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コイバナ




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 何か最近、シキの様子が少しおかしいような気がする。

 ふと気づくとスケッチブック片手に人物デッサンの練習とやらをしているのはいつもの事。けど最近は描いたデッサン画を見て何やら考え込んでいる様子だ。

 練習台になってるオレは毎日ほぼ同じことの繰り返しをしているから、描けるポーズは限られてくる。だから飽きてきたのかなと思った。

 毎日同じことの繰り返しでも、オレ自身はまだ飽きてない。結構のんびり穏やかな日々を過ごしている。自由に動き回れるだけまし。後、一・二ヶ月はこのままでも平気だ。

 たまに、一緒にシャーウッドに行くぐらいはしているけど。シキはあそこがお気に入りらしく、度々訪れているようだった。ついていくと、必ず六郷さんがいる。

 なんていうか、わかりやすい。

 少し軽口を叩くだけだけど、会うために行ってるんだろうなぁと思う。

 平和だなぁ。

 ソファに座り、コーヒーを飲みながらくつろいでいる。玄関から音がした。ドアの方を見ているとノブがガチャリと動く。

「おかえり」
「おぅ」

 シキはまっすぐに台所に行くと、コーヒーを淹れて戻ってきた。そして隣に座る。

 夕食はいらないと言って出かけたので、用意していない。もう少ししたら寝ようかと思っていたところ。体育座りをしている膝の上にカップを置き、何気なくシキを眺める。

 ……あれ?

 何か、石鹸の匂いがする。

「もしかして、デートだった?」
「ん?あぁ」
「オレ、邪魔?」
「は?」
「オレいると呼びにくい?」
「あぁ……いや」

 オレがここにいるせいで連れてこれないだったら申し訳ない。もしそうなら、どこかに隠れて顔を見せないようにしようかと思った。

「元々、連れ込む気ねぇし」
「そうなの?」
「あぁ」
「ふぅん」

 そういうものなのだろうか。よく、わからないけど。

「……六郷さん?」
「あ?」
「相手」
「……………」

 あれ?何かすごく変な顔された。何でここでその名前がみたいな。

「……違った?」
「あぁ……大体、あいつには……」
「……ん?」
「いや……あいつはそんなんじゃねぇよ」
「……そっか」

 違うのか。向こうはともかく、てっきりシキはそうなのだとばかり思っていたのだけど。そうか。違うのか。

 違うけど、付き合ってる人はいるのか。

「…………」
「何だ?気になるのか?」
「……え?……あぁ、うん。少し」

 答えながらも、心ここに在らずだった。自分でも何がどう気になっているのかわからないから、うまく説明できない。

 隣から、ふっと笑う気配がした。

「お前は?」
「……え?」
「フラれたんだろ?」
「………オレ、フラれたなんて言ったっけ?」
「違ったか?」
「違くは、ないけど」

 別れたという話をすると、どうしてかオレから別れ話を切り出したと思われがちだった。何で別れたのかと聞かれても、そんなのはオレの方が聞きたいぐらい。色々と理由を説明されて、仕方ないのかなとは思ったけど。

