オマケ・光太の話3
頭が、真っ白になった。
膝を抱えて座り込む。ぎゅうと腕に力がこもる。全部を拒絶するように、顔を埋める。
「盗み聞き?」
どれくらい、たったんだろう。声をかけられ、ゆっくりと顔をあげた。友也が、困った顔をして立っている。先輩の姿は、どこにもない。
「………嘘つき」
責められる立場じゃない。それでも言わずにはいられなかった。余計なことを言ってしまいそうで、もう一度顔を隠す。
隣に座る気配がした。
「………泣いてる?」
「泣いて、ない」
何で、オレが泣くんだよ。
「………具合が、悪くなっただけって、言ったくせに」
「嘘は言ってないよ。ただ、途中を省いただけで」
「そんっ………」
そんなん、わざと勘違いするよう言ったんなら、嘘をついたも同然じゃないか。
「でも、だからもう、大丈夫なんだよ」
それは、そうかもしれないけど。
「………先輩、お前のこと」
「あぁ、うん。口滑らせて告白だなんて、案外うっかりしてるとこあるんだね」
そういう話じゃなくて。
勢いよく顔をあげ、友也を見る。
「………電車で助けてくれた時、結構動揺してたし。変に責任感じて心配してくれてたから、それで勘違いしたんだよ」
何でそんな、勘違いでもなけりゃ、自分が告白されることなんてないみたいな言い方するんだよ。自分が、好かれるわけなんて、ないみたいな。
「………噂、嫌がらせって」
「それは本当に、大したことじゃないんだ」
「そんなっ」
「そんなこと、あるんだよ」
強く断言する。まるで、これ以上は踏み込むなというように。
こっちを向いた友也が、困ったような笑みを浮かべる。そうして、オレの背を軽く叩いた。慰めるみたいに。
「気にするようなことじゃないんだよ。変に反応した方が悪化するし。だから、大丈夫」
悔しい。
何でオレは友也の力になれないんだろう。頼って、もらえないんだろう。最初からずっと、ちゃんと味方でいれば、違ったんだろうか。あんなことを、言ってしまわなければ。
背に触れる手は優しい。でも、心はずっと遠くに離れている。
部活には、入らないことにした。オレが聞いてしまったってことを先輩は知らないけど、どうしたって気まずい。
だからといって、何もせずにいることはできなくて、朝晩走ることにした。体力をつければ、少しは何かが変わる気がして。
興味を示した友也も一緒に走ろうとしたけれど、無理してダウンしたので左京からストップをかけられた。オレも左京に賛成だ。何であいつは適度という言葉を知らないんだ。せめて運動するなら、もう少し食事量も増やさなくては。
噂のことは、オレの友人も知っていた。詳しいことは教えてくれなかったけれど、やっぱり下手に反応した方が悪化すると言われた。
手をあげられたり、物を壊されたりとか、そういったことは一切ないらしい。ただ、遠巻きにされているだけで。元々、あまり他人と関わる気がないらしい友也は、本当に気にならないみたいだった。
それでも、何でと思わずにはいられない。
家族が増えて、友也に恋人ができて。まれに、友也は夜遊びをしていて。学外には、本当に親しい相手がいるらしく、時おり遊びに連れ出されていた。
充実は、しているのだろう。
高校では同じクラスになった。姿を消した時には動揺したけど、留年すると聞いた時は、本当はちょっと安心した。学校に行きたくないって理由なら、実は心当たりがあったから。
学校で、友也といると時々視線を感じる。何だか嫌な感じの。友也も気づいていて、よくよく見なければわからないが、その視線の主を避けていた。心配していたら、大丈夫だと言われてしまったけれど。
友也が学校に来なくなって、留年が決まって、オレはそいつから地味な嫌がらせを受けるようになった。それで、気のせいなんかじゃなかったって確信した。
だから安心したんだ。留年してしまえば、全く接触しないってのは無理でも、接点は減るから。新しいクラスでは友達もできたみたいで、本当によかったと、そう思って。
油断したんだ。
接点が減ったとはいえ、校内にいることには代わりなかったのに。せめて、左京に相談していたら何か違っただろうか。視線が気持ち悪いと、それだけでは行動に出れないだろうけど。
もっと気を付けていれば。そうすればこんなことにならなかったんじゃないかって。いくら後悔してもしたりない。悔しくて強く手を握りしめる。じっと、友也を見据える。
あの時と同じ様に、白いベッドの上。病院特有の臭い。少し困ったような微笑み。大したことじゃないから、心配する必要ないのにとでも言いたげな。何で、そんな表情できるんだよ。辛い思いをしたのも、痛い目に遭ったのも、全部友也なのに。
今度こそ、死んでしまうんじゃないかって、怖かった。
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