いたずら この場所を居心地よいと思う理由は明白だ。最初に見た夢のせい。昔の家と重ねて、懐かしさを覚えてしまった。一度重ねてしまったら、もうダメ。この場所まで心地よく感じられてしまう。 完璧に、刷り込み。 我ながら単純だとは思うけど、こればかりは仕方がない。一度刷り込まれてしまった感覚は、なかなかぬぐえない。 それにしても、家を思い出して郷愁に駆られたということは、もしかしなくても帰りたいとどこかで思っているのだろうか。 ……だとしたら、ますます戻りづらい。 どうしようかな。 シキが一人暮しとかいってたけど、いい案なんだよな。よく考えてみれば高校生でもできるんだし。でも、反対されるんだろうな。卒業するまでは、待った方が良さそうだ。 なんだかな。 洗い物を終えて、ふらふらとダイニングに戻る。惹き付けられるようにして椅子に座り、パズルと向き合う。 シキは食事が終わると部屋に戻った。部屋にこもって何をしているのかは知らない。年上なのはわかるけど、大学生かな。それにしてはと、部屋を見回す。 いい部屋住んでるんだよな。 他に誰もいないところを見ると、一人で住んでいるんだろうけど。学生の一人暮しにしては分不相当に見える。何か、結構広いし。 働いているのかな。にしては仕事している気配はないし。何者なのだろうか。 パズルのピースをはめながらつらつらと考えに耽る。今は部屋に閉じこもっているシキの姿を思い浮かべた。 真っ黒な髪は無造作に流されていて、ともすればみすぼらしくなりがちなのに、何だか似合っていて格好いい。オレとは違って固くてしっかりしてそうな髪だったし。 顔つきも、整っていた。目付きが悪いけど、それがなお男前に見せている。ワイルドとでも言うのか。背も、高いし。羨ましい。 ため息が漏れそうになる。 シキみたいだったら少しは違ったのかな。無い物ねだりしても、仕方ないのはわかっているけど。 そっと、自分の顔に触れる。鏡に映るたび、気分が沈む。どうしようもないのはわかっているけど、それでも。 少しでも顔が隠れるように、髪は少し長めにしている。耳も襟足も隠して、本当は目だって隠してしまいたい。視力が悪くなるからと、目にかからない長さに切られてしまっているけど。てか、もったいないって言われても嫌なものは仕方がない。 代わりにと、だて眼鏡に興味を持ったこともあった。バレた時の説明が面倒だから、買いはしなかったけれど。 ため息が漏れる。 ピースをはめる。 割り切っていたはずなのに、どうして急に気になってしまったのだろう。考えて、思い出した。あの視線だ。慌てて意識から追い出す。折角の居心地のよい場所なのに、余計な事は思い出したくない。 小さく、深呼吸して気持ちを切り替える。 ピースを手にとる。 ふと、顔を上げるとシキがいた。目があっても、やっぱりなんの反応もない。何を見ているのだろうか。 人にじろじろ見られること自体はあまり好きじゃない。けど、不思議とシキの視線は嫌な感じがしないのだ。こっちを見てはいるけど、オレを見ているわけではないように思えて仕方がない。じゃあ、一体何を見ているのか。 ……背後霊でも見えているのだろうか。 だったらおもしろいな。 くだらない考えはおいとくとして。 「……シキ?」 邪魔をしちゃ悪いと思いつつも、ずっと見つめあっていても仕方がない。声をかけると。軽く首を振ってからシキが近づいてきてパズルを覗き込む。昨日と同じ。 「……大分できてきたな」 「うん。明日には終わるかも」 「………ほぅ」 明日には完成する。そう言ったせいか翌日、シキは椅子に座り込んでパズルを見ていた。やりたいのかと思ったけど、眺めているだけで手は一切出してこない。 やりにくいな。 文句は言えないけど。代わりに小さく息を吐いた。 パチリパチリとピースをはめていく。 シキは楽しそうに眺めている。別に、この絵が好きなわけじゃないと言ってたけど、完成するとなると興味がわくのだろうか。 確かに、ひまつぶしとして始めたとはいえ、進めていく内に軽くはまりかけている自覚はある。同じような感じなのかな。今さら残りを任せる気には到底なれないけれど。 パチリパチリとピースをはめていく。少しづつペースが早くなっていく。気分が高揚してくる。 パチリパチリ。 残りは後わずか。 パチリ。 「………」 パチリ。 ピースをはめる。残りは後一枚。空いている箇所も、後一つ。 ラスト一枚。 奇妙な緊張感が体を満たす。何ともないフリをして、変わらぬペースでピースに手を伸ばす。 「………え?」 触れる寸前に別の手がピースを掴み、顔を上げる間もなくはめ込んだ。一瞬、何が起きたのか理解できない。呆然と、シキを見る。 あ、笑ってる。 微かにだけど、楽しそうな、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。前に見たのとは全然違うけど、何か、いいな。 ってそうじゃなくて。 「………大人げない」 憮然と呟くと、ますます楽しそうに喉の奥で笑いをこらえる。小さく息を吐く。まぁ、元はシキのなのだし文句を言えた立場ではないのだけれど。 それでも、一番美味しいところを持っていかれてしまっては、釈然としない。最初からこのつもりで見ていたのだろうか。 「ほら」 「ん?」 テーブルの上に置かれたのは、パズルとセットになっていたのだろうノリとヘラだった。その二つとシキとを見比べ、首をかしげる。 「………のり付けしていいの?」 軽く肩をすくめた。肯定なのだろう。ノリの封を切って、完成したパズルの上に垂らす。ヘラでゆっくりと延ばしていく。 できあがったパズルの絵は一艘の大きな帆船。真っ白な帆が夕日を浴びて薄紫に染まっていた。 <> [戻る] |