入ってきた。 「……握り飯か」 「あぁ…うん」 「気にすんなつったろ」 「でも、鮭使いたかったし」 呆れたような嘆息をシキが漏らす。仲が良いとか悪いとか。多分シキは悪いつもりで、志渡さんは良いつもりなんだろうな。 「……志渡さんは?」 「あぁ…今、お前のクロスワード見て、頭か抱えてる……何だあれは?」 「何って…クロスワードパズル?」 自分でも言ったのに。何と問われても。 「……空欄に縦横それぞれのヒントを元に単語を埋めていく、言葉遊びのパズルゲームだよ」 「そうじゃねぇ……英語でか?」 「うん。英語だね」 眉間に皴を寄せてじっと見られているけど、何が納得できないのかいまいちわからない。 「……学校の先生が自習用に作ってくれた」 「自習用に?」 「うん」 「クロスワードパズルをか?」 「うん。その方が楽しく勉強できるからって」 まだ納得できていないみたいだけれど。まぁ、いいや。 「それより何か用?」 「いいや」 わざわざクロスワードの事を訊きに来た訳じゃないだろう。そう思ったのだけれど否定された。 否定したのに何をするわけでもなくただいる。何なのだろうか。僅かに首をかしげて、考えてみる。 志渡さんから避難してきたのかな? 「……大丈夫?」 「……何がだよ」 「絵に集中できなさそうなら、志渡さんと外行くけど?」 「………」 帰る気は全く無さそうだし。それでもって集中できなくてうろついてるのかと思ったのだけど、何か、変な目で見られた。 「そんなんじゃねぇよ」 「そう?」 それなら良いのだけど。 「………大体、それはこっちの台詞だ」 「………ん?」 それって、どれだろう。 手を洗って、ボウルの中の水を捨てる。ご飯を入れていた方は水に浸けて。 ………もしかして、心配してくれたのだろうか。 確かに、勢いに圧倒されてはいたけれど。それに気づいて、気にかけてくれたのだとしたら。様子を見に来てくれたのだとしたら。 「………絵、まだかかりそうなの?」 じわじわと込み上げてくる感覚を振り払い、声をかけた。 「いや。あと一息だな」 「そう」 「けど納得いかねぇ。いっそ、描き直したいな」 「そんなことしたら、間に合わなくなるんじゃない?」 「だな」 ふっと、笑う気配が隣からした。何となく見る事ができず、漬け物を用意する。すぐ横の気配が、気になって仕方がない。 今、どんな表情をしているのか。何を思っているのか。……って、 「あ、つまみ食い」 のびてきた手に皿の上から一切れ盗みとられる。思わず顔を上げた。 「何だよ」 ポリポリと良い音をシキがたてる。何か文句あるのかと。どうしてこう、悪戯が成功したみたいなしてやったりという顔をするのか。 「……怒られるよ」 「誰にだよ」 「……未紗さん?」 「………誰だ?」 楽しそうな顔が一転。不可解そうなものに変わった。少しだけ、気が晴れる。 「サエさんのお姉さん」 「……あぁ」 実際、光太とかが怒られたことあるから出てきた。 「これでしまいか?」 「……え?…あ、あとお茶も。もう終わるから、向こうで待ってて」 急須を出してそう言うと、何故か顔をしかめられた。 「いちゃわりぃかよ」 「悪くはないけど……」 良いも悪いも、ここはシキの家だから文句の言い様はない。でも本当にもう終わりだから、いても何もないのに。 そんなに志渡さんの事が苦手なのかな。 「……ん?」 「ん?どうした?」 「……何でもない」 気のせい、かな? 湯飲みにお茶を注ぐ。 さぁ運ぼうというところで、また横から手がのびた。おにぎりをのせた皿を持ち上げる。 「え?」 「行くぞ」 「……ありがとう?」 疑問系になってしまったのも仕方がない。シキが手伝うなんて今までなかったのだから。本当に何なのだろうか。調子が、狂う。 首をかしげながらも、おぼんにお茶と漬け物をのせ後に続く。リビングに戻ると、志渡さんがクロスワードから顔を上げた。 「あ、おかえり」 「………食ったら、帰れよ」 シキがテーブルの上に皿を置き、志渡さんの対面に腰を下ろす。オレもそれに倣って、フローリングの上に座り、湯飲みをそれぞれの前に置く。 「え?食べて良いの?嬉しいな。椿くんが作ってくれたんだよね。ありがとう。シキってば、前に来た時は僕の前で一人で食べてたんだよ」 シキ、そんなことをしていたのか。兄弟なだけあって、遠慮がない。 「一緒に食事だなんて久しぶりだな。夕飯に誘っても全然来てくれないんだから。今度、おいでよ。椿くんと一緒に。ね?」 ソファから降りて下に座った志渡さんに、首をかしげて訊ねる。 「………近くに、住んでるんですか?」 「ん?近くっていうか……マスターと一緒に暮らしてるから。シャーウッドの上が自宅になってるんだよ」 「………そいつ、家出してんだよ。ずっと」 「ずっと?」 「人聞きが悪いな。家出じゃなくて、ただ帰ってないだけだって」 「同じだろうが」 「気持ちの問題だよ。大体それを言うならシキだってそうじゃないか」 「ちげぇだろ。オレの場合は帰ろうが変わらねぇんだよ。こっちのが大学に近いってだけだ」 「なら僕も」 「嘘つけ。大学上がる前からだろうが」 ケンカするほど仲が良い、のかな。 兄弟ケンカに口を挟むわけにもいかず、二人の言い合いを黙って眺める。志渡さんは楽しそうだから、シキが一方的に噛みついているようにしか見えないけど。 何かしらの反応があるだけで嬉しいんだろうな。 手元のお茶に視線を落とす。 まぁ、家に帰らないのが家出なら、今のオレも家出中になってしまう。保護者の承諾は得ている。得ているけども。 ここは何も言えないよな。 <> [戻る] |