オマケ・衝撃のメール ■□■□■ ――――――― from 椿 title 苦手意識があったんだけど 他人と寝るのも良いもんだね。 上質な睡眠を得られたよ。 ――――――― お疲れさまでしたーと挨拶して、さて帰ろうと支度をしていたらメールが来てるのに気がついた。誰だろう何だろうと確認してみて、雷に打たれたかのような衝撃が走る。 椿だ。 椿からメールが来た! メールのやり取りは結構しょっちゅうしてる。でもいつもオレから送るばかり。椿から来たのはこれが初めてだ。 うわぁうれしいなぁ。何か用あったのかなぁと本文を読んで、携帯を落としそうになった。 落ち着け。とりあえず落ち着こう自分。まずは深呼吸。吸ってー吐いてー。吸って。吐いて。よし。 もう一度、本文に目を通す。 「………」 うん。大丈夫。どうともとれる文章だ。先走るな。 でも、メールだとまどろっこしいから電話しよ。ちょっと詳しくきちんと状況を把握したい。とにかく一旦外にでないと。 「この後空いてんだろ?飯喰いに行こうぜ」 「え?あー、ごめん。ちょっと急用」 「はぁ?」 手早く帰り支度をしていると、友人に声をかけられる。笑顔で断りを入れると、顔をしかめられる。 「こないだもそう言ってたじゃねぇか」 「あー…あれはちょっと断れない相手からの呼び出しだったからねー」 「………たち悪い相手に付きまとわれてんなら、オレが話つけてやろうか?」 「あはは、そんなんじゃないって」 ぶすくれた顔を一転、心配そうにされてしまい思わず笑ってしまった。 確かにたち悪いし面倒だけれど、恩義があるから仕方がない。それは悟に対しても同じだけれど、悟からの呼び出しは滅多にないんだよなー。寂しいわぁ。 「それに今回のは前と違うし。今、気になってる子がいて、その子から連絡来たんだー」 「………女かよ」 忌々しげに舌打ちされてしまった。 「違う。違う。だったら素敵なんだけどねー。男の子だよ。あ、でも好みのタイプだ」 「はぁ?」 思い付いたままを口にすれば、怪訝そうな顔を向けられた。それに笑って答える。 「まぁそういうわけで。ご飯はまた今度ね」 「なら明日な」 「え?」 「急用、入れんなよ」 なかなか難しいことを言ってくれる。極力努力しますとだけ答えて、建物を後にした。 少しだけ歩いたところにある小さな公園。そこの木立の影に隠れるように設置された目立たないベンチに腰かける。 呼吸を整え、文章を再確認。そこには上質な睡眠が得られた旨、記載されていた。一瞬、とうとうヤったのかとか思ってしまったが、ただ単に一緒に寝ただけともとれる。 相手については明言してないけど、どう考えてもシキの事だよね。彼女じゃなくて。多分。絶対。 告白される現場を目撃してしまったわけだけれども、ほぼ流される形で付き合い始めてたし。初対面だったからな。お友だちから状態だよね。 シキといる時の方が嬉しそうだし。うん。 よしっと気合いを入れて、番号を呼び出す。何をどう訊くか全然考えてないけど、ここは行き当たりばったりで。 しばらくコール音が続いた後、椿が出た。 ―――………もしもし? 「あ、椿?オレ、ヤエ」 ―――どうかした? 「んー、声が聞きたくなって?」 ―――……………… あは。困ってる。困ってる。電話越しでもわかるや。あはは。 「まぁ、冗談はおいといて」 まぁ、半分は本気だけど。 「メール読んだよ。良かったね。ぐっすり寝れて」 ―――あぁ…うん。 「苦手意識、あったんだね」 ―――うん。修学旅行の時はなかなか寝付けなかったし。 「………修学旅行?」 ―――ん?うん。中学の時の。 修学旅行?あれ?もしかして寝たって、同じ部屋でってこと?何か当たり前のように同じ布団でって思ってたんだけど。 「………ずっとシキと違う部屋で寝てたんだ?」 てかシキんとこの間取り知らないんだけど。何部屋あるんだ? ―――うん。まぁ、違う部屋ってかリビングで。 「リビングかぁ」 懐かしいなぁ。オレもリビングで寝てたんだよね。悟のとこで。 最初、悟のベッドに潜り込もうとしたら蹴り出されて。しつこくしたら寝室からも追い出された。んでもって書斎で寝起きしていたシキんとこ突撃したら叩き出されて。 他に場所がなかったからソファで寝てたけど、寂しかったなぁ。 「でも、リビングって今の時期寒くない?」 ―――うん。だから。 「ああ、それで布団買ったんだ?」 シキんとこに来客用の布団なんてあるわけないし。椿、いつまでいるかわかんないから用意しなかったんだろうな。 でも、ここまでしたらもうずっと一緒に暮らすのかな。 ―――きちんとしたとこで寝るの久しぶりだったから、余計気持ちよく寝れたみたい。 「そっか。よかったねぇ。あれ、じゃあ光太んちいる時はずっと一人部屋だったの?」 ―――んー、ううん。最初は光太と同じ部屋だった。 「ああ、それで寝れなくなって一人部屋になったとか?」 ―――うん。 シキなら平気なんだ。シキなら。シキだって他人と同じ部屋で寝るの嫌がってたくせに、椿なら良いんだ。へぇ。 やっぱ恋人に対するより心許してるよね。二人とも。なのに何で別の人と付き合ってんだろ。 ―――サエさんとなら平気だったんだけどね。 「ん?」 ―――ん? 「………椿、サエと一緒に寝たことあんの?」 ―――うん。何回か。でもさすがに同室ってのは問題あるからって、一人部屋。 そりゃそうだ。年頃の男女がってまぁサエだしな。気にする必要ないか。てか、椿もサエに対する認識そうなのか。なんか意外。 でも、付き合い長いって言ってた。そういう扱いじゃなきゃ続いてないね。 ―――ヤエは今、一人暮らしなんだよね? 「ん?うん。そーだよ」 ―――一人の方が寝やすい? 「あー、むしろ誰かと一緒の方がいいかも」 ―――そうなんだ 「人肌恋しいし。それに枕投げとかしてみたーい。寝る寸前までお喋りとか」 ―――あぁ…それは楽しそう。 「ね?」 楽しそうってことは、本当に苦手なだけで嫌なわけじゃないんだ。 ―――……ヤエさ。 「ん?」 ―――枕投げとかならサエさんに言えば…… 「遠慮させていただきます!」 ―――ふふっ。 言いかけられた言葉に思わず即答してしまう。確かに、できるだろうけど、それはちょっと。椿だってわかってるくせに。 「え〜っと、じゃあそろそろ。いきなり電話してごめんね」 ―――ううん。こっちこそ大したことでもないのにメールしたし。 「ああ、びっくりしたけど嬉しかったよ」 ―――良かった。何でもいいからヤエにメールしたかったから。 「え?」 ―――ん? 「メールしたかったの?オレに?」 ―――うん。 「あー…っと、じゃあまたメールしてね?何でもいいから」 ―――うん。そうする。 じゃあと通話を切って、手にした携帯を呆然と見つめる。 何か今、口説き落としてる途中の相手からにしてはずいぶん嬉しいことを言われた気がする。いや、口説くって友達としてだけと、でも。 少しは距離が近づいたのだろうか。嬉しすぎるんだけどどうしよう。こう、警戒心の強い野良猫がすりよってきたかのような。 < [戻る] |