クッキング 「シキのどこがいいの?」 どこと訊ねられても。 「あんな風にからかう奴なんて………本当にどこがいいんだか」 「他人のこと言えないと思うけど」 肉を捏ねていた手を止め、ヤエが大きく首をかしげる。 「それはオレが悟の愛人だということに基づいて、悟のどこがいいのかだってわからないって意味?それともオレだって他人をおちょくってるじゃないかという意味?」 おちょくっていたのか。 「どっちも」 「そんなっ、自業自得とでも?」 「いや、楽しんでたよね?なんだかんだ」 「楽しんでたけどさ。なんだかんだ」 再び捏ね始めたのを確認し、ざっくりと玉ねぎを半分に切る。 特にすることもなく、ヤエが問題集を持ってきていたので、しばらくは一緒に勉強することになった。シキがちょっかいをかけてきたのは最初だけで、後はいつも通りスケッチブックを開き手を動かして。出かけたのは、予定よりも遅かったようだ。 ヤエにそろそろ行かないとなんじゃと言われ、もう間に合わないと答えていた。そう言いながらも動きはひどく緩慢で。あまり、乗り気でないように見えた。 行ってらっしゃいと告げると、じっと見つめた後にため息をついていた。意味がわからない。 「でも今日はおとなしくしてたのに」 「え?そうなの?」 「え?そうなのって?」 「いや、来る時テンション高かったって言ってたから」 それでシキは少し疲れたみたいだったし。 「あぁうん。高かったけど、でも別にそれでちょっかいかけた訳じゃ………うん。ないよ」 ふいと視線をそらされた。考えるような間があって、ちょっと怪しい。 「ええと、なんだっけ?悟のいいとこがわからないって話だっけ?」 主旨がずれた気がする。 というか話をそらされた。まぁ、別にいいのだけれど。 「オレが悟好きなのは、ほら、恩人だから」 「ほらと言われても」 恩人だからのとこだけキリッと伝えられた。けど、そこら辺のことはきちんと聞いた訳じゃないから何とも言えない。 「まぁ、冗談はおいといて。見てて愉快だよ」 「愉快て」 「いやほんとに面白いよ。特にサエと付き合いはじめてからは」 「あぁ…サエさんも面白いって言ってた」 「でしょ?で?」 「ん?」 「シキのどこがいいの?」 あ、戻った。 「………どこと言われても」 「えー?いいとこないのに好きなの?」 「いいとこはたくさんあるけど」 「え?あるの?」 玉ねぎを刻んでいた手を止め、ヤエを見上げる。目を見開いてこちらを凝視していた。 どうして、そこまで驚くのだろうか。 「あるよ」 「どっちもどっちじゃない?」 「そんなこと……」 ないと言いかけて首をかしげる。この言い方は悟さんに対して失礼なんじゃないか。 ヤエは気にした様子を見せずに満面の笑みを浮かべた。 「えー?優しくも何ともないのに?」 「優しいよ」 「どこら辺が?」 「どこら辺て」 何なんだろう。この質問は。そしてなぜやけに楽しそうなのか。不思議に感じながらも、包丁の動きを再開させる。 「そもそも、風邪ひいて行き倒れてたとはいえ、見ず知らずの他人を事情も聞かず保護するあたり、人がいいよね」 「え?何それ」 「ん?」 さっきから、ヤエの手が止まったままになっている気がするのだけれど。気のせいだろうか。 「行き倒れって?」 「あれ?言ってなかったっけ?風邪ひいて倒れてたとこ拾われたんだよ」 「拾ったってのは聞いてたけど、そういうことだったんだ………トメじゃないのに」 「トメ?」 うんと頷き、ヤエが再び肉を捏ね始める。玉ねぎを切り終え、次はニンジンへと手をのばした。 「トメ、よく色んなの拾ってくるらしいから。仕事とかお嫁さんとか」 「そうなんだ」 「うん。人がいいよねぇ」 言う声色は優しく、眼差しは嬉しげだった。 その表情に、一瞬包丁を持つ手が止まりかける。 「椿、お皿ちょうだい」 「ちょっと待って………はい」 一旦包丁を置き、棚から皿を取り出す。ヤエが肉を丸めて並べていく。フライパンをコンロの上に用意しておいた。 「そうだ。やっぱ結局チョコ渡さなかったの?」 「ん?うん。欲しくないって言ってたし」 「何考えてるんだろうねぇ」 「いや、普通のことだよね」 納得できないと、ヤエが顔をしかめる。そんな顔されても困るのだけれど。 「………ヤエは悟さんに渡したの?」 「渡したよ。てか食べさせた。デザートとして何も言わずに出したら、食べたよ」 勝ったよと顔を輝かせているが、勝ち負けの問題なのだろうか。まぁ、去年は受け取ってもらえなかったと言ってたから、食べてもらえただけでも嬉しいのだろう。 そうか。デザートか。 「椿、渡しはしてなくても貰いはしたんだよね?」 「え?」 「ほら、彼女」 あ、そっちか。 そうだよね。知ってるわけないし。てか、あれは別にバレンタインのチョコじゃないし。うん。違うから。 「受け取らなかったよ。というか別れた」 「えっ?」 「ヤエ、義理チョコがって言ってたけど、そっちも作ったの?」 「え?あ…うん。バイト先でばらまいてきた。椿の分も今日持ってきたけど…」 何だか歯切れが悪いなと様子を見ると、困惑気味に首をかしげていた。 「え?別れたの?」 「うん」 「そっか。………でもそうだよね。うん」 今度は一人、納得し始めた。 鍋に切り終えた野菜を入れ、炒め始める。 「………それ、シキには?」 「言ったよ」 「そっかぁ……でも別にシキと付き合うとかじゃないんだよね?」 「うん」 てか、無理だし。 <> [戻る] |