きちんと挨拶
「それに椿くんだって僕と同じじゃないか。ねぇ?」
「え?オレ?」
いきなり話をふられて驚く。シキが顔をしかめた。
「こいつとお前を一緒にすんな」
すんなといっても、同じだと思うんだけど。志渡さんもキョトンと首をかしげてる。
「……同じだろ?僕とお揃い」
「ちげぇよ。こいつは家に連絡入れてるし、承諾得てるし、たまに帰ってる」
「え?椿くん家に帰ってるの?」
「……はい」
てか、何でシキは知ってるんだろ。向こうに顔出したの、言ってなかったんだけど。
不思議に思ってシキを見る。目が合うとふっと楽しげな笑みを浮かべ、自分の服を軽く摘まんだ。
服?
何だろう。自分の服を見下ろしてみる。特に変な所はない。もう大分着ている、着なれた服。
あぁ、そっか。これ、前に買った服じゃなくて向こうの家から持ってきた服だ。最初に着てたやつでもシキと一緒の時に買ったやつでもなかったから、取りに戻ったのだとわかったのだろう。
変なとこ見てるな。
「そっか。椿くんはちゃんと家に顔出してるんだ」
「だからお前と一緒にすんな」
そう言い捨てるとシキは両手を合わせていただきますをした。志渡さんとオレもそれに続く。
「……顔出しとかないと、無理矢理連れ帰されたりするの?」
「……いえ。家が嫌で出てるわけではないですから。顔を出しておけば心配かけることもないので」
「え?家が嫌じゃないのに家出したの?」
家出、やっぱり家出になるのだろうか。元々はそんなつもりではなかったのだけれど。
「……夏休みに、自分探しの旅をしてみようと思ったんです。結果辿り着いたのが北海道ではなく、ここだったので」
「自分探しの旅……青春て感じだね。自転車で日本横断とか?」
「はい。行けるところまで行ってみようかと。すぐに挫折しましたけど」
「なるほど。……シキ。僕も自分探しをしてたんだよ。自分を探して迷走してたんだ」
合点がいったと喜ぶ志渡さん。黙々とおにぎりを食べていたシキは、話をふられて眉をしかめた。
「迷走じゃなくて暴走だろうが」
「迷走だって。あの頃の僕は、色々と見失っていた……」
しみじみと呟いた。そんな志渡さんにシキは胡散臭げな眼差しを向ける。見失ったままだろうとか言うのが聞こえた。見失っていたのは事実なんだ。
どんな青春時代だったのだろう。おにぎりを食べながら首をかしげる。
「あ、そうだ。椿くん、これ何?」
何と言って志渡さんが指し示したのは、クロスワード。
「……クロスワードです。学校の先生が自習用に作ってくれたんです」
「え?自習用?クロスワードが?しかも英語で?」
「……はい」
やっぱり兄弟だからなのか。シキと全く同じことを聞いてくる。
「だって、ヒントも全部英語だよ」
「………そうですね」
「………今時の高校英語はこんなことをやっているのか」
これはあくまでも自習用であって授業とは何ら関係ないのだけど。そもそもこれを作ったのは英語教師ではなく、科学教師なのだけど。
説明は…まぁいいか。
残るだろうと思ったおにぎりは、結局一つも残らなかった。食器を片付けてリビングに戻ると、いるのは志渡さんだけでシキは姿を消していた。
何処に行ったんだろ。
「あ、椿くん。今の内にちょっと良い?」
「?はい」
向かいに座ると、志渡さんはペコリと頭を下げた。
「ウチの弟がお世話になっています」
「あ、いえ。こちらこそ」
慌てて頭を下げる。改めて挨拶されるとは思わなかった。
「シキは、人当たりは良くないけど根は良い奴だから。これからも仲良くしてやってくれると嬉しい」
「こちらこそ。良くしてもらって感謝しています」
「そう言ってもらえて良かった。あいつ、人付き合いがズボラだから。メールの返信もあまりしないし。ケータイ、充電切れてても平気で放置するし」
……そうなんだ。メアドもケー番も知らないんだよな。毎日家で会ってるし、必要ないから。
「うん。うん。ちゃんと話せて良かったよ。家出してるとか留年したとか聞いてたから少し気になって。でも、こうしてちゃんと勉強してるし、ご家族の了承も得ているなら本当に家出とかじゃないんだね」
まぁ、事後承諾だったけれど。それもかなりごり押しの。
「あいつ、友達少ないから。こうやって、同居するぐらい仲の良い子ができたってのは驚いたよ。色々と迷惑かけるかもだけど愛想尽かさず、友達でいてやって」
「いえ。こちらこそよろしくお願いします」
友達という認識ではないけど、否定するわけにもいかず、ペコリと頭を下げる。
「ふふっ、それから実は椿くんにお願いがあるんだ」
「何ですか?」
「その前に一つ確認させて。来月まだここにいる?」
質問の意味がわからず首をかしげる。一応、頷いておいた。
「はい。そのつもりです」
「よかった」
何が良かったのだろうか。わからなくてさらに首をかしげる。
「お願いっていうのは、シキのた……あ」
「ん?」
言葉が不自然に途切れる。不思議に感じて志渡さんの視線を辿り振り返ると、ちょうどシキが携帯片手に戻ってきたところだった。
こちらの様子を目にすると、難しい表情になる。
「……何してる」
「何って、お話ししてたんだよ。もしかして仲間外れにされて拗ねたのか?なら、こっち来て一緒に話そう」
「………………」
シキが嫌そうに眉間にシワを寄せた。そして、ため息を一つつくと、持っていた携帯を志渡さんに投げ渡す。
「お前に電話だ」
「っと、危ないな。―――もしもし?」
電話に出た志渡さんは、途端に背筋をシャンとした。
ん?
「何かありました?………いえ。大丈夫です………はい。わかりました……え?いえ、ちょうど今帰ろうとしていたところですから」
あれ?
「はい。それではすぐに帰ります」
ビッと通話を切ると、スッと立ち上がる。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ。椿くん。お昼、ごちそうさまでした」
「……いえ」
帰る素振りなんて全くなかったのにいきなりどうしたというのか。
「シキ。学祭楽しみにしてるからな。じゃ」
携帯を返すと、そのままさっさと帰ってしまう。話、途中だったけど良いのだろうか。状況についていけなくて、呆然としていると、シキかソファに腰かけた。
空いたスペースを軽く叩いたので、大人しく隣に座る。
シキは、満足そうにしていた。
「……何だったの?」
「あ?…あぁ、あいつ、マスターの言うことは聞くんだよ」
「あぁ、それで……」
「ああ」
マスターに連絡して、帰るよう促してもらったのだろう。すごい効果だな。
「……クロスワード」
「ん?」
「おもしれぇのか?」
「うん。それなりに」
「ほぅ?」
テーブルの端に置いておいたクロスワードに手をのばす。膝の上に広げると、シキが肩肘を背もたれに乗せ、覗き込んできた。
「興味あるならやる?他にもあるよ。全部英語だけど、難しい文法とか単語使ってないから結構分かりやすいし」
「いや。いい」
「そう」
何となく、そのままクロスワードを再開した。シキは、黙って眺めている。向かい合うようにして見ているせいで、顔が少し近い。上げられなくて、意識的に問題に集中する。
反対側から見てるから、シキには見にくいかなと思ったけど、動けずにいた。
コーヒーは、とっくに冷めている。
それでも、志渡さんが来る前にまで、時間が戻ったような錯覚に陥った。
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