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おまけ・センパイの話




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 最初は割りと軽い気持ちだった。

 善くも悪くも噂になる人。聞こうとしなくても、話が耳に入ってくる。そんな人がいるんだと、初めはそれだけだった。

 仲のよい後輩が彼と親しいと知っても、関わることはないと思ってた。ただあまりに他人の口に上がる名なので、大変だなと思いつつ面白いなとは感じていた。

 彼がデートをすっぽかしたあげく、女の子を泣かせたと言う噂を聞いた時も、ワイドショーを見てる感覚。根も葉もない噂なのか、誇張されてるのか、事実なのか。ほぼ野次馬根性で後輩に確認しようとして、彼と知り合った。

 訊いてみたいことがあった。

 付き合ってみたいとは思ってた。

 彼がどんな人なのか知ってみたくて。興味と言うよりも、好奇心に近い。どうせ断られるだろうと、軽い調子で声をかけた。

 返事は思いがけずも色好いもの。あらま、ラッキー。その程度の感想。泣いたという子には申し訳ないけど、でもだからこそオッケーされたのだと思った。

 適当に付き合って、時期を見てお別れ。いくら長くても私が卒業すればそれきりになるはず。決して真面目な交際とは言えないけど、若い内はこれぐらいでちょうどいい。

 どうせ長くは続かない。

 今だけの関係。

 後腐れなく、楽しめればいいと。

 だから彼が思いの外優しいと知った時は戸惑った。噂で受けていた印象と違う。不思議な感じだった。

 噂は元よりあてにしてなかった。後輩の話も半分に聞いていた。それでも想像していたのとは違って、戸惑う反面、興味がそそられた。

 石膏の塊を、削って削って中から形を取り出すように。会う度、話す度にノミを打つ感覚だった。見る角度によって形が変わるのもいい。

 優しいと、感じはしたけれどぶっきらぼうだとか冷たいだとか言われるのも納得できるのだ。面白いな。彼をイメージした作品を、作ってみたい。

 学祭ではグループ展に彼も参加することになった。今まで誰が誘っても首を縦に振ってなかっただけあって、話題を呼んでいた。

 そして彼の絵を見て圧倒されることになる。

 人が一人、暗闇の中で座っているだけの絵。

 にもかかわらず、動けなくなるほどの衝撃を受けた。目が離せない。誰だろう。彼は人物が苦手等と言ったのは。親の力で賞をとっているなどと言ったのは。

 だって。この絵を見れば、彼の実力がわかる。

 着物の柄と、零れ落ちているのは牡丹。壊れた灯籠が転がっているから、牡丹灯籠をイメージしているのだろう。その絵を見る彼の目は優しげで。

 同じ視線を、モデルの少年にも向けていた。

 受付をしているときに現れた少年。綺麗な子だけど、どこか見覚えがあるようなと考え、彼の絵に思い当たった。

 羽織っていたのは女物の着物。けれどよく見れば、その下に着ているのは男物だった。モデルっぽい子が来てると彼に連絡しようとしたが通じず、後輩に伝言を頼んだ。

 程なくしてやって来た彼は慌てている様子。ああ、あんな顔もするんだ。今日は一緒に回るのかなと、ぼんやり考えてた。

 気になっていることが、あったのだ。彼は優しい。本当に優しくて。好き合って付き合ってるのだと錯覚してしまいそうになる程に。

 それなのに、朝を共に迎えたことは一度もない。どんなに遅くなっても必ず家に帰る。私も彼も、実家を出ている身なのだから何も問題ないはずなのに、必ず家に帰る。

 訊けば、親戚の高校生と同居してるからと。一人にしとくわけにはいかないからと。

 家族思いなんだなと思いつつ、少しは‘恋人’を優先してもいいのにと感じた。

 だから、学祭の打ち上げに彼も参加すると聞き安心した。彼だって、外泊することはあるのだと。なのに、やっぱり帰るなどと聞こえたから。心臓がどくりと跳ねた。気がついたら、酔いつぶれたフリをしていた。

 せめて親戚の少年より、‘恋人’を優先してほしくて。酔ったフリをして引き止め、けれど朝には一人きりだった。

 帰った。

 帰ってしまった。

 彼の心に、誰かがいるのは知っていた。その人の事を忘れようと、本気で私の事を好きになろうとしているのにも気づいてた。

 本気になったのは私の方。

 その誰かの代わりでもよかった。それが無理でも、せめて親戚の少年よりは優先順位上になりたくて。それすら無理なら、隣にいるのはただ苦痛なだけ。

 そう。苦痛と感じるようになっていた。本気になろうとしていたのは彼。本気になってしまったのは自分。なんという皮肉なのだろうか。

 彼にチラシを渡したのは出来心。

 後輩にチケットを渡すよう頼んだのは、何でもいいからすがりたかったから。

 大丈夫。だってそのチケットに興味を示すとは限らない。だから、私を誘ってくれるはず。そんな下らないことでいいから、安心したかったのに。

 彼から声がかかることはなかった。

 別の後輩から、彼が行っていたことを聞かされた。その時隣にいたのは親戚の少年だったことも。

 あぁ、やっぱり無理なんだ。じゃあもういいや。すとんと、そんな言葉が胸に落ちた。どうせ軽い気持ちだったのだ。これ以上深入りして、戻れなくなってしまう前に。

 自分からは切り出せなくて。水を傾ければ彼はきちんと察してくれた。もっと早くに気づいてくれればなんて、今さら過ぎるけれど。

 最後だからと、駅前のイルミネーションを見に行った。

 クリスマスには早いけど、どうせ当日は一人きり室内にこもっているから。何て事ないようにはしゃいで。いつものように楽しんで。

 ふと見上げた先の彼は、どこか別のところを見ていた。

 声をかければ何事もなかったかのように会話が続く。それでも意識が別のところに向かっているのがわかる。あぁ、やっぱり無理だなと、薄く笑んだ。もういい。これ以上は意味がない。

 他も見て回るかと問う彼に断りを入れ、別れ話を聞くことにした。

 軽い気持ちだった。笑ってさよならを言うはずだった。きちんと笑えてただろうか。泣きたくなるだなんて、思っていなかった。

 渦巻く感情を、涙にも声にもせず、ノミにぶつけよう。ひたすら削って削って、出てきた物は決して他人に見せられるものではないだろうけど。

 この感情を作品に生かせると、得難い経験をできたと思ってしまう自分は、もう本当にどうしようもない。





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