 だから、詳しく話したわけでもないのに当てられたのは意外だった。シキが楽しそうにしてるのが面白くないけど。

「どれくらい続いたんだ?」
「えっと…一年半、ぐらい」
「何やったんだ?」
「何も」
「何も?」
「うん。何も。ケンカすらしたことなかった」
「ほぅ?」

 先を促す相づち。確かに、何もなければフラれるはずもない。横目でちらりと様子をうかがってから、コーヒーを一口飲む。少し、温くなっていた。

「……期待に応えきれてなかったみたいで」
「どこまで進んだんだ?」
「………」
「何も?」
「………いや」

 一年以上付き合ってて、何一つ進展がなかったら色々と疑われる。愛想を尽かされても仕方がない。それくらいは、わかってる。

「それなりに…一通りは…」
「ほぅ?」

 からかうような口調が少しムカつく。横目で軽く睨んでみたけど、歯牙にもかけられなかった。てか、何でこんな話になったんだっけ?はーあと息をつく。

「……大切には、してたんだけどね」
「大切に?」
「うん」
「お前が?」

 想像できねぇなと、シキがクツクツ笑う。それはちょっと、失礼じゃないかな。

 前に、女に興味なさそうと言われた記憶があるけど。

 確かに、興味はないけど。

 それでも、好きだと言ってくれる人ぐらいは、大切にしたい。

「……逆だな」
「え?」

 ひとしきり笑った後、シキがポツリと呟く。あまりに小さな言葉でよく聞き取れなかった。

「……どうせ」

 シキがこちらを向く。視線がカチリと噛み合う。

「‘好き’じゃなかったんだろ?」
「………っ」
「もう、寝る」

 ニヤリと、笑うと短く宣言し立ち上がった。そのまま、カップを手に、リビングを後にする。

 オレは、何も言えなかった。動けなかった。

 見透かされた。

 突きつけられた言葉に、息が苦しくなる。

 大切にしていた。できる限り。確かにそれは恋愛感情ではなかったけれど。それでも大切にしていたのだ。

 相手の望む通りに付き合い、優しくして、キスをして、身体を重ねて。自分の意思とは関係なく、なるべく相手の望むがままに。

 確かに、‘好き’ではなったけれども。それでも。

 でも、だから、別れ話を切り出された時、まず何よりも諦めが心を占めていた。やっぱりと思ったのだ。色々と理由を述べられたけど、心が相手にないことに気づかれていたのだろう。本当はわかってる。

 別れたくないなんて、わがままは言えなかった。そんなこと、強要できない。だから、そう、とだけ答えた。わかったと。相手の方が泣いていた。だから余計、オレから切り出したのだと周りに思われた。

 期待に、応えられなかった。好きだと言ってくれたのに、‘好き’にはなれなかった。

 好かれる資格も、ましてや誰かを好きになる資格などないのだけれども。事実を突きつけられて悔しくなる。

 興味はない。

 ‘好き’にはなれなかった。

 それでも、他人を必要としてないなら、最初から付き合いを了承なんてしていない。







「おい」
「………」
「椿?」

 名を呼ばれ、ようやく我にかえる。振り返れば、台所の入り口にシキが立っていた。不審そうな顔をして。

「あぁ……おかえり」
「………また、具合悪くしたのか」
「………違うよ。そんなんじゃ、ない」

 からかうような口調に、少しムッとする。誰のせいだと思っているのだろう。文句を言うつもりはないけど。何も知らないのだし。

 諦めと共にため息を溢す。

「……何?夕飯ならもう少し待って」

 少し、突き放すような態度になってしまったのは仕方がない。余計なこと、考えすぎて少し疲れた。休むためにここにいるはずなのに。

 なぜか、シキの口元が楽しそうに歪んだ。何だろう。何だか、嫌な予感がするのだけれど。

 近付いてきたシキがポケットから何か取り出す。黙って眺めていた。

「………鍵?」

 目の前にぶら下げられたのは鍵だった。多分、この部屋の。鍵には木彫りの椿がつけられている。

「………くれるの?」
「あった方が便利だろ?」
「ありがとう」

 お礼と共に、受け取ろうとてをのばしたら鍵が消えた。シキの手の中に握りしめられている。

「くれるんじゃ、なかったの?」

 そんな、オレ好みの根付けまでわざわざ付けて、見せびらかすのが目的だったのだろうか。シキは相変わらず楽しそうにしている。

 恨みがましい態度に気をよくしたのか、今度はちゃんと手渡してくれた。ありがとうと、もう一度お礼を言って、根付けを指先でそっと撫でる。

「受け取ったな?」
「え?……うん」

 かけられた声に、顔をあげる。

「明日、付き合えよ」
「……ん?」

 首をかしげる。いまいちよくわからないけど、もしかして交換条件なのだろうか。用があるなら、そういえばいいのに。

「いいけど…どこに?」

 シキは楽しそうに笑うだけで、一切答えてくれなかった。

 何か、前にも似たようなことがあった気がする。





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