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おまけ・突撃!隣の晩御飯




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 トメこと五月女藤馬が仕事を終え帰宅したのは、夜が大分更けてからだった。

 暗い夜道を一人で歩く。自宅にたどり着き、ドアを開けた途端に楽しそうな笑い声が聞こえてきた。視線を下ろせば、玄関にきちんと並べられた靴が一足。

 状況を理解したトメの頬がヒクリとひきつった。

「あ、やっぱりトメだー、お帰りー」
「あ、本当だ。お帰りなさい、藤馬くん」

 ニコニコと出迎える一組の男女。一人はまだいい。ここは彼女の家でもあるのだから、いて問題は全くない。

 問題があるのはもう一人の方。

「何の用だよ」

 疲れきったトメが訊ねれば、若干テンション高めの二人が代わる代わる答える。

「一緒に料理してたんだよ」
「そうなの。ヤエくんが美味しいリンゴ持ってきてくれたから、コンポート作ったの」
「夕飯も一緒に作ったんだよね?」
「うん。藤馬くん、すぐ食べる?」
「それとも先にお風呂にする?」
「あ、そっか。温めるのに少し時間かかるから、先にお風呂の方がいいね」
「あ、でもその前にお帰りなさいのチューは?」
「えー、ヤダ、ヤエくんたら。そんなことしないよ?」

 しないよと言いつつトメを見上げる目はキラキラ輝いていた。期待に満ちていた。トメの表情がひきつる。

 ここは欧米ではない。挨拶代わりにそんなことはしない。そもそも二人きりの時ですらしないのに、ましてや人前で(例えそれが元凶だとしても)できるわけなどない。

 変なこと吹き込むなと言いたかった。でも目をそらすことができなくて言えなかった。てか、そらしたら色んなことに負けそうだ。

 結局、輝く眼差しに折れたトメは、彼女の頭の上に手を乗せ乱暴に撫でくりまわした。

 チューは無理。本気で無理だから。マジで勘弁してください。

 ヤエが横でこのヘタレとかいってるけど。それでも本人はものすっごく嬉しそうにしているから良しとする。

 それはもう、尻尾があれば千切れんばかりに振り回してるのだろうというほどに。

「飯、もう食ったのか?」
「うん」
「楽しかったか?」
「うんっ」
「良かったな」
「うん。ふふふっ」

 周りに花を撒き散らして笑みを浮かべる彼女。何がそんなに嬉しいのかと疑問に思いつつ、頬が緩みそうになるトメ。ヤエの存在があるので、顔を引き締めるが。

 そもそも。そもそもが旦那の留守中に他の男連れ込んでるのってどうなのよ的な状況なのだ。だがこの二人、互いを料理友達としか思っていないのだから致し方ない。心配するだけ無駄なのだ。

