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お悩み相談室




 七月の頭。シキのマンション近くの小さな小さな神社でのこと。

 早朝。まだ夜の明けきらない時間帯にザッ…ザッ…と竹箒を掃く音が静かな境内に響いていた。

 箒を手にしているのは、目に鮮やかな緋袴を身に付けた女性。つまりは巫女さん。

 当然真っ黒な髪は白い紙のようなもので一つにくくられている。背筋もしゃんと真っ直ぐになっていて、これぞ巫女さんという出で立ち。

 慣れた仕草で掃き掃除を行う彼女に近づく人影があった。気配に気づき振り返った巫女さんは、神に遣える身としては不釣り合いなしかめっ面になった。

「朝っぱらから何の用よ」

 立場としては不適切な、けれど表情とは合致したぞんざいな口調。

 問われた方は、いつもならば文句の一つ二つ言うところなのだが、何か今日は心ここにあらずといった様子でふわふわしてる。ニヤニヤしてる。

 何か、キモい。

「………運命の人に、出逢った」

 言ってることもキモかった。

「………あぁそうよかったわね」

 関わりたくないとばかりに、巫女さんは一息に答えると掃除を再開した。構わず男は話し続ける。

「正に理想なんだ。あんな完璧な女性は他にいない。意思の強い瞳にはっきりとした物言い。スラッとした姿勢に凛とした空気。竹を割ったようでありながら、お茶目で小悪魔的で」
「で、貧乳?」
「当たり前だ!」

 何が当たり前なのか。

 興奮しきっている男に、巫女さんは心底うんざりしていた。それはもう、箒で掃き出してしまいたいほどに。

「良かったわね相手にされるわけないけど」
「ふっ、お付き合いを受け入れてもらった」
「………はぁ?」

 それまでおざなりに受け答えしていた巫女さんが、手を止め男を凝視した。勝ち誇ったような顔をしていて、少しムカついた。

「今、結婚を前提にお付き合いしている」

 破れ鍋に綴じ蓋。蓼食う虫も、そんな言葉が脳裏を過る。

「………まぁ、いいわ。浮気して愛想尽かされないように気を付けなさいよ」
「当たり前だ。彼女と言う女性がいて、他に目移りするわけなどない」
「はいはい」

 話は終わりとばかりに巫女さんは手を振って追い払おうとした。けれど男は動かない。

 先程までの高揚した表情とは打って変わって、難しい表情をして立ち竦んでいる。

 深入りなどはしたくないが、このまま放置していても邪魔になる。

「どうしたのよ」
「………浮気など、するわけがないんだ」
「………だから何よ」
「だが、ヤエが…」
「………ヤエ?八重垣君?」

 出てきた名はこの男になついている人物のもの。もしや彼にこれまでの女性関係をばらされて、別れ話が出ているのか。

 しかし、続く言葉は巫女さんの予想だにしないものだった。

「オレの、愛人などと言い出して………」
「………くっ」

 あまりの悲壮感に、巫女さんは吹き出しそうになった。しかし、それはこの男相手でも流石に失礼に当たるだろう。顔を反らして、どうにかこうにか耐えようとした。

 肩がおもっきし震えてしまっているけれど。

 男はそんな巫女さんをじとりと睨み付けた。

「………くくっ、ご愁傷様。何?もしかしてそれで修羅場にでもなったの?男に走るなんて!って」
「むしろそれなら良かったんだ」

 いや、良くはないだろ。

 だが、修羅場になるということは嫉妬してくれたということで。愛されてると実感できるということらしい。

 ふぅと息を整えた巫女さんは、箒の柄の上に手を重ね、顎をのせた。鬱陶しいと思っていたが、この流れなら面白い話が聞けそうと瞳に好奇が浮かんでいる。

「………サキちゃん…彼女に応援された」
「………ふっ」

 今度こそもう無理と、巫女さんは身体を折り曲げて笑いを堪える。

「………くくくくっ、何?付き合ってるって、妄想だったの?」
「違う」
「だって、八重垣君との関係、応援されたのでしょう?」
「それは………」

 苦虫を噛み潰したかのような男に、巫女さんは笑いかける。その目尻には涙が浮かんでいた。

「それとも、自分の事は気にしないでって?隠れ蓑だと思ったのかしら」
「いや、彼女は懐の大きな女性だから…」
「同性愛受け入れてくれたって?」
「そうじゃない!」

 はぁーおかしいと、巫女さんは浮かんでいた涙を指で拭いさった。

「どうせ、八重垣君がそれ言い出した時、本気で止めようとしなかったのでしょ?」
「………ぐ」
「彼女がどんな反応するか見たくて。罰が当たったのよ。罰が」

 前述の通り嫉妬するということは愛されているということで。あ、何か変なこと言い出すなと思った瞬間、焼きもちを焼く彼女の姿が脳裏を過ったわけで。期待してしまったというのは事実であった。
 ただまぁ、何と言うか。よくふざけて好きだの愛してるだの言ってくるのでまたそれだと男は思っていた。まさか、愛人などと言い出すとは思っていなかった。

 それでも、もし嫉妬だの焼きもちだのとなればそれは彼女を傷つけたことになる。

 だから、罰が当たった。

「それで?わざわざ自慢しに来たの?それとも愚痴りに来たの?」
「報告に来たんだ」
「………報告?」

 わざわざ朝もはよからお付き合い始めましたの報告に来たのかと、巫女さんが顔をしかめる。

「ああ。結婚を前提にと言っただろ。だから」
「あぁ…そういうこと」

 納得した巫女さんは、男をじっと眺める。

「…ご両親に挨拶はすんでいるの?」
「………いや」

 ふいっと男は視線をそらした。

「彼女は…あまり自分のことを話さないから…家族構成すらまだ知らないんだ」
「………」
「そういうところもいいんだが」

 どっかの誰かさんと同じ。それが巫女さんの感想だった。けれど口にするのは別の言葉。

「それ、遠回しに結婚拒否してるんじゃないの?」
「それはない。快く了承してくれた」
「あぁそう」

 あくまで前提なだけであって、確定ではないだろうに。

 報告を終え、満足そうに帰途についた男の後ろ姿を見送り、巫女さんは面倒そうに息を吐いた。

 別の人物との仲をふざけ半分かもしれないが応援してみたり、結婚前提の付き合いをおそらく軽く了承してみたり。二人には温度差がある気がしてならない。

 それで結果どうなろうとも、どうでもいいのだが。それよりも、気になったのは別のこと。

 男の語った彼女の人となり。

 薄らぼんやりと浮かんだ人物像はある姿と重なっていた。本人は気づいていないようだし、教えるつもりも毛頭ないけれど。

 気づいていないなら、その方が幸せだ。

 きっと。





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