メガネメガネ 「どう?」 「お、似合う似合う」 サエさんの言葉に、自然と頬が緩む。 前に一時、眼鏡に興味を持っていた時期がある。まさかこうして実際にかけてみる機会が来るとは思っていなかった。少し、不思議な感じ。 シキの感想が気になって目を向けると、視線をそらされてしまった。何だろう。別にこっちを見て欲しいとかではないんだけれど。 「ほら、シキも早くかけなよ」 「………これをか?」 盛大に眉をしかめて、シキがテーブルの上の眼鏡を滑らせた。それはゴテゴテにデコレーションされた眼鏡。元の質素さはどこにもない。 「………何か見覚えがあるんだけど」 「ああ。あたしが用意したからね」 用意したってか、これは………まぁいいか。サエさん、楽しそうだし。 「シキ早く。きっと似合うって」 「似合ってたまるか。てめぇでかけろ」 「やだな。指差して笑いたいんだから、自分でかけちゃ意味ないじゃん」 「………お前」 呆れ果てた様にシキがため息を吐いた。 「悟にかけさせりゃ良いだろ」 「えー」 「何をかけさせるって?」 割り込んできた声に振り返ると、悟さんと月都が戻ってきていた。月都がかけているのは、細いフレームの丸眼鏡。所在なさげに立っている。 「あれ?それヤエの?」 「ああ。前に置いていった。シキ、ほら」 「あ?」 「かけるならこっちにしろ」 シキの隣に腰かけながら、長方形の眼鏡を渡していた。僅かに眉をしかめたシキがそれをかける。 「………月都、ここ座りなよ」 「え?」 「オレ、ソファの方行くから」 「あ、ついでに人数分コーヒーいれてきて」 「ん。………月都、コーヒー大丈夫?」 「ただいまぁ〜」 月都が返事をしようとしたのと同じタイミングで、明るい声が響いた。意識をそちらの方にとられる。わずかの後、買い物袋を抱えたヤエとトメが入ってきた。 「あ、椿とシキもう来てる。あれ?その子は?」 「月都だって。シキが連れてきた」 「ふぅん?オレはヤエね。こっちのデカイのはトメ」 「は、初めまして」 僅かに後込みしながら月都が頭を下げる。トメはようと挨拶したけれど、やけに疲れているように見えた。 「二人も飲み物いる?」 「もしかして椿用意しようとしてた?」 「うん」 「座ってていーよ。オレが用意するし」 立ち上がり声をかける。ヤエの申し出には緩く頭を振って断らせてもらった。 「ううん。オレが頼まれたから」 「そう?」 「ヤエ。荷物」 「ああ、そうだ。じゃあもうちょっと待っててね」 トメに促されたヤエが連れだって台所に入る。それを僅かに首をかしげて見送ってから、悟さんに断りを入れた。 「悟さん、台所借ります」 難しい顔して頬杖をついていた悟さんが、軽く片手を振る。月都をイスに座らせて、二人の後を追った。 台所に入ると、今買ってきたのだろう食材が広げられていた。 「んじゃ、後は任せた」 「えー?トメ一緒に作んないのー?」 「お前なぁ…少し休ませろ」 「あははは」 うんざりとした様子を隠しもしないトメ。ヤエも特に強く望んでいたわけではなさそう。 「………トメ、コーヒーいる?」 「ん?……あー…、んじゃ頼む」 「ん。ヤエ、横ちょっと借りるね」 「どーぞ」 トメと入れ違いで中に入る。隅の方でお湯を沸かし、コーヒーの準備をしながらヤエを眺めた。 眼鏡パーティと言っていた通り、ヤエも眼鏡をかけていた。薄桃色の弦のそれは、どちらかと言えば女性向けに見える。でも、そのせいでより雰囲気が柔らかい。 「ん?何?」 「………眼鏡」 「ああ、どう?似合う?」 「うん。何か柔らかい」 「ふふっ。椿は少し色っぽいね」 ………色っぽい。 「………ヤエ、コーヒーは?」 「んー後でいいや。先に食べ物用意したいから」 「そう」 人数分、準備しといたカップにコーヒーを注いでいく。何となしに料理の準備を始めているヤエをもう一度視界に入れた。 「椿、本当に来たんだね」 「ん?」 「だって、今日本当は予定あったはずでしょ?ダメ元で声かけるつもりだったから空けてあるって聞いて少し驚いた」 ああ。その事か。 サエさんは予定あるの知ってて空けるように言ってきたけれど。 「向こう、断ったんだね」 「うん。せっかくだったから」 「そっか。せっかくだもんね」 「うん」 話ながらも、ヤエの手は動き続けている。 「………全員分作るの?」 「ん?うん。そーだよ。だからちょっと待っててね」 「手伝っても良い?」 「え?いーの?助かる。ありがとう。人と一緒に料理するの好きだから嬉しい」 大袈裟に喜んで見せるヤエに、僅かに首をかしげて微笑みかける。 先にコーヒーを置いてくると断りを入れ、皆の元に戻る。サエさんが月都にチェスを教えていて、シキと悟さんがそれを眺めていた。 近づくと、サエさんが笑顔で片手を上げる。盤上に集中していた月都もその動きで気づいて慌てて立ち上がろうとした。 そう言えば、答えを聞きそびれてしまったけれど月都はコーヒー平気だったのだろうか。まぁ、もう用意してしまったし、いいか。 「座ってていいよ」 「………けど」 「ヤエの手伝いしてくるから」 コーヒーを並べながら告げる。視界の隅にシキが映っていて、こっちを見ているのかわかった。 先程の、眼鏡をかけたシーンが蘇る。 色っぽい。 ヤエはオレにそう言ったけれど、でもシキの方が色っぽかった。眼鏡姿はストイックで色気がある。何となく、見ているのが躊躇われるほどに。 今だって、本当は声をかけたいけれど視線を合わせたくなくて。 落ち着かないまま、その場を離れた。 トメは一人でソファに横たわっていた。コーヒーを渡すために近づき、けれど途中で顔を凝視してしまう。 視線に気づいたのか、トメが瞼を押し開ける。目が合うと顔をひきつらせた。 「………何だよ」 「………トメ、それ」 「言うな」 忌々しそうなトメの顔には、先程まではなかった眼鏡がかけられている。そしてそれはシキが拒否したデコ眼鏡。 <> [戻る] |