「……何しに来たんだよ」

 一緒に寝たいから起きて待ってると言う彼女を宥めて寝かしつけて。夕食の席に着いたトメの第一声がそれ。

 先程訊いた時には一応の返答があったけれども。まさかその為だけに来たわけではあるまい。あり得そうで怖くはあるが。

「トメに、聞いてほしい話があって……」

 恥じらいつつ視線を伏せるヤエ。

 悪ふざけの延長の態度に、トメの頭が痛くなる。とりあえずこのままのノリだとやりずらいので気を取り直すこととする。

「今日さ、椿と会ったんだけど…」
「椿?」

 訝しげなトメに、ヤエはあれ?と首をかしげた。

「椿。知ってるでしょ?シキのとこにいる」
「いや、何でお前がそいつと会ってんだ?」
「友達になったんだ〜」
「………」

 何か色々つっこみたくなった。

 でも話が長引く&気力を消耗するという理由で流すことにした。ただでさえ仕事の後で疲れているというのに。

「で、シキが椿の絵を書いてるって話を聞いて」

 何も言うまい。

 トメは貝になることに決めた。口を閉ざせば目の前の温かい食事をとることができなくなるというのに。

「人物デッサンの練習なんだって。どう思う?」

 ヤエは楽しげに笑みを浮かべている。

「聞いてる?」

 聞いている。聞きたくないのにしっかりと。

「ねーぇ、聞こえてる?返事は?」

 だから聞こえてはいる。何も言いたくないから口を閉ざしているのだというのに。

 察しろよと、トメがうろんな視線を向ければ、ヤエは相も変わらずニコニコ。頬がヒクリとひきつった。

 あぁ、そうか。わかっているのかと。こういう奴なんだよ。知ってたはずじゃあないか。

 いつでもどこでも、押しに負けるのはトメの方なのだ。

「どうって…別に良いんじゃねぇか?」

 ようやっと絞り出した言葉。けれどヤエはそれを軽く笑い流す。

「アハハ。まさか本気?」

 本当にそう思っているのかと。そんなことあるはずがないのに。

 本気で頭の痛くなってきたトメが、頭を押さえる。目の前にはまだ手をつけていない夕食。すでに食欲は失せ始めていた。せめて食後に話してくれれば良かったのに。

 思い出すのは友人の不機嫌な顔。まだいついてるそうだと告げてきたあの仏頂面。

「………それ、悟は知らないんだよな?」

 そうであってくれという願いを込めてトメが問う。

「しらなぁい。オレは言ってないよ。誰かに話したくてすぐここ来たし」

 話したいからと悟の所に行かなかったのは良しとする。たがしかし、

「だからって、ここに来るなよ」

 こっちはむしろ聞きたくなどなかったのだと項垂れるトメ。

「えー、だってあまりにも衝撃的すぎてさぁ。この驚きを誰かと共有したかったんだよ」
「だから、他のやつ当たれつってんだよ」
「他って誰さ。悟とか?」

 トメのコメカミがピクピクとひきつる。

「やめろ。それは」
「でしょ?他に適当な人がいなかったんだよ」
「つか、なに考えてんだよ。シキは」
「さぁ?なにも考えてないんじゃん?」

 何故自分が頭を痛めなくてはならないのだ。どことなく理不尽さを覚えたトメが頭を抑えて項垂れる。

「本人逹、全く気にしてないからねぇ」

 自分の感じた衝撃をトメにあじあわせられて満足したヤエは、のんびりとお茶をすすった。

「椿に忠告しといた方が良かったかな?」
「……何をだよ」
「それ、悟には言わない方が良いよって」
「いや、どうせ接点ねぇから…って、シャーウッドがあったか」

 二人が会う機会などないのだと思ったが、よくよく考えればシャーウッドがあった。初対面の時のように、出くわす可能性はある。

「椿、どういうことなのか分かってないみたいだったし」
「オレだってどういうことなのか知りてぇよ」
「アハハ。シキからしてみれば大した意味ないのかもね。それでも、これまでの言動のせいで周りが驚くことぐらいは分かってるんだろうけど」
「あー、いや。どうなんだろうな」

 分かっていればいいのだがと、呻くトメ。シャーウッドにて、椿を部屋においていると聞いた時のことを思い出す。

 そこから全ては始まった。

 正確には電話があったときなのだろうが、何となくそこから。

 意味があってもなくても、ただの気まぐれなのだとしても。これまでとは違う行動をすれば、周りは気にするのだ。シキはそこのところ、本当にわかっているのだろうか。

「……めんどくせぇ」

 何故、心労を抱えなくてはならないのだとトメはぼやく。具体的に何か問題が起きたわけでもないのに。

「サキに惚れたからって思ってたけど、別枠だったっぽいね」

 ふぅと息を吐いたヤエが、湯呑みに口をつける。ほんの一瞬、何とも言えない沈黙が落ちた。

「………何なんだろうねぇ、アレは」
「………アレって、お前」
「まぁ、オレは愛人の座、死守できれば良いんだけど?」

 訪れたシリアスっぽい空気をヤエが遠慮なしにぶち壊した。それはもう金槌でガラスをガッシャンと割るが如く。

「………それ、まだ言ってたのか?」
「えー?何その言い方。本気で言ってるのにー」
「あー、はいはい。わかった」
「もぅ。信じてないでしょ?」

 実に分かりやすい怒り方をするヤエ。トメの肩の力がようやく少しだけ抜けた。

 適当にヤエをあしらいながら、ようやくトメは食事に箸をつけ始める。もうとっくの昔に冷めてしまっていたが。





 後日。

「ねぇちょっとトメ!シキ分かってなかったっぽい!普通にオレに椿の絵描いたって言ってきたんだけど!しかもそれ学祭にだしたとか何それ!てか何か二人デートしてたんだけど!」
「だから!オレんとこ来んじゃねぇって!」





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あきゅろす。
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