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話し合いの結果




「ほら」
「あ、ありがとうございます」

 場所をリビングに移し、ソファに座る光太にスケッチブックを渡す。そして隣に座った。

 あの、長い沈黙の後、忍は頭を押さえて俯いた。そのまましばらくしてようやく絞り出した言葉は友也と二人きりで話したい、だった。

 ベランダに目をやると、カーテンの隙間から忍の後ろ姿がわずかに見える。何を話しているのだろうか。

 取り残された光太は、二人きりということに居心地悪さを感じたようで当たり障りのない会話を始めた。

 絵を見てみたいという話になり、スケッチブックを渡した。緊張解けやまらぬ様子で絵を見ている。

「そういや、お前今日はやけに静かだったな」
「え?…あ、う」

 膝の上に頬杖をついて様子を眺めていたが、ふと思い付いたことを口にする。いきなり声をかけたせいか、慌てて顔をあげた光太は返事に焦っていた。

 先日会った時には帰ってこいと喚いていた。去り際にも迎えに行くと。だから今日も同じ調子なのかと思っていたが、最初の挨拶以降はずっと黙って様子を見ているだけだった。

「えっと、今日は友也の様子を見たくてついてきただけなので…」
「ほぅ?」
「それに…こないだ帰ってから左京…一番上の兄に話したら、問題ないようなら友也の好きにさせようって…けど…」

 おどおどと、視線をそらせながら言葉を続ける。

「も…もちろんずっと友也が世話になってた礼はするけど、でも、無理矢理脅されてここにいるんじゃないかとか不安で…」
「無理矢理?」
「う」

 光太がしまったとばかりに、気まずそうに顔を背ける。

「あいつ脅してどうすんだよ」
「それは…その…」

 ゴニョゴニョ言葉を濁すが、突然顔をバッと上げた。

「と…とにかく!シキさんがどんな人なのか確認したかったんだよ!友也がここにいても大丈夫かどうか!」

 やっぱ過保護だ。

 呆れてため息がこぼれる。高校生ともなれば、確かにまだ未成年だが、ある程度自分で責任を負える年齢だ。既に義務教育ではなく、社会に出ている奴だっているのだから。

 それを何故ここまで心配するのか。何かあったとしても自己責任ではないか。

 まぁ、見ず知らずの人間の家に上がり込むなど、殺されても仕方がない行いの気がするが。それにしたって、今まで何もなかったのだから、今更なんじゃないか?

「……まぁ、心配すんな」

 ポンと必死に見上げてくる光太の頭の上に手を置く。別にこいつを安心させたい訳じゃないが、これ以上ごちゃごちゃ言われるのも面白くない。

「あいつの嫌がるようなことはやんねぇよ」

 ゆっくりと、言い聞かせるように。

「オレは、あいつに、ここにいてほしいからな」

 じっと見つめてきていた光太の顔が徐々に赤くなってきた。

「……?どうした?」
「―――っ!?」

 バシンッと手がはらわれる。

「お…オレだって、友也に帰ってきてほしいっ!」
「ククッ」

 嫌に必死な様子がおかしくて笑うと、恨めしそうな目で睨まれた。が、やがて諦めたように肩を落とした。

「…何か、もういいや。離れてたって大切な家族にかわりはないんだし…それより…」

 呟くように言ってから、居ずまいを直しまっすぐな視線を向けてくる。

「友也の具合の悪いとこ助けてもらったみたいで、本当にありがとうございます」

 ペコリと頭を下げられ、思わず眉をしかめる。助けたという認識はまるでない。むしろ拾ったという方がしっくりくる。

「あ、あの、それからですね。シキさんに訊いておきたいことがあるんですけど…あいつ、絶対大丈夫しか言わないし…」
「……何だ?」
「友也、ちゃんと飯喰ってますか?」

