予定
「空けとけよ」
シキにそう告げられた日付にはすでに予定が入っていた。けれどそれを伝えはせず、断りの連絡を入れることにする。
そして、何かあるのかとシキに訊ねた。けれどシキはただ楽しそうに笑うだけで答えてはくれない。
突然、声をかけられ出かけることは何度かあった。そういう時は大抵行き先を教えてはくれない。けれど、それは本当に家を出る直前のことで。こうやって事前に空けとけと言われたのは初めてだから不思議に思った。
それが二日前のこと。
サエさんから連絡があった。
やはりこの日は空けとけという指示。それも同じ日のことを言っていたから困った。シキにも同じ日を空けとくよう言われたと告げれば、なら大丈夫だと返された。同じ用だからと。
「………その日って、何があるの?」
―――………シキは何て?
「何も」
―――じゃあ、楽しみにしときな。まぁ、大したものでもないけど
これが昨日のこと。
そして今日、ヤエからメールが届いた。
やはり同じ日の予定の有無を問われる内容。しばらく画面を眺めながらぼんやりしてしまったのも仕方がないと思う。
多分、同じことなのだろう。何故バラバラに声をかけてくるのか。打ち合わせたかのように一日づつなのに。
シキやサエさんと同じ用なら大丈夫。もう空けてあるからと返せばわかったとの返事。何があるのかという問いにはやはり答えてもらえなかった。
シキから聞いてないなら秘密、と。
多分シキは面倒だから詳しい話を省いてるだけだと思うのだけれど、どうなのだろう。携帯の画面から顔を上げ、シキを見る。
スケッチブックに鉛筆を滑らせる横顔はもうすっかり見慣れたもの。何を描いているのかと覗き込むと、簡単な部屋の様子が写し出されていた。
黒い線が寄り集まって物の形を成していく。その様が何だか面白くて、鉛筆の流れを一心不乱に眺めていた。
けれど、その動きが止まる。
「どうした?」
「………ん?……あぁ、何か面白くて」
不可解そうにこちらを見たシキに答える。返答に納得がいったのか、満足そうな笑みに変わった。
「今、ヤエからも同じ連絡あったよ」
「あ?」
「土曜日の」
「………」
若干、嫌そうな表情になった。
「あいつも来んのか?」
それをオレに訊かれても。
「聞いてないの?」
「聞いてねぇ」
本当にどうなっているのだろう。サエさんから連絡があった時も、シキは不可解そうにしていた。
接点と言えば悟さんだけだから、そこ経由なんだとは思うけれど。
「………何があるの?」
「あいつらは何て?」
「何も」
そう告げると、ふっと僅かに楽しげな表情になった。
「大したことじゃねぇよ。行けばわかる」
「………大したことじゃないなら、もったいつけないでほしいんだけど」
「くくっ」
憮然と呟く。シキは楽しそうに肩を揺らした。
三人に声をかけられて、誰も何があるのか教えてくれない。その理由が他の人が告げてないから、なんて。
釈然としなくてじとりと視線を向けるけど、答えてくれる気配はない。だから仕方なしと諦めて、ため息を吐こうとしたら欠伸になってしまった。
「………眠いのか?」
「ん?…ん。少し」
「なら、もう寝ろよ」
「でも、何かもったいなくて…」
「もったいない?」
背もたれにもたれ掛かるようにしてシキを見上げる。僅かにぼんやりとした視界に、シキが映る。
「だって、せっかく…」
せっかく、シキがいるのに。
珍しいわけではないのに、そう思った。シキの隣に、この空間にもう少しいたいと。まだ、大丈夫。まだここにいられる。それでも、いつまでいられるのか何てわからないから。だから。
そう、せっかくなのだ。
空けとけと言われた土曜は、いつもならシキが恋人と会っている日。それ以外の日だってもちろん会っているのだろうけれど、土曜は確実に。
いつもなら別の人と過ごしているその日を、共に過ごしてくれると言う。だから、元からの予定をキャンセルまでして空けた。
何故かとても嬉しかった。
サエさんやヤエもいると聞いて、嫌だとは思わないけれど僅かに残念には感じるほどに。本当に、何があるのかわからないけれど。でも、共に過ごせるならば。
傍に、いたい。
そう告げようと開いた口からは、欠伸が溢れた。ゆっくりと瞼を閉じ、それから開く。
「………ん。やっぱり、もう、寝る」
「………おい」
「ん?」
このままここにいたら眠ってしまう。そう思い立ち上がったら、制止の声がかかった。振り返ると、シキが釈然としない表情をしていた。
「何?」
「………いや…おやすみ」
「ん。おやすみなさい」
ベッドに潜り込んでしばらくすると、シキが部屋に入ってくる気配がした。半分以上寝ている状態なので、夢うつつにその気配を追う。
スプリングが僅かに跳ね、腰かけたのがわかった。
「何か用か?………だったら何だよ。良いだろ別に」
何だろう。携帯で話してるのかな。
「つーかお前も来んのか?………あ?………」
黙ったまま聞いてるのはどうかと思い、身を捩って振り返る。重たい瞼を押し上げると、シキと目が合った。
気まずそうにすぐにそらされてしまったけれど。
「………好きにしろ」
憮然とした声で告げたシキはそのまま相手の返事を待たずに通話を切った。携帯を、ベッドサイドに投げ捨てる。
「………シキ?」
「起こしたか?」
落とされたシキの眼差しは、何だか優しい。どうして、半分夢の中にいる時にこういう表情をすることが多いのだろう。
それとも、これも夢なのだろうか。
「ううん。まだ、寝てない」
「そうか。電気、消すぞ」
「ん………シキ」
「ん?」
夢じゃないならまだ起きていたい気がしたけれど、瞼が重くてどうしようもない。ただ、何か言葉をかけたくて。
自分に向けた言葉が欲しくて。
「………おやすみ」
「ああ」
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