イルミネーション 不思議には感じていた。どうして別の人と付き合っているんだろうと。 直接聞いたわけではない。だから勘違いかもしれないけど、漠然とそうなんだろうなと思っていた。 軽口を叩きながら、ほんの少し笑みを浮かべていたり。ふとした瞬間に視線が姿を追っていたり。些細な積み重ねがそう思わせていた。 仲は良い。少なくとも悪くはない。だから、すでに諦めたかのようなその行動がよくわからなかった。脈がなさそうに見えなかったからなおのこと。 もう、告白した後なのだとしてもそういったぎこちなさは感じられなかったし。やっぱり思い違いだったのかなとか。 でも、六郷さんの志渡さんに向ける表情を見て理解してしまった。そういうことかと。だから、諦めているのかと。 辛いなと、思った。 別の人を見ているのに、振り向いてもらえないとわかっているのに想い続けるのは辛い。辛いけれども、どうしようもない。 だから、別の人と付き合っているのだろう。早く忘れるために。他の人に視線を向けるために。好きに、なるために。 それでも、心はまだ六郷さんにあって。どうせ心変わりができないなら、代わりとして付き合っているなら、どうせなら……… 「………?」 どうせなら、なんなんだろう。今、何を考えていたのだろう。自分で自分の思考がわからなくなった。 ため息を一つついて、たたみ終わった洗濯物を持ち上げる。 先日の、本屋に寄った帰り道でのことはあまり思い出したくない。辛いと、苦しいとわかっているくせに何故か少しだけ、ほんの少しだけ、安心してしまった。六郷さんが振り向くことがないと知って。 何を安心したのか、何を不安に感じていたのかはわからない。けれど、そんなことで喜んだ自分を直視したくなかった。 洗濯物をそれぞれの場所にしまい、リビングに戻る。勉強でもしようとカバンを寄せてテーブルにつく。そこで、携帯のランプがついているのに気がついた。 見てみるとそれはメールで。知人から届け物を頼む内容。時間を確認してから了承の旨、連絡した。 そしてそのまま出かける。一度、頼まれた物を取りに行き、相手の学校に。正門の方は人が多いし、裏門も利用する人がちらほら。 だから、学校横の人一人ようやく通れる程度の細い路地に入り込み連絡する。塀に寄りかかり待つこと暫し、上から人が降ってきた。 「ようっ」 「はい。これ」 「おー悪い悪い。自分で取り行ったら提出に戻れないからさ。助かった」 ニカッと笑いノートを受け取ったのはサエさんの友達と言うか悪友と言うか仲間と言うかな人。サエさんの遊びにたまにくっついて行って、親しくなった。 基本、サエさんは電話に出ないしメールの返信もしないから、急用がある際にはとりもってもらってる。バイト先も同じなので、サエさんといる時間、結構長いし。ここ数ヶ月は悟さんのところにいることも多いけど。 「にしても、勝手にイチパシったってバレたらサエに殺されんな」 「あぁ………うん。頑張って」 「………」 「………」 思わずふいっと視線をそらしたら沈黙が訪れた。気まずい。 「………言った、のか?サエに」 「言ってないけど…それ取りに行ったら何人かいて、訊かれたから」 「あっさりゲロったのか!?」 「隠すようなことでもなかったから…」 ちらりと様子をうかがうと、しゃがみこんで頭を抑えていた。別に、この程度でサエさん怒ったりしないと思うけど。まぁ、いいや。 「サエさんに伝わるって決まったわけじゃないし」 「そ、だな。じゃ、ノートサンキュ」 「ん」 ふらふらしたままだけれど塀をよじ登る。そのまま反対側に降りると思って眺めていたら、そう言えばと振り向いてきた。 「お前、今年どうすんの?」 「ん?」 「クリスマス。彼女いんだろ?」 「ああ、大丈夫。向こうが遅くまで塾らしくて」 「うげ。