パズル □□□□□ パズルのピースとにらめっこする。 昨日、めずらしくと言うかここに来て始めてシキが出かけていた。いつも部屋にこもってることが多かったから最初の内は気づかなかった。 けれど、昼も夕方にも姿を表さなかったので出かけたんだとぼんやりと思った。夕刻。そろそろ夕食の準備を始める時分。 何となく、夕食を作ろうと思った。本当に不意に。色々と助けてもらったしその礼をかねて。 思い立って、台所に向かって初めてリビングの奥にダイニングがあるのに気づいた。この前水を飲みに行った時は暗かったから気づかなかったのだろう。いつもは大抵横になっているし。 ダイニングにはきちんとダイニングテーブルがあった。 ダイニングテーブル。それは食事をするための物。なぜこれがあって、わざわざソファのローテーブルで食べているのか。 興味をひかれ、テーブルに近づいてみる。その理由はあっさりとわかった。今、このテーブルは使えないのだ。 テーブルの上を大きなパズルが占領している。 作りかけのそれは、縁の部分のみ出来上がっていて内側はほとんど手付かずの状態だ。辺りを見てみたけど、箱はない。なんの絵なのか気になった。 夕食の片付けが終わった後、シキに訊いたら画集を見せてくれた。箱はどこかいってしまったらしい。続きをやってもいいかと訊いてみたら一言。 「好きにしろ」 訊く前から返事は何となくわかっていた。大抵の事に関しては好きにしていいって言ってくれる。ダメと言われたのは汗を流したいと言った時ぐらい。さすがに、吐くと言って好きにしろと言われた時には驚いたけれど。 何か、奇特な人だなと思う。 何も聞かずに置いてくれるなんて。どう見たってオレは怪しいのに。まぁ、人の事は言えないか。名前しか知らない人間の所に居すわっているのだから。 その‘シキ’という名にしたって、漢字はおろか姓なのか名なのかすら知らない。どちらでも平気な名前なんだよな。多分、ちゃんと名乗っていたんだろうけど、半分以上夢の中にいたので覚えていない。 パズルのピースを睨みながら、そんなことを考える。昼過ぎから始めていたピースをはめる作業は、いつのまにか止まっていた。 軽く首を振って、雑念を払う。シキの名前が何だろうと、何を考えていようと自分には関係ない。ただ、妙に心地のよいこの場所にもう少しいたいだけなのだから。 ピースと画集を見比べる。この色は……… 「……ん?」 ふと、顔をあげるとシキがいた。じっとこちらを見ている。目が合っても何ら反応がない。コテっと首をかしげる。どうかしたのだろうか。 「何?」 「………いや」 何かを振り払うかのように、軽く首を振り台所へ行った。コポコポとコーヒーを淹れてるのだろう音が聞こえてくる。よくわからないけど、気にしても仕方がない。パズルと向き合う。 しばらくすると、すぐ横からコーヒーのいい匂いがしてきた。見ると、カップを手にしたシキがテーブルの上を覗き込んできている。 「……進んでるか?」 「あまり」 「楽しいか?」 「別に」 不審そうな顔をされた。 当たり前か。けど、別にパズルが好きだからやりたいと言い出したわけではない。特にすることがないから、何となく訊いてみただけ。いわゆる、ひまつぶしだ。 「……好きなの?」 「あ?」 「この絵」 「いや」 今度はこちらが首をかしげる番だった。 「そうなの?」 「ああ」 「じゃあ、何で?」 「押し付けられたんだよ」 「ふぅん」 夕食が終わり、片付けも終わり、寝ようかと思ってソファにゴロンと横になる。けれど、ここ数日寝て過ごしていたせいと、一日中体を動かしていなかったせいとで、なかなか睡魔が訪れない。 別に、眠れないからといって起き上がらなければならないわけではない。けど、何となく起き上がってダイニングへと向かった。 椅子に腰かけて、パズルと向き合う。どうせひまつぶしなのだし、眠くなるまで少しだけ進めておこう。 ピースを手に画集と見比べ、それらしき場所に当てはめていく。違ったら別の場所に当ててみたり、違うピースを選んでみたり。黙々と作業を進める。 気がついたら寝ていたようだ。テーブルの上から身を起こす。変な体勢で寝ていたせいか体が少し痛い。軽く、伸びをしたところでシキが来た。 「あ、おはよ」 挨拶したら、なぜかシキは奇妙な顔をした。どうかしたのだろうかと首をかしげると、頬からパズルのピースがポタリと落ちた。くっついてたのか。念のため頬に触れてみたけど、もう着いてないみたいだった。でも、跡は残ってるんだろうな。 「………一晩中やってたのか?」 「ううん。寝てた」 「……みたいだな」 「ご飯、食べる?」 「あぁ」 返事を聞いてから、立ち上がり台所に向かう。看病してもらったお礼と称して、一昨日の夕食から食事を作っていた。 もっとも、シキには礼のためではなく、パズルがしたいがために居座っていると思われていそうだけれど。 シキも後ろから台所に入ってきた。横でコーヒーを淹れて、すぐに出ていくかと思ったらその場に佇んでいる。 「……お前、飯作れるんだな」 「え?うん」 何を今さら。 「一人で暮らしてんのか?」 「違うよ。家の手伝いしてたから」 料理のできる男子高生が珍しかったのか。おとなしく手伝いをしてるってのも、どちらかと言えば珍しい部類に入ると思う。けど、シキはそれ以上何も聞いてこなかった。 <> [戻る] |