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お悩み相談室2




 八月某日。某神社の階段にて。巫女さん(私服)が境内に向かっていた時の事。

 ぼんやりと段を見つめながら上っていた巫女さんは、自分の少し前を歩いていた参拝客が回れ右をして戻ってきたことに気づいた。

 下りていく人物の背中を眺め、それから視線を上へと向けた。そして合点がいく。

 鳥居の下に、男が一人座り込んでいたのだ。

 嫌でも目立つ長身にガタイのよさ。項垂れているので顔つきは見えないが重苦しい空気を背負っているので近寄りたくないと思うのは道理だろう。普通に怖い。

 一旦足を止めていた巫女さんは、それでも肩にかけたカバンを背負い直しただけで足を進めたが。

「………五月女さん」
「あ?」
「お久しぶりです」
「………あぁ、よう」

 階段を上り終えた巫女さんが男の横に立つ。上げられた顔にはなぜか生気がなかった。

 日射病や熱中症ではないようだが、ならば一体どうしたことかと巫女さんは首をかしげる。

「………大丈夫ですか?」
「……あー…いや、なんつーか……大丈夫……じゃねぇのか?………………シキが…男にはしった?」
「………何で疑問系?」

 思わず突っ込めば男はふいとそっぽを向いた。巫女さんは、短く嘆息するとわずかに空を見上げ頭を働かせる。

 セミの声が響く沈黙を破ったのは巫女さんだった。

「とりあえず移動しましょう。ここにいられると誰も通れないので」

 男の頬がピクリとひきつった。

 通行の邪魔だと移動した先は社寺の裏手。いい感じに葉が繁り、木陰を作っている。ペットボトルの水で喉を潤した巫女さんが、で?と口を開く。

 なぜ疑問系なのかと。

「男と付き合い始めたんですか?」
「ちげぇ……けど……」
「けど?」
「………………一緒に暮らしてる」
「………」

 じりじりと焼きつける日差しにより、じっとりと汗が出る。時よりそよぐ風が僅かながらの涼を運ぶ。誰かがお参りしているのか、鈴の音が聞こえた。

「………四季崎君て確か」
「ああ」

 響くのはセミの声。体力を奪う暑さのせいで、思考を巡らせるのが億劫だ。

 時折、この神社にやって来てスケッチブックを開いている姿を思いおこす。巫女さん自身はその人物と直接会話したことはない。

 ただ、姿は何度も見かけている。そして、話を色々聞いているので、大体の人となりも理解している。

「………何でんなことになってんですか」
「こっちが訊きてぇよ」

 盛大に息を吐き項垂れる男を、巫女さんは横目で見やる。

 付き合ってる云々はこの際どうでもよい。例え相手が同性だろうが。問題なのは一緒に暮らしているという点だろう。

 巫女さんが、ペットボトルの水を一口飲む。

「相手はどんな人なんですか?」
「………高校生。自分探しの旅の途中でぶっ倒れたとこを拾ったんだと。もう一ヶ月近くたつ」
「拾った。五月女さんじゃないのに」
「………どういう意味だ。どういう」

 男がじとりとめつけるが、巫女さんはどこ吹く風。涼しい顔してさらりと流す。

「そのままの意味ですよ。人を拾うのは五月女さんの専売特許かと………一ヶ月か。自分のとこに運んだんですね?」
「………ああ。しかも一度も出ていけと言ってないんだと」
「………………」

 巫女さんが手の中のペットボトルをじっと見つめる。思い出すのは先月頭に見たしまりのない顔。

「それ、あいつは?」
「知ってる。つか聞いた時一緒にいたからな」

 そうですかと呟き、容器の中の水をゆっくり回転させる。ぼんやりと先のことを考える。

 思考を中断させたのは男の声だった。

「何事もなく夏休み終われば良いな」
「え?」
「あ?」
「夏休み中のみの話なんですか?」
「は?」

 ポカンとする男と首をかしげる巫女さんの視線が合わさる。

「てっきりずっといるものかと」
「不吉なこというなよ。流石に学校始まりゃ帰るだろ?」

 言いつつ、男の頬はひきつっていた。

 夏休みの旅でと言っていた。だから当たり前のように二学期が始まれば帰るのだと思い込んでいた。

 第一、サボるとなれば親や学校が黙ってないだろ。

 巫女さんからしてみれば思うところは色々ある。が、不安を煽っても仕方がないとそうですねとだけ答えた。

 何より、帰ったからといって関係が切れるとは限らないのだ。

「………まぁ、大丈夫でしょう。何かしでかすとは思えませんし」
「そうか?」
「ええ。大丈夫ですよ。自覚のない内は自分から動いたりしません」

 きっぱりとした物言いに安心し、男は息を吐く。その様子に、巫女さんはそっと微笑を浮かべた。

「悪いな。変な話しちまって」
「いいえ。と言うか、五月女さん保護者じゃないんだからそこまで面倒見なくて良いんですよ?」
「面倒見る気はないけどよ」
「そうですか?………友達思いですよね」
「………友達……なぁ…」

 男の目が虚ろになる。これまでの疲れや苦労がにじみ出た表情に、巫女さんは小さく笑った。

 何だかんだ言いつつも、もう何年も付き合ってるのだから人が良いとしか言いようがない。

「………そう言えば、予定日十一月ですよね?」
「……あ?ああ」

 突如振られた内容に、男は戸惑いつつも頷く。

「安産祈願のお守りいります?特別に奢りますよ」
「あー…、サンキュ。けどもうあるから」
「いくつあっても悪いものじゃないでしょう?ウチのはご利益ありますから、是非もらっていってください」

 男の遠慮をあっさり流し、巫女さんは売店へと足を向ける。しばし呆気にとられていた男は、やがてため息を一つ落とし後に続いた。

 ついてきた気配に、巫女さんは人知れず満足げな笑みを浮かべる。

 はっきり言ってしまえばあれがどこで何をしようが巫女さんには関係ないのだ。バカをしようが痛い目見ようがどうでもよい。

 ただそのせいで迷惑を被る人物がいる、というのはいただけない。僅かながらに申し訳なく感じる。

 それに、あれの台詞ではないが情報があるに越したことはない。状況を把握しておいて損はないだろう。

 その情報料と詫びをかねての贈り物。

 ご利益は折り紙つきなのだから。





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あきゅろす。
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