聖夜に勉強かよ。受験生は大変だな」 本気で嫌そうに顔をしかめるから、苦笑してしまった。 「でも、ならこっち来るんだな?買い出しから手伝えよ」 「ん。………やっぱり、普通は恋人と過ごすんだよね」 「ん?……ああ、サエ?あいつ男いようが関係ねぇだろ?」 思い浮かんだのとは別の名を出され、曖昧に濁す。手を振って、それじゃあと別れ、近くの小さな公園に移動する。メールを一通送って、音楽を聴きながらぼんやりと待った。 そう言えば、先程はああ言われたけれどサエさんはどうするのだろう。悟さんは一緒に過ごしたいとは思わないのかな。 シキは、きっと恋人さんと過ごすのだろう。だって、クリスマスだし。誕生日はくれたけど、でも。志渡さんはどうするのかな。イベントの度にって言ってた。なら、この前みたいに避けるために帰ってこないのかな。イブと当日の二日間。その間、ずっと恋人さんといるのだろうか。 何か、なんだろう。別におかしなことはないのに、落ち着かない。 人の近づいてくる気配がして、とりとめのない思考を中断する。音楽を止めてイヤホンを外す。息せって駆け寄ってくる人を、立ち上がり迎えた。 「椿くん。わざわざ迎えに来てくれたの?いつものとこで良かったのに」 「ちょうどこっちに用があったから」 そうなの?と首をかしげるその人に、同じように首をかしげて答える。 「それに、早くアユさんに会いたかったし。迷惑だった?」 「まさか」 ふんわりと微笑んでくれたので安心した。 「じゃあ、行こっか」 「うん。あ、そうだ。アユさん、後で行きたいところあるんだけど良い?」 「良いけど…どこ?」 「行ってのお楽しみ」 駅前のライトアップがちょうど今日から始まる。本当ならクリスマスイブに見に行く方が良いのだろうけど、無理だから。勉強漬けの気晴らしも兼ねて。 図書館で勉強して、日が暮れてから駅前へと移動した。 「ああ、そっか。もうそんな季節なのか」 「うん」 広場だけではなく、通り全体でライトアップしているので圧巻だ。手を繋いだまま、メインとなっているイルミネーションを見上げる。 隣からそわそわした気配が伝わってきた。けれど声をかけられる前に、別の言葉をかける。 「見て。あっちにはトナカイがいる」 「え?…あ、本当だ」 雪だるまもいると呟く横顔を眺める。このまま気が削がれてくれれば良いけれど。そんなことを思い、ふと視線をずらすとシキがいた。 広場の端の方。雪だるまの前に。その隣には女の人がいて、シキの腕に手を添えている。あの人が、シキの恋人さんだろうか。 何かを話している様子が見てとれる。どこか呆れた感じでシキが恋人さんに声をかけ、顔を上げた瞬間に目があってしまった。 僅かに目を見開いたシキが、まっすぐに見つめてくる。こんな所で出くわすとは思わなかった。こんな、状況で。 気まずくって視線をそらす。長く見つめ合ってた気もするけど、きっと気のせいだ。 「椿くん?」 「……何か、向こうに……知り合いがいて」 首をかしげながら、アユさんが示した方を向く。 「アユさん、通りの方も行ってみよ」 「挨拶しなくて良いの?」 「うん。あっちもデート中みたいだし。邪魔しちゃ悪いよ」 言って、手を引いて歩き出す。シキのいるのとは反対方向に。 「……本当に良いの?」 「うん。それに……好きになられたら困るから」 冗談めかして告げた言葉は、思いの外本気の色が込められてしまった。驚いた表情のアユさんがやがてクスクス笑い出す。平気なのにと。 大丈夫。 そう心の中で呟き、いつの間にか肩に入っていた力を抜く。 チラリと、後ろを振り向く。シキはすでにこちらを向いておらず、恋人さんとまた何かを話している。やはり、腕には手が添えられたままで。 その光景が、やけに目に焼き付いた。 <> [戻る] |