猫、拾いました? どうにか自宅に辿り着き、廊下に座り込む。壁に寄りかかり、一息。 目の前には例の幽霊が転がっている。 救急車はいやがられ、家の場所は分からず、だからといって放置はできなかった。祟られたらたまったもんじゃない。 別段、祟りや呪いなどを信じているわけではない。ただあまりにも印象が強烈すぎた。まだ少し雰囲気に呑み込まれたままでいる。 緩く頭を振り、気持ちを切り替える。当面の問題は目の前のこれだ。どうしたものか。 「…………」 考えるのすら、億劫だ。他人の頭を借りることにしよう。 携帯を取り出し、とりあえず着歴の一番上の人物にかける。時間的にはまだ起きているだろう。 コール音を三つ数える前に相手が出た。 ―――シキ?めずらしいな。どうした? 「……悟」 ―――ん? 「人間拾った」 ―――…………………… 「どうすりゃいい?」 ―――…………猫? 「いや、人間」 ―――…………………… しばらく沈黙が続いた。やがてやけに明るい声が聞こえてきた。 ―――なんだ、構ってほしいのか。素直に言えばいいのに 「…………は?」 ―――今はまだ忙しいけど、あと数日で時間空くからそれまで待ってられるか?何だったら別に家、来てもいいんだぞ?いつもなら遠慮なんかしないじゃないか 「…………何の話をしてる?」 ―――大丈夫。今はサキちゃんが一番だけど、シキのこと忘れたわけじゃないから寂しがるなって 「……………………」 かなりイラッときたので、舌打ちして通話を切る。 使えねぇ。 つーか、どういう気色の悪い勘違いをしてくれてんだ。頭が沸いてるとしか思えない。呑んでるのか?忙しいつってたけど酒呑んでるとしか思えない。今のはどう考えても酔ったテンションだったぞ。 こんなことならこの幽霊あいつの家に連れていきゃよかった。どうせ近くなのだし、そうすりゃ全部押し付けられた。 今更考えても遅いか。 深呼吸して、腹立たしさを抑える。 もう一度携帯を開いて、別の奴にかける。今度は長くコール音が続く。なかなかでない。音を聞きながらしばらく待つと、ようやく相手が出た。 ―――……シキか?何かあったのか?めずらしいな 「……トメ」 ―――どうした? 「人間拾った」 ―――…………………… 「どうすりゃいい?」 ―――…………猫じゃなくて? 「人間」 ―――…………………… しばし、沈黙が続いた。 ―――…………本人はなんつってんだ? 「病院やだつって、そのまま意識なくした」 ―――病院って……怪我してんのかっ!? 「いや、風邪?熱がある」 ―――……ちなみに今どこだ? 「家」 ―――……なら今からそっちに行くから… 「いい」 ―――すぐに行く 「来んな」 ―――…………………… 「……………………」 ―――……わかった。とりあえず暖かくして寝かせとけ。水枕あるならそれ使って、冷たいタオル額にのせて…あとどうにかしてそいつの家族か誰かに連絡しとけよ 「わかった」 ―――目が覚めて何か喰えそうなら喰わして薬飲ませろ。水分も用意しとけ 「わかった」 ―――…………なぁ、シキ 「ん?」 ―――やっぱ、オレそっちに… 「来んな」 通話を切って、短く息をつく。他人の声を聞いてようやく夢見心地から覚めた気がする。何をすべきかは、わかっていた。けど、頭がボーとしてうまく働かなかった。動くことができなかった。 目の前の幽霊を見る。暖かくってことは着替えさせた方がいいのだろう。タオルと服をとりに立ち上がった。 着替えさせ、身体を拭き、ソファに寝かせた。布団をかけ、冷たく濡らしたタオルを額に置く。 一通り済ませてから、幽霊の持っていたカバンをあさる。携帯を取り出した。これを見れば本人の名前も自宅の番号もわかるはず。 他人の携帯を勝手に見るのは、多少気が引けるがしかたがない。ボタンを押す。 「……っ」 暗証番号入力画面が出てきた。 ロックかけてやがる。 解除できるわけがない。携帯を放り出し、さらにカバンの中をあさり唖然とした。 財布の中には現金しか入っていない。どう見たって学生なのに、学生証はどこにもない。生徒手帳も何もなく、身元がわかるものどころか名前の書かれたものすら一つもなかった。 入っていたのはペットボトルが一本にタオルが一枚。携帯用音楽再生機と文庫本が一冊。そして、ペンケースとノート。長袖のシャツ一枚。さらに、なぜか科学雑誌が一冊。 なんなんだ一体。 一応、ノートの中も確認したが名前らしき物はどこにもなかった。書かれていたのは年相応の落書きと、わけの解らない化学式や数式、英単語等。授業の覚え書きらしき物から料理のレシピまで。 どういう人間なのかさっぱりわからない。 ただこれ以上探しても何も出てこないということはよくわかった。目を覚ますのを待つしかない。 そういや、結局夕飯食べ損ねた。 <> [戻る] |