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代理の代理




 話が違う。

 問題の土曜日、玄関に現れたのはどこをどう見ても文学青年という表現からかけ離れた人物だった。

 椿がドアを開け、まず光太が入ってきた。緊張した趣だが、椿を視界にとらえると、ほっと小さく息をつく。

 その後ろからひょっこりと別の男が顔を出した。

 椿がスポーツ少年と言っていた光太は、背は低いものの、華奢な椿とは異なり健康的に程よく肉がついている。短髪で、椿と同じく一切染めていない。

 一方、もう一人の男は薄茶色の少し長めの髪をしていた。椿よりも、もう少し長い。緊張感のない余裕の態度で、目が合うと小バカにしたような笑みを浮かべた。

 なんなんだこいつは。

「………何で忍?」
「オレじゃダメか?左京は今日は仕事だ」
「前もって言ってくれれば良かったのに…」
「ククッ」

 はぁと息をつき、椿がこちらに向き直る。

「シキ、光太はこないだ会ったよね。こっちは忍。光太の兄で左京の弟」

 で、と向きをかえて。

「忍。光太。この人はシキ。紹介おしまい。じゃ、帰って」
「おいっ!」

 問答無用に追い返そうとした椿に、忍が抵抗した。光太はただ黙って様子を見てるだけ。

「まだ何も話してねーだろうが。何考えてやがる」
「話なんてない。オレは左京が来るって聞いた。忍じゃない。約束が違う」
「だから代理だっつったろ」
「どうせ忍が強引に代わったんでしょ」

 あたり、と光太が小さく呟いた。

 何なんだこの状況。

「そんなにオレは嫌か?」
「じゃなくて、忍じゃ話にならない」
「戦力外通告かよ!」
「……友也」

 二人のやり取りに、みかねたのか光太が声をかけた。

「もう来ちまったんだから仕方ないだろ。話だけしたらすぐ帰るから」

 その言葉に椿が顔を伏せる。うそだ、と微かに唇が動いた。

「そうそう。大体、そちらさんだって何度も押し掛けられるより、面倒事は一度で済ませたいだろ?なぁ、シキ君」

 何だ。何かこの男は気にくわない。

「まぁ、オレは誰でも構わねぇよ」

 椿がため息をつき、忍が破顔した。

「ほら見ろ。んじゃ、立ち話も何だし上がらせてもらうぜ」

 そう言うと、返事を待たずに勝手にずかずかと上がり込んだ。

「……大体、なんで光太までいるの?」

 お邪魔しますと言って、靴を脱いだ光太は椿の言葉に一瞬視線をそらした。

「オレは……ただお前に会いたかったんだよ。ちゃんと飯、食ってるか」
「大丈夫。ちゃんと食べてるよ」
「………お前の大丈夫は信用ならねぇ」

 リビングのソファでは話がしにくいので、ダイニングへと通す。元々、人を招くつもりなどなかったので客を通す場所などない。

 椅子に座ろうとした所で、忍が一言。

「シキ君、お茶」
「………………」
「あ…シキさん、これ、つまらないものですが…」

 弟の方がまだ礼儀正しい。

 受け取った菓子折り片手に台所へと移動する。お湯が沸くのを待っていると、椿が顔を出した。

「シキ?ごめんね」
「あ?何がだよ」

 苛立ちと共に答えれば、椿は困ったように首をかしげた。

「従兄弟、三人とも過保護だけど、中でも忍は度が過ぎていて…」

 過保護な兄を持つと苦労する。こいつの場合は兄ではないが、その苦労は嫌と言うほど知っている。

「災難だな」
「心配してくれるのは、嬉しいんだけどね」

 何事にも、限度はある。例え親切だとしてもいきすぎればただの迷惑だろうに。

「で?」
「ん?」
「どうするんだ?」

 ヤカンに視線を向けたまま問う。何をかまでは言わない。

「…んー、左京なら話せばわかってもらえたんだろうけど、忍はちょっと難しいかも」

 なら、帰るのだろうか。

 ここではない、別の場所へ。椿ではない名を呼ばれる所に。

「………でも、もう少しここにいたい」

 聞こえた言葉にわずかに笑みを浮かべる。

 周りがなんと言おうと、ここにいたいならそうすればいい。他人に指図される謂れなどない。

「それに、切り札もあるから」
「………切り札?」

 顔をあげて椿を見れば、困ったような悲しそうななんとも形容しがたい表情をしていた。

「そう。ずっと、イイコにしてたから」

 ただ…と、言葉を繋ぎかけ、けれど途切れたままじっとこちらを見つめる。まるで、反応を窺うかのような眼差しに、眉をしかめた所でヤカンが鳴った。

「お湯、沸いたね」

 すっと反らされた視線がヤカンへと向かう。

「お茶?コーヒーじゃなくて」
「あぁ、茶つってたろ」
「そだね」

 渡された菓子折りは焼き菓子。本来ならばコーヒーか紅茶の方がいいのだが、あいつはお茶と言ったのだから望み通りお茶にする。

 大体、コーヒーがもったいない。

 お茶を入れる作業を、椿は黙って見つめている。ここにいてもすることはないのだし、向こうに戻って二人の相手をするよう言うべきなのだろう。

 けれど言うつもりはない。

「椿」
「ん?」
「…友也?」
「……違う」

 憮然とした返事に、喉の奥が笑いで振るえる。

 何が違うものか。‘友也’もお前の名前だろうに。それでも、椿という呼び名に固執する姿に気を良くする。

 同じように固執すればいい。この場所に。ここにいるのは友也ではなく、椿なのだから。

「椿」
「何?」
「好きなようにしろ」

 ここにいたい。

 そう、言葉にしたのはお前なのだから。その言葉を叶えられるよう動けばいい。

 椿はなぜか、泣き出しそうな顔をしていた。





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