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おまけ・突撃!文化祭訪問




 □■□■□

 忍が弟及び従弟の通う高校の文化祭、紫雲祭を訪れたのは日曜日の事だった。

 兄一家が前日の土曜に訪れたのは知っていた。けれど、探りを入れたところ家出状態の従弟は日曜に顔を出すようだったのでこっそりと合わせた。

 まずはまぁ、弟の様子を見に行こう。ステージに立つ従妹の方で会えるだろうが、上手くすればクラスの方で捕獲できるだろう。

 そう思って、弟の教室に向かったが、そこでとんでもない事実を聞かされることとなる。

「え?友也なら昨日来たけど?」
「は?」
「あれ?忍聞いてなかった?」

 ちょうど弟がいた。だから従弟はもう来たかと問えば、この返答。確かに、はっきりと日曜に行くと言っていたわけではない。けれど。

 軽く嵌められた。

 そうとしか思えず、忍の頬はひきつった。

「……シキ君も一緒だったわけ?」
「いや、違うけど……」

 違うけどなんなのか。じっと無言で先を促せば、視線をさ迷わせた後に口を開く。

「何か、友達?と一緒だった」
「友達?」

 従弟の口から友達という言葉を聞いた覚えはなく、一瞬訝しく思うもあぁと思い出した。

「去年、一緒に川遊びに行った奴か?」
「あ、そうかも。サキとも仲良いって言ってた」
「ふぅん?」

 従弟は、基本的に家と学校を行き来する毎日だった。高校に上がってからは兄の友人の店でバイトを始めたが、それまでは家事を手伝っていた。

 そんな従弟がたまに出掛けるのは、兄嫁の妹、サキの遊び場だった。なぜかやたら仲の良い二人。できてんのかと勘ぐったこともあったが、アレは何か違う。

 なんかこう……舎弟関係みたいな……。

 まぁ、サキの友達なら問題ないだろう。従弟の事に関しては妙に信頼できる。弟は何やら苦手意識を持っているようで、見ていて面白いが。

 そんな、口に出したら怒りそうなことを忍は考え、ふと弟に意識を戻すと何やら浮かない顔をしていた。

 実にわかりやすく。

「……何があったんだ?」
「うぇっ?」

 あったのか?ではなくあったこと前提の問いかけ。目を見開いてる弟に構わず、いいから言えよと忍は小突いた。

「た…大したことじゃ…」
「いーから」

 大したことでなくても弟が気にしているならば十中八九従弟の事。ならば些細なことであっても把握しておきたくて。

「昨日、健人?も来てて」
「ん?」
「友也と鉢合わせた」
「………」
「奈美江と会ってる時に」

 あちゃーと忍は顔面を押さえた。いや何も接触禁止令が出てるわけでも出してるわけでもないのだ。それでもできるなら会わせたくないと思うのが親心。

「左京は大丈夫だよって」
「………」
「でも何か、こう…」

 左京に報告したのか。それともその場にいたのか。

 大丈夫。確かにそう言うだろう。本心かは別として。

 心配そうに見上げてくる弟に、忍は‘兄’と同じ言葉をなぞる。真実かどうかなど関係なく、話を終わらせるためだけに。

「大丈夫だって。お前心配しすぎ。それよか奈美江のライブ何時から?」
「一時半。パンフにも載ってるだろ」
「そーだっけ?」

 わざと軽く流せば弟の不安はなりを隠す。内心ほくそ笑み、忍は言葉を続ける。

「んじゃ、適当に時間潰すかね」
「つか、来たんなら何かやってけよ」

 ほら、と弟が手にしていた輪投げを忍につき出す。

「一回五十円」
「金とんのかよ」
「あたりまえだろ」

 何だかんだ良いながらも売り上げに貢献し、忍は教室を後にした。従妹のライブにはまだ時間がある。どう時間を潰そうか。
 大丈夫。

 先ほど己が告げた言葉が脳裏に蘇る。クッと皮肉げな笑みを浮かべていた。

 本来ならば自分のいたであろう位置をとられ、見せつけられ何が大丈夫なのか。

 特にあの戸籍でも血でも忍と関係のない子供は何も知らないのだ。無邪気に、言葉の刃を振るうだろうに。

 従姉も、新しい弟を邪険にはできない。二人の仲のよさを見るだけでも堪えるはずだ。何せ、あの頃は……

「うぉっ!?」

 思考を巡らせたまま廊下を進んでいると、突如背後から忍の腕をつかむ手があった。

「奈美江?」
「………」

 ギッと睨み上げてくる従妹に驚くも、彼女は無言のまま忍の腕を引っ張り歩を進める。足を止めたのは人通りのない廊下の隅。

