最後に一服
保護者の許可を得たと聞いた時、親元にいないのだとわかった。ここで、お姉さんと会うと言っていた時、何となく一緒に暮らしてないのだろうと思った。
色々と話を聞いて繋ぎ合わせて、当たりをつけて光太にカマをかけてみた。断定的に話せば相手はこちらも知っているのだと思って饒舌になりやすい。
できれば、再婚を訊ねた時におばさんはまだと続けてくれれば生死は判明したのだけれど、流石にそこまで上手くはいかなかった。
もしくは、母親の方についてはあまり語りたくないのか。
「あの、ヤエさん…あっ!」
「んー?」
ぼんやり考えていたらおずおずと声をかけてきた。と、思ったらいきなり大声を出してが立ち上がる。何事かと視線を辿れば、椿たちの方向。ちょうどお姉さんの腰に小学生が抱きついたところだった。
誰。あの小学生。
訊ねようとしたら、光太はさっとそちらへ行ってしまった。本当に何事だろうかと首をかしげつつ後に続く。
「カッコイイだろ!オレのねーちゃんなんだぜ!」
小学生の、大きな声にそういうことかと納得する。
「こらっ、ちゃんと自己紹介しなさい」
ペシリとお姉さんが小学生の頭をはたく。
それから近づいた光太とオレに気付き、困ったような、申し訳なさそうな顔を向けた。振り返った椿は苦笑していて、心配しているのであろう光太に少し呆れているようだった。
「十波健人。六歳。小学一年生です」
「こんにちは。オレは一城友也。お姉さんの後輩です」
会話の聞こえる距離で止まり、様子を眺める。
光太が椿の肩に手を置き、何かを囁く。椿はそれに小さく頷いて答えた。
「……あー、オレは七里塚光太。こいつと同じで十波先輩の後輩だ」
不思議そうにじっと見上げていた弟君に、光太も自己紹介した。
「じゃあ、オレもう行くね」
「……うん」
「健人君もバイバイ」
「おうっ」
「ほら、光太行くよ」
「え?あ、あぁ」
半ば強引に光太の腕を引き、椿がこちらに向かってくる。
「おかえりなさ〜い」
笑顔で両手を広げて出迎えたら、困ったような笑みを浮かべられてしまった。せっかく人が空気を軽くしてあげようとしたのにー。抱きついてくれないなんてー。
「お待たせ」
「弟君は何にも知らないんだね」
「うん。まだ話してないみたい。その内話すのか、言わないつもりなのかは知らないけど」
「そっかぁ」
僅かに首をかしげた椿に、笑みで答える。確かにそれは向こうの家の問題であって、椿が口を出せた話ではないのだろう。
「まぁ、何が変わるってわけでもないし……ヤエは知ってるんだね」
「さっき、光太くんにちょろっと聞いたから」
「へぇ。光太が話すなんて、珍しい」
「あ〜…いや、それは…」
椿に話をふられ、たじろぐ。不味いことではないが、勝手に話した(てかバラした)事に多少の後ろめたさがあるようだ。
まぁ、故意にではなかったのだし、嵌められただけなのだし、ここはお兄さんが助け船を出してあげよう。
「何かカマかけたら面白いぐらいにボロ出したよ」
「あぁ、なるほど。光太だもんね」
「うん。光太だもん」
アハ。助け船になってなかったし。光太がすごく不服そうな顔してるし。ハハハッ。面白い顔。
「………どういう意味だよ」
「素直だよねって話」
「そうそう。素直なのは良いことだよね」
「………………」
納得してない顔してるなぁ。まぁ、当たり前だけど。
「そういや、弟君とは初対面なんだね」
「うん。出くわさないように気を付けてたから」
「あいつ来てるってことは、おじさん達も来てんだろ?気を付けろよ」
そうだよね。小学生が一人で来るわけないんだから、母親か、もしかしたら父親も来てるんだよね。
家族揃って来るって、端から見ればすごく平和で幸せな事なんだろうけど。チラリと椿の様子を見る。
どうなんだろ。
何かやっぱ微妙なんじゃないかな。それがわかってるから、お姉さんもさっき複雑そうにしてたんだろうし。
何だかなぁ。
そもそも、気を付けろって会わないようにだよね。そりゃ気まずいかもだけど、問題は親にあるんだし、血が繋がってるんだから遠慮なんかしなくて良いのに。もっと図々しくさぁ。向こうの家壊さない程度に自己主張しちゃえば良いのに。
でも、それができないんだろうなぁ…。
「どーする?一通り見て回れたからオレは満足だけど。もう帰る?」
「んー、じゃあお言葉に甘えて。マフィン買って、茶道部行ってから帰ろうか」
「あっ、そうだった」
すっかり忘れてた。
「茶道部?」
「うん。ヤエが興味あるんだって」
首をかしげた光太に、椿が説明する。
「光太くんも一緒に行く〜?」
「いえ……苦手なので」
「え〜、堅苦しくないって聞いたけど?」
「そうじゃなくて、光太はお抹茶が苦手なんだよ」
すっごく苦虫を噛んだみたいな表情でコクコクと頷く。そんな顔されちゃうと、無理矢理にでも飲ませてみたくなっちゃうんだけどなー。まぁ、いっか。
その場で光太とは別れた。何となしに椿を眺める。特にこれといって表情に変化があるわけではないけど、色々と微妙だろうなぁ。なんて思ったら、寂しげに見えて仕方がない。
だから何となく。本当に何となく、頭を撫でてみたくなった。
「……先にマフィン買いに行く?」
「え?…あぁ、うん。そうしよっか」
手を伸ばしたところで話しかけられ、でばなをくじかれた。まぁ良いんだけどね。行き場をなくした手を仕方なく下ろす。
「じゃあ、こっち」
「ん」
タイミングが良いと言うか悪いと言うか。先に歩き始めた椿の後ろ姿を見詰める。
……うーん。ワザとでは、ないんだよね?
そしてマフィンは、辿り着いた時にはすでに完売。残念。ギャルソン姿が似合ってる子も似合ってない子もいて見るだけでも面白かったけど。
茶道部は校舎の端にある部室でやっていた。少しだけ奥まったところにあるから、喧騒が遠く感じる。文化祭らしく、入り口に飾りつけや看板はあるけど全体的に静か。何て言うか、一区画だけ切り離されているってか、離れ小島みたいになってるってか。
うん。何か良い感じ。
待合室みたいになってるとこで、渡された手作り小冊子に目を通す。お点前の方法などが絵入りで書かれていた。持ち帰って良いそうなのでありがたく頂いておく。千代紙とか使ってて結構可愛いんだ。これが。
他にいたのは女子が二人と男子が一人。前のグループが出ていって、少ししてから中に通された。
畳の上に一列に並んで座る。
出されたお菓子は餡子玉だった。ふふっ、甘くて美味しい。
和服姿の部員さんが赤い布を使って道具を拭くんだけど、その布捌きが、マジシャンの動きみたいで面白い。
柄杓で掬ったお湯を一度茶碗に入れ捨てて。紅茶と同じ感覚なのかなとか、所々にどういう意味があるのか気になる動きもあったけど、その一つ一つが綺麗で、息を詰めて見とれていた。
茶碗の中身を最初はゆっくり、だんだんと早く混ぜて、最後にまたゆっくりと少し混ぜて、そっと茶筌を抜く。
思わずため息を溢したら部員さんと目があって、微かな笑みを向けられた。
立てたお抹茶は右端の椿の前に置かれ、それと同時に襖が開く。入ってきた他の部員さんたちが、それぞれの前に茶碗を置いていく。
成る程。回し飲みはしないのか。
隣を見ると椿が流れるような動作でお抹茶を飲んでいた。おぉ、何か様になってる。
肩の力を抜いて、躊躇わず堂々としていれば多少おかしな所があっても慣れて見える。頭の中で一度動きをシュミレーションして、茶碗に手をのばした。
………………
お抹茶だ。何て言うか本当にお抹茶だ。お抹茶以外の何者でもない。
成る程。
空になった茶碗をじっと見つめる。何か、うん。納得。すごく満足。
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