オマケ・光太の話
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守らなきゃって、思ったんだ。
何からとか、どうやってとか、何もわかっていなかったけど。白いベッドの上、表情をなくしたあいつを見て。壊れると、守らなきゃと、とにかく思ったんだ。
強くなりたくて、中学で柔道部に仮入部した。一緒に帰れないのは不安だったけれど、とりあえず様子を見てみて、それから正式に入部するかどうか決めようと思った。
思った、んだけど、
「寝不足だな」
あっさりと先生は言った。ベッドの上で膝を抱えている友也を、じっと見つめる。消毒薬のにおいが、やけに鼻についた。
「少し休めばよくなるから。もう帰るだけだし、ゆっくり休んでいっていいよ」
力なく、友也は頷く。
「………でも横になって休むつもりはない、と」
「これで、充分、楽」
「あぁ、そう」
呆れたように呟き、先生は白衣を翻した。それを視界の端にとらえつつ、友也をじっと見つめる。気づいた友也は、すぐにふいと視線をそらした。
「………そういう、わけで、大したことじゃ、ないから」
「心配した。すごく心配した」
「………………ごめん。でも大丈夫だから」
「どこがだよ」
「光太、部活は?」
あからさまに話そらしにきやがった。大きくため息をつく。
「これから行く。終わったら迎えに来るからな」
「え?」
「迎えに、来るから」
「………わかった」
仕方ないというように、友也は息を吐いた。ため息を吐きたいのはこっちだ。保健室に運ばれたと聞いて、どんなに心配したと思ってるんだ。
帰る途中でまた具合が悪くなるんじゃないかって不安で、とても一人じゃ帰せない。絶対に先に帰ったりしないよういいきかせ、部活に向かった。
友也はちゃんと、先に帰ったりはしなかった。それはいい。でも、気づいたら道場の隅で見学していた。良くなったから保健室にいても邪魔なだけだからと。
あいつの大丈夫はあてにならない。辛くても、平気なふりして無理するんだ。心配させないつもりなのかもしれないけど、そんなことされたら余計心配になる。
その日は本当に具合よくなってたらしく、何事もなく帰宅できた。でも、数日後、今度は通学中に体調を崩した。
電車はとても混んでいて、乗車してすぐはぐれてしまった。学校の最寄り駅についたら、友也の姿はなかった。念のためもう一本待ってみたが姿はなく、携帯に連絡をいれた。
しばらく待ったら返信があった。車内で具合が悪くなったから、途中の駅で休んでたのだという。
どうして、オレは傍にいてやれなかったんだろう。朝、家を出る時に気づいてやれなかったんだろう。こういう時のために、一緒に登校してたのに。
「お待たせ」
「友也っ、大丈夫か?」
「うん」
本当だろうかと、顔色をうかがう。悪くはなさそうだ。良かった。
「おはよう」
「………先輩?」
ほっと息をついたら、声をかけられた。よく見たら、友也の隣にはなぜか柔道部の先輩がいた。
「あ、おはようございます」
「先輩がオレの具合に気づいてくれて。それで介抱してくれてたんだよ」
「うぉ。ありがとうございます」
慌てて頭を下げる。
「………いや」
奥歯にものが挟まったような言い方に、視線を上げる。先輩は何か言いたげに友也を見た。気づいた友也が困ったような笑みを向けると、やがて諦めの息を吐く。
……………?
「早く、学校に行こう。この時間ならまだ、急げば間に合う」
「あ、はい」
先輩に促されて駅を出る。
「また、寝不足か?」
「違うよ。人が多かったから」
「それで気分悪くなったのか」
「………できることなら、」
確かに、人の多い所は苦手としていた。混んだ電車は、オレでも空気悪く感じることがある。そう考えていると、先輩の固い声が聞こえた。
「二三本前の電車を勧めたいところだが。難しいようなら、車両によっても多少程度の差があるから、少しでもすいてる車両に」
「ありがとうございます。試してみます」
「………よくあることではないんだろうが、むしろ二度とない方がいいんだが、それでも用心しとくに越したことはない。今回はオレが気づけたからまだ良かったが、」
「先輩」
遮るような友也の呼び掛けに、先輩は口を閉ざす。まだ何か言い足りなさそうにしていたが、ちらりとオレを見ると諦めの息を吐いた。
「すまない」
そこまで心配されるということは、そんなにまで友也の具合は悪かったのだろうか。先輩が、気づいてくれなければ手遅れになるほどに。
背筋が冷えた。けれど、こんなところで取り乱すわけにはいかず、どうにか飲み込む。
「………先輩。もっと言ってやって下さい。こいつ、本当に自分のことには無頓着で。いくら言ってもききやしないんです」
「確かに、そんな感じだな」
言って、先輩は微笑んだ。その表情に、少し驚く。
先輩とは今まで個人的の言葉を交わしたことがなかった。いつも難しい顔をしていて、厳しめだったから少し怖い人なのかと思っていた。
単に部活に真剣に取り組んでるからそう見えてただけで、優しい人なのかもしれない。友也のことを助けてくれて、さらに気にもかけてくれているし。
友也に関して、周りから過保護だと言われることが多い。心配しすぎだと。だから、同じように心配してくれる人が現れたのは、少し嬉しかった。
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