「………昨日、友也が来て」

 つかんだ腕はそのまま。俯いて口を開く。

「それで?」
「………健人も来てて」
「うん」
「健人が友也に、カッコイイだろ、オレのねーちゃんなんだぜって」
「………」

 ぎゅっうと腕をつかむ力が強くなった。忍は、ただ無言で従妹のつむじを眺める。

「きっと、傷つけた」
「………」
「………どう、しよ」

 わずかに震える手。そんな従妹に、忍はふっと肩の力を抜いて笑みを浮かべた。

「あいつならきっと、オレのねーちゃんの方がカッコイイとか思ったんじゃね?」
「……何、それ」

 ようやく顔を上げた従妹の顔はいまだ険しい。それでも、ほんの少しだけ空気が軽くなり、忍は口元の笑みを深めた。

「だってあいつ、なっちゃんカッコイーってよく言ってるし」
「カッコ良くなんて、ない」
「カッコイーカッコイー」
「茶化さないでってばっ」
「うおっ」

 ゲシッと脛を蹴飛ばされて、忍はよろめく。

「……お前なぁ、弟の言葉信じてやれよ」
「だって」
「友也がカッコイイつってんだから、カッコイイねーちゃんでいてやりゃいいじゃん」
「………今は、そんな話をしてるんじゃない」
「同じだって。お前がんな落ち込んでるって知ったら、余計傷つくぞ。自分のせいだって」
「……それは」

 唇を噛み締め、顔をそらすのは肯定の印。否定する根拠などどこにもないのだから当たり前だ。

 黙り込んでしまった従妹を、忍は眺める。

 険しい表情は決して怒っているからではなく、泣きたいのを耐えているため。一晩、どんな思いで‘家族’と過ごしていたのか。

 きっと、何事もなかったように明るく振る舞っていたのだろう。

「………大丈夫?」

 やがてポツリと零れた言葉。

「………壊れちゃわない?」

―――壊れちゃう

「……………」

 忍の脳裏に、何年も前の情景が浮かぶ。けれどすぐに振り払い。

「大丈夫だって。ちゃんとみててやるから」
「………ん」
「それよかんな面してて良いのかよ?」
「………ん?」
「今日のライブで仕舞いなんだろ?ショボい唄うたったって知れたら、ガッカリされんぞ」
「わかっ、てる」
「ならとっととリハなり何なりしてこいよ」
「ちょっ、暴力反対!」

 ゲシゲシと足で追いやり、ケラケラと笑う忍。従妹は、文句を言いながらも当初の重苦しさは姿を消していた。

「………じゃあ、友也の事、よろしくね」
「おぅ、まかせとけ」

 従妹を見送り、それから忍は長いため息を吐いた。遊びに来たはずの文化祭でなぜ心労を溜めているのだろうか。まぁ、知らないままにならなかったことには感謝するが。

 廊下の壁に背を預け、ズルズルと座り込む。

「どーすっかなぁ」

 会って、直に様子を確かめたい。けれどなるべく早く。

 考えつつも、手はすでに動いていた。ポケットから携帯を取りだし番号を呼び出す。長いコール音の後、ようやく相手が出た。

―――何?
「何かあったか?」
―――別に良いことなんてなかったけど?

 開口一番にかまをかけてみたら見事に引っ掛かった。けれど良いこと?

「………何があったんだよ」
―――………何でもないよ。急にどうしたの?

 杞憂だった。安堵から忍が呆れた声を出せば、従弟も呆れた、それでいて僅かに高揚した声を出した。何か、良いことがあったのだと思わせる程度に。

「……健人に会ったんだってな」
―――え?あぁ、うん。………それでわざわざ?

 本当に気にしていない雰囲気に、忍は知らず顔をしかめていた。

―――大丈夫だよ
「………カッコイイだろって自慢されたんだって?」
―――うん。まぁ、実際なっちゃんカッコイイし。もしかして今、学校?
「ああ。お前今日来るっつってたからな」
―――はっきりとは言ってなかったはずだけど
「同じだろ」

 落ち込んでいないどころか、むしろ良いことがあったようで、それは喜ばしいことのはずだった。

 けれど、忍は素直に喜ぶことができない。

 原因は分かっている。

 本来ならば自分の役目だったはずなのだ。それが、何があったかは知らないが必要なかった。お友達、もしくは同居人が関わっているのではと思うと、忍の胸にモヤモヤが広がる。

 本当に、何があったのか。

 他愛もないことを話ながらも、そればかりが気になって仕方がなかった。





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