 どこの母親の台詞だ。

「だ、だってあいつ、メチャクチャ少食で、下手したら平気で食事抜きかねないから!」
「喰ってる」

 下らないと思ったのが伝わったらしく、早口で捲し立ててきやがった。それを遮るように返答する。

「つーか、小食つってもあいつ喰うのおせぇから十分腹膨れてんだろ?」
「そ、そういう問題じゃ……」
「そーいうもんだよ」

 これ以上話す気はないと打ち切れば悔しそうにされた。

「………もう一つ、いいですか?」
「あ?」
「友也、ちゃんと寝てます?」

 質問の意図が全くわからない。

「……あいつ、枕変わると寝れなくなるたちだから」
「………は?」
「え?」
「あいつ、暇さえあれば寝てんぞ」
「……えぇっ!?」

 大袈裟に驚き立ち上がった光太に顔をしかめる。

「嘘だぁっ!」
「嘘じゃねぇよ。おかげであいつの絵、ほとんど寝てる絵だぞ」
「……っ!?」

 ソファの上に腰を落とし、スケッチブックの紙を勢いよくめくり始める。

「ほ…本当だ…寝てる……」

 そもそもここに来た当初、あまりの熟睡ぶりに枕かわっても寝れるのかと呆れた覚えがある。

「で、でも…あいつ枕変わると寝れないはず。だって中学ん時の修学旅行、そのせいで寝不足になってたんですよっ!?」
「知るか」

 少なくとも、ここにいる椿は寝汚い奴だ。友也がどんな奴なのかは全く知らない。つーか、ここまで認識が異なると椿と友也が本当に同一人物なのか疑ってみたくなる。

 光太はまだ納得できないようで、絵を食い入るように見ながら呻いている。

「え〜?えぇ〜?」
「……何やってんだ?」

 ベランダの戸を開き中に入ってきた忍が、奇っ怪なものを見るような目をした。気持ちはわかる。

「………ちょっと、衝撃的なことを突きつけられて…」
「は?」
「それより、話は済んだのか?」

 大丈夫。何でもないと首を振り、光太は顔を上げた。弟の問いに、忍は不服そうな、それでいて余裕のある笑みを浮かべこちらを見る。

「ん?あぁ、まぁしばらくは様子見ってことで」

 挑戦的な眼差しに、眉をしかめる。一体何を話してこうも態度がかわったのか。

「用、終わったならもう帰ってよ」
「つめてーな。久しぶりなんだし、もう少しのんびり話そうとか思わないわけ?」
「思わないよ」
「忍、学校はどうするって?」

 椿の肩を抱き寄せた忍に、首をかしげて光太が問いかけた。ん?と同じように忍が首をかしげる。

「あ、いけね。忘れてた」
「忘れんなよっ!友也、お前学校どうすんだよ?」
「……どうするも何も…」

 肩に置かれた手を振り払いながら答える。

「もう留年決定でしょ?」
「当たり前だ!お前、追試も補講もサボりやがって!」
「仕方ないから来年頑張るよ」
「仕方なくねぇだろっ!?」

 掴みかからんばかりの勢いで怒鳴る光太。椿は少し困ったように首を傾げる。

「大丈夫だよ」
「な…にが、だよ」
「大丈夫だから」
「………………来月、学祭」
「ん?」
「絶対来いよ」
「え?何で?」
「奈美江!あいつには自分で説明しろよ!」
「あぁ…そっか…」

 ふと、黙って静観していた忍と目があった。ニヤリと実に意味あり気な笑みを浮かべる。

 何だ?

「そういや、あいつ今高三だっけ?そのまま上がるのか?」
「ううん。やっぱ音大に行くって」
「え?でも学祭でライブやるって噂が…」
「うん。やるって言ってた」
「………平気なのか?受験」
「平気なんじゃない?」

 話の内容わかんねぇだろという視線を忍が投げ掛ける。そういうことかよ。くだらねぇ。

 知らない話をされるより、勝ち誇った顔の方がムカつく。

「それより、二人ともそろそろ帰ってよ」
「あ、そうだな。話も済んだんだし」
「え〜?もう少しゆっくりしてこうぜ」
「………下まで送るから」
「どうせなら家まで」
「やだよ」

 椿がようやく二人を玄関へと追いやる。

「えっと、シキさん。お邪魔しました。友也のこと、よろしくお願いします」
「………あぁ」
「んじゃ、また様子見にくっから」
「必要ねぇよ」

 つーか、二度とその面見せんな。

 二人が外に出て、靴を履いている椿だけが中に取り残された。

「椿」
「ん?」

 靴を履き終えた椿が顔をあげる。黙って見つめていると不思議そうに首をかしげた。

「…?じゃあ、すぐ帰るから」
「あぁ」

 そして、ドアが開かれる。





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あきゅろす。
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