呼び出し ■■■■■ アドレスを交換したからといって、特に連絡をとるようなことはない。そもそも、必要性などないのだから当たり前だ。登録して使ったのは最初の一度きり。 何のためにと問われれば答えようなどないのだが、無駄なことをしたとは思わなかった。 帰れば必ずいる。 いなかったのはあの夜だけで、どこにいたのかは結局訊かなかった。 いつの間にか眠ってしまっていたソファの上。目を覚ますと隣に椿がいた。いつものように気持ち良さそうに寝ていた。 連絡しろと、番号とアドレスを書き残したことに深い意味はない。ただ、何となく夕方まで会えないのだと思ったら手が動いていた。 自分で書いておきながら、何の連絡をしろと言っているのかわかっていなかった。何らかの反応を期待しての言葉。 いると思ったらいなかった。 けれど朝にはいた。 それでも、最後に言葉を交わしたのは前日の朝で、帰るのは夕方だから。姿を見て安心はした。けれど。 声が、聞きたかったのだとわかったのはメールが届いてからだった。 ガチャリと、ドアを開ける。玄関にはきれいに揃えられた靴。見慣れたそれに、気が休まる。 リビングに入り、既視感を覚えた。ソファの上に座り、じっと手の中の携帯を見つめている姿。 見覚えのある光景に、何だか嫌な予感がした。 「………椿」 「………あ、シキ。おかえり」 わずかにほっとしたような空気の変化に気分が良くなる。が、表情には困惑が浮かんだまま。 「……良かった」 「何かあったのか?」 「今、サエさんから連絡があったんだけど」 「………サエ?」 「夕飯作りにおいでって」 いまいち状況がわからず、眉間にシワを寄せる。とりあえず、隣に腰を下ろした。 「どこにだ?」 「悟さんの所。シキも連れてくるよう言われたんだけど…」 告げられた内容に思わず顔をしかめる。 「何でだよ」 「さぁ?オレはとりあえず行ってくるけど、シキはどうする?」 首をかしげて問いかけてくる椿を、じっと見つめる。 はっきり言って気乗りはしない。それでも、こいつを一人行かせるのはより面白くないと思った。 「行く」 短く告げれば、安堵の笑みを浮かべた。それに気分が良くなり、喉の奥がクッと鳴る。 「不安だったのか?」 「……って言うか、道がちょっと」 からかいを含んで問えば、視線をそらしての答えがあった。そういや、悟のとこに連れていったのは一度だけ。場所に自信がなかったようだ。 ならば、サキのオレを連れてこいというのは、道案内としてか。 ………まぁ、いい。 「ついでに、向こうで食えば飯作る手間一度で済むしな」 材料は揃っているそうなので、そのまま直に悟の所へと向かった。玄関のドアをいつものように開けようとして違和感。 「………ん?」 鍵が掛かってる。 サキなり、ヤエなり誰かしらがいる時はいつもあいているのに。珍しい。そう思いつつ、インターホンを鳴らした。 少しの間の後、ドアが勢い良く開く。が、かけられていたチェーンによって、すぐに閉まる。 何やってんだと眉をしかめると、再びドアが開いた。 「シキっ」 やたら焦った様子の悟が肩で息を切らして出迎えてきた。目が合うとほっと息をつく。 「遅いっ」 「遅くねぇよ」 つーか、突然呼び出しといてその言いぐさかよ。 「いいから、とにかく早くあがれ」 「………あ?」 何をそんなに焦っているのか。問いただすのは後にして、いつまでも玄関にいても仕方ないので中に入る。 椿の様子を見れば、何やら複雑そうな顔をしていて。心当たりがあるようなその雰囲気が、なぜか無性に面白くなかった。 奥からは笑い声が聞こえる。 リビングに入ると、サキがソファの上で笑い転げていた。 「サキちゃん!」 「あはははっ!だ…だって、悟……焦りすぎっ、くくくっ…息、で、できなっ」 涙を浮かべて笑い続けているサキ。悟はなぜかオレの背の後ろから、隠れるようにして窺っている。 「………何やってたんだ?」 「えー?知りたいー?」 「サキちゃん!?」 「あはははっ!大丈夫。言わないって。くくっ」 はーぁとなんとか息を整えたサキが、不意に穏やかな笑みを浮かべた。大丈夫だと、安心させるようなその眼差しの先には、椿が。 「ちょっと、ゲームしてたんだよ。ね?悟」 「サキちゃん!!」 「はいはい。わかってるって」 二人の視線が絡んだのは一瞬。サキはすぐにそれまでと同じ笑みを浮かべた。椿は、わずかに俯いてしまったのでどんな表情をしているのかわからない。 言葉があったわけではない。それでも、だからこそ面白くなかった。 「それより、いつまでんな所に突っ立ってんの?座りなよ」 おいでと手招きされた椿が、一瞬こちらを見てから素直に従う。サキが椿の腕を引き、己の隣に座らせた。 何となく不愉快で、さらにその隣にどさっと腰を下ろした。座るスペースのなくなった悟がしかめっ面をしてるが、知るか。 椿が腰を上げようとした気配があったが、捕まれたままの腕に遮られたようだ。 「………オレは?」 「膝の上にでも座る?」 サキの言葉に、悟が力の限り頭を横に振った。つーか無理あるだろ、それは。 「あはははっ」 「……サエさん」 「ん?」 「オレ、夕飯作りに来たんだけど」 「あぁ、そうだったね。こっち」 こっちと言って、サキは椿の腕を引いてキッチンに向かってしまった。落ち着きがねぇ。 来たばかりなんだからゆっくりしてからでもいいじゃねぇか。そう思ったが、何となく癪で黙って見送った。 飯ができるまで手持ちぶさたなので、横のラックに手を伸ばし適当に雑誌を一冊とる。ソファが軋み、悟が座ったのだとわかった。 構わず、ページを捲る。 隣から視線を感じる。 気にせずに雑誌に目を通していると、やがて痺れを切らした悟が口を開いた。 「シキ」 「何だよ」 「気にならないか?」 「………何をだよ」 視線を上げることなく、ただ眉間にシワを寄せて答える。 脳裏に浮かんだのは、先程の手を引かれて出ていく姿。なぜ、気にしなくてはならない。 「さっき言ってたゲームの内容」 「あ?」 何を言われたのかわからず、思わず顔をあげた。かちりと、視線が噛み合う。 「………お前、眼鏡は?」 「今更っ!?」 うっせぇなぁと顔をしかめれば、悟も同じような表情になった。まぁ、どうでもいいかと再び雑誌に視線を戻す。 「眼鏡は、サキちゃんにとられたんだ」 「へぇ?」 「それだけか?」 「興味ねぇし。どうせいいように遊ばれてたんだろ?」 「………」 返事がないのは肯定として受け取る。 見なくても、隣でどんな顔をしているのかはわかった。相手をする気はないので、手元の文字を追う。 ただ、全くと言っていいほどに、雑誌の内容は頭に入ってこなかったが。 > [